高井弘之 : 「天皇制レイシズム」の問題について

情報提供 : 高井弘之

みなさんへ

愛媛の高井です。以下、「天皇制レイシズム」の問題について、フェイスブックに
投稿したものです。長いですが、一読していただけると嬉しく思います。

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レイシズムが蔓延する現在の日本。他の欧米の国々ではレイシズムであると当然視される言動
がほぼ意識化・問題化されぬまま、まるで「自然」のようにやり過ごされるこの国の現実。

それは、オリンピック報道に典型的に表れていたと思う。例の開会式演出者らのレイシズム発言
をとってつけたような言葉で「一応」批判して見せた直後に、たとえば、韓国への極め付きの
レイシズム発言をそれと意識せぬまま、平気で「堂々」と「自信を持って」やるのである。

ところで、ここ愛媛では、「天皇代替わり」の年以降、２年半余にわたって、「天皇制の問題を
考え論議する集まり」を定期的に継続して来ている。そこでのこの三回のテーマは【「日本人」
はどうやってつくられたか―天皇制レイシズムが生み出す排外主義、それが解体する憲法原理―】
である。

会と会の間で文章による応答―論議なども行っていますが、以下はその中での拙文の一つです。
長いものですが、読んでいただけると幸いです。

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［天皇制レイシズムの問題について］

【「天皇一族の伝統の継承者」としての「象徴」】

以下は、明仁天皇（当時）のいわゆる「退位メッセージ」の一節である。

―「伝統の継承者として、これを守り続ける責任」「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、
いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」―

ここで、これを読む―聞く私たちが確認しておくべきことがいくつかある。

まず、ここにいう「伝統」は、文脈上、「皇室―天皇」の伝統を表していること。
そして、明仁天皇は自らをその「伝統の継承者」として位置づけ、かつ、その伝統を「守り続ける責任」
を持つ者としていること。

この「位置づけ」や「責任意識」が、その「伝統を継承」する天皇一家・一族の家長としてのそれで
あり、閉じられたものとしての皇室内での、他の皇族らに対する発言―決意表明であるなら、
「まあ、そんなものだろう」と思って、聞き流してすんだかも知れない。

しかし彼は、これを、日本という国の国家機関の一つである「日本国及び日本国民統合の象徴」として
の地位・立場で、私たち「国民」に向かって述べているのである。「天皇―皇室の伝統の継承者」として
の位置づけも、「天皇―皇室の伝統を守り続ける責任」も、天皇一族の家長としてのものではなく、
私的利益・私的立場を排すべき―「公的立場」から発せられたものなのである。

（このようなことを公然とできるのは、彼の立場が、「天皇・皇室の伝統＝日本の伝統」であると
いうものだからだろう。他の多くの「赤子―日本人」と同じく。）

それぞれの〈個人の尊重〉を核心原理とし、その個々人を主権者とする民主主義憲法体制下にある現日本
国家は、当たり前だが、特定の一族や勢力のものではない。それらが有している特定の、いわば「私的」
伝統や歴史や宗教を、国家機関の地位にあることを利用して「公的」なものと位置づけることも、むろん、
許されない。


【日本国憲法における「象徴」とは何か】

ところで、現憲法は、自由で平等な個人が結びついて社会・国家を構成するという社会契約説的な社会・
国家の構成が前提とされている。そして、人民主権・人権原理を基本原理とし、その核心には「個人の
尊厳」という価値が存在している。したがって、現憲法における「象徴」とは、そのような性格の「国民」
―統合の象徴でなければならない。

この原理・価値に反し、その対極にある「身分差別原理」からしか存在し得ない天皇が、それら人権―
平等原理等による「統合」の「象徴」であるとされて（しまって）いること自体が現憲法の重大な問題
であり、合理化しようのない大矛盾である。

このことをとりあえず置いておいても、現憲法における「象徴」とは、上のような普遍的原理に基づく
「国民」―統合の象徴として位置づけられなければならないのである。憲法原理上。

そうであるにもかかわらず、明仁天皇は、現憲法上の「象徴」である自らを、「天皇・皇室の伝統の
継承者」として位置づけているのである。


【天皇を中心とする日本という共同体】

憲法や「公的機関としての日本国家」の立場―視座から「伝統の継承者」発言を捉えると、以上のような
重大な問題が見えてくるはずなのだが、「日本という共同体」、あるいは、「日本―日本人」という枠組み・
概念で曇らされた眼でこれを見ると、天皇一族の私的立場・私的利益・私的欲求に過ぎないことが、
「私たち日本人全体」に関係する「公的」なものに見え、感じるようである。

言い換えれば、「日本国の象徴」という公的立場に在る天皇が、「天皇一族の伝統の継承者」の立場で何か
を語ることに、何らの違和感も矛盾も問題も感じない、あるいは、まるでそれが自らに関するものであるか
のように見え、感じる状況の下に、ほとんどの「日本人」が置かれてしまっているということだろう。

つまり、「天皇を中心とする日本という共同体」の内部にいる人々にとっては、明仁天皇のこれらの言葉が
「自らの外部」からのものとは感じず、したがって、そこに疎外感や差別感、あるいは、自らへの拒絶感
などは感じないだろうことを、ここでは確認しておきたい。


【公的機関たる「象徴―天皇」によるレイシズム】

ところで、日本国民の中には、このような「日本―日本人」ではない、他の集団（民族的・文化的・歴史的）
の出自の人たちがいる。また、この日本国家の中には、「日本国民」ではない人たちも住み、暮らしている。
（ついでに言っておけば、この「日本」列島も、そこで形成されている「日本」社会も、「日本」国家も、
当然ながら、いわゆる「日本―日本人」専有のものなどではない。）

これらの人々にとって、上記・明仁天皇の言葉はどのように聞こえ、どのような意味をもつものだろうか。

これら、日本社会に住む「日本」以外の出自の人々にとっても、日本国家は自らの生・生活に深く関係する
唯一の「国家・公的機関」であり、天皇も、（単なる「私的」一族の長ではなく）この「公的機関」の地位
に就く者である。

その天皇が自らの「公的立場・役割」を「伝統の継承者」、つまり、「皇室―日本の伝統の継承者」として
位置づけ、そこから来る自らの行為を「公的務め」とするとき、それ以外の「伝統・文化・歴史」を持つ
集団に帰属する者は、「公的」なるものから完全に排除された存在となる。この場合、公的なるものとは
「日本」なのであるから。

ひとつの社会・国の中の「多数派・主流派集団」の伝統や文化のみを「公的」なものとすることは、それ
以外の伝統・文化をもつ集団及びそこに帰属する人びとを公然と排除・差別し、その存在を否定するものである。

それは、公的機関及びその地位に在る者が公然と行うレイシズムに他ならない。（ここには、このような状況
を克服していくステップの一段階・一方法であろう「多文化・多民族共生社会」という概念や「建前」さえ、
全く存在していない。空恐ろしい状況というしかない。）

たとえば、アメリカで、公的機関たる大統領が、「私は、アングロサクソン（あるいは「白人」）の伝統の
継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し・・・いかにアングロサクソン（白人）の伝統を現代
に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。」と
公言したら、どのようなことになるだろうか。いや、それは、想像だにできないことである。


【天皇による「統合」とは何か】

ところで、明仁天皇は単に「国民統合の象徴」であることにとどまらず、「国民を統合する」ことを自らの
「務め」としていた〔注１〕。

つまり、「天皇―日本の伝統の継承者」としてそれを「守り続ける責任」意識を有する者が、その位置・立場
から国民を「統合」しようとしていたのである。

このことが、「日本人」以外の日本国民やこの国に住む「日本国民」ではない人びとにとって何をもたらすか、
拙著〔注２〕に次のように書いた。

●『天皇による「日本国民統合」とは、「日本国民―日本」をひと塊のものとして強く「まとめる」行為で
あり、必然的に、「日本国民」でない人びととの間に強固な境界線を引くことになり、それらの人びと―
集団を排除することになる。

そして、天皇の「日本国民統合」によってつくられるこの境界線―構図・土俵は、社会保障や参政権はじめ、
現実に日本政府によって行われている「日本国民」以外の人びとに対する差別・排除政策―制度を支え、
それを正当化するはたらきをするとともに、多くの「日本国民」のなかに、そのような差別・排除を当然視
する意識を生み出すはたらきをしている。』

●『日本国籍を有する人々の中にも、その出自・ル―ツを朝鮮や中国など、日本以外に持つ人々が存在している。
これらの人びとは、政治制度上は日本国籍を有する日本国民であっても、上にいう「天皇の統合先」である
「日本という共同体」に向けては統合され難いだろうし、自らの中にも、それに対する抵抗や拒否意識が存在
している人たちが多いだろう。

そして、これまで述べて来た、天皇による統合によって「日本―日本人」が形成―組織され、その「他者」との
境界がつくられて来たことや、日本の侵略・植民地支配の歴史を踏まえれば、天皇による象徴―統合は、日本
国民ではあっても、その出自・ル―ツを「日本―日本人」以外に持つものにとっては、やはり、極めて、抑圧的・
差別的に機能するだろう。』

●『つまり、天皇による「日本国民統合」は、その住民が共に平等・自由に生き―共生すべきこの列島社会の
中に、強固な差別・抑圧的「分断線」を引き、据え付けるのである。』

また、この「天皇による統合」がもたらす問題を、憲法学者の横田耕一は次のように指摘している。

●『日本国民を単一民族として理解し、天皇をその統合の象徴として把握することは、必然的に、他の民族は
日本国民としては存在しないという感覚を生み出し、現にそうであるように、少数民族に対する配慮を怠る
結果をもたらす。逆に、少数民族の側からすれば、ヤマト民族が天皇を象徴として統合している共同体から
自分たちが疎外されているということになり、被圧迫感・被排除感を持つとともに、自分たちの民族性を
捨ててヤマト民族に同化しない限り日本社会では生きていきにくいということにもなるだろう。

したがって、単一民族国家観が支配的である現在の日本では、国民統合の象徴である天皇の存在は、
少数民族に対する差別として機能することになっている。』（『憲法と天皇制』／岩波新書）

上に書いて来た明仁天皇の「退位メッセージ」における「伝統の継承者」発言―レイシズムの所在は、
彼によるこの「日本人統合」問題と重ねて考え、考察するとき、より鮮明に見えてくるだろうと思う。

そして、むろん、根本的問題は、そのような「発言」の問題性に気づかぬまま、このように「日本という
共同体」に「統合」されてしまっている「私たち」の在りようである。このことをこそ問わなければならない。


〔注１〕
すでに長い文章となってしまったので、その「証拠」の提示は省きたい。拙著『民主主義にとって象徴
天皇制とは何か』第三章（５）【天皇による「国民統合」は何をもたらすか】参照。

〔注２〕
上記・拙著の第三章（５）の③【「統合」と排除】より。