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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『裏切りの大統領マクロンへ』
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毎木曜掲載・第148回(2020/3/5)

あなたはマリーを泣かせた

『裏切りの大統領マクロンへ』(フランソワ・リュファン著、飛幡祐規訳、新潮社)評者:根岸恵子

 「あなたはマリーを泣かせた」。この本の書き出しである。マリーは非正規労働者で早朝から夜までの重労働で薄給のうえ、今は失業中で子どもたちにクリスマスプレゼントも買えない。「あなた」とは仏大統領エマニュエル・マクロンのことである。マリーが泣いたのは自分の境遇を哀れに思ったからではない。マクロンの言葉があまりに人間味がなく機械が話しているような冷たい言葉だったからである。

 マクロンのような人間がどのように形成され、大統領になることができるのか。著者のフランソワ・リュファンはこの本を通し分析する。リュファン「僕」は、マクロンに「あなた」と呼びかけ、何が間違っているのかを語り掛ける。それは親し気ではなく、皮肉をこめて「あなた(Vous)」と呼ぶ。手紙の形式をとっているが、これはリュファンの視点で見た社会のゆがみをマクロンという人間を書くことで読者に伝えているのかもしれない。

 リュファンはマクロンと同郷のフランス北部アミアンで育ち、ともに名門ラ・プロヴィダンス校に通った。リュファンはのちにジャーナリストになり、ファキール(Fakir)紙の主幹となり、常に弱者の視点で執筆してきた。またドキュメンタリー映画を製作し、2016年の「メルシーパトロン」では東欧へ移転していく工場の失業を余儀なくされる労働者の苦悩を取り上げ、「太陽が欲しい」では18年11月に始まった「黄色いベスト運動」に焦点を当てている。

 「黄色いベスト運動」はガソリン税の値上げが発端で起きた民衆運動。リュファンの言葉を借りれば「隠れてこっそり生きてきた」人々の怒りが「声高らかに言い放たれた」のだ。しかし民衆の怒りをまったく理解できないマクロンは彼らを「とるに足らない人々」と切り捨てた。現実から離れた富裕層の中で育まれたマクロンの華やかな人生は、日々の生活もままならない人々の苦しみを知らない。こうしたマクロンにリュファンは言葉を投げる。

「あなたは、自分が知らない国の大統領だ
 知らないどころか、軽蔑している国の」

 この言葉は、この本のタイトルである「あなたが知らないこの国(Ce Pays Que Tu Ne Connais Pas)」というリュファンがマクロンに最も訴えたい言葉であるのだろう。


*パリのデモ「世紀最大の破壊」マクロンのお面をつけて

 「黄色いベスト」が起きた時、リュファンは最初からこの運動の本質を見抜き、立ち上がった人々に寄り添ってきた。だから、この運動をTVとかで論ずる論客たちの間違った分析にリュファンは腹を立てた。「知ったかぶりをして話すすべての人たち、マイクを独占するあなたの経済学者や哲学者、大臣や論説員やジャーナリスト」「あなたがたはみんな、あなたが知らないフランスのことを話しているのだ」と。民衆は、富裕層とそれを担ぐエリートたちに支配された国に本当にうんざりしているのだ。

 リュファンは2017年の選挙で「銀行家が大統領になるなら、庶民を国会へ」と、国民議会議員となり、ジャン=リュック・メランション率いる「屈服しないフランス」に所属している。

 新自由主義が席巻する社会では富裕層がどこまでも富み、弱者はますます貧しくなる。世界は今この病気に侵され、本来民のための政治は資本の下僕となり、民衆を抑え込む。民衆は納税者と消費者というカモであり、富裕層はタックス・ヘブンによって税金さえ払わない。マクロンは男芸者のごとくうまく富裕層の中を泳ぎまわり、企業に良識と良心を失わせるのに貢献した。この本に出てくる無名の人びとは、政治に守られた資本の被害者であり、自身の責任でないことの付けを払わされている。グッドイヤーの工場で安全装置のないプレス機で指を失った人の責任はだれにあると思う。司法が下したのは、管理職を監禁した被害者の従業員8人への有罪判決だ。

 フランスは日刊紙の90%、テレビ局とラジオ局の55%が10人の富裕層によって支配されている。事実は歪められ、真実は隠される。「この不幸な国の恥」に人々は何を信じたらいいのだろう。

 はたして、これはフランスだけのことではない。私たちの国とどこが違うのだろうか。

「あなたは不公平な政治、あまりに明らかに不当な政治を行っている」

 結局「あなた」はリュファンも泣かせた。別の国にいる私たちも、違う「あなた」に泣かされている。「あなた」は私たちの生活のことは考えない。今日飢餓で亡くなる人がいても、寒さに凍える人がいても、そんな話は「つまらない」と切り捨てる。私たちが「取るに足らない人間」で価値がないと思っているからだ。だけど「あなたたち」は私たちの社会を知らない。私たちと話をしようとすら思わない。為政者のくせに。「あなたたち」は狂っている。本当にそう思うよ。

 リュファンは議員生活で忙しい中で、本来の自分を思い出す。自分が何をすべきなのか。

 「あなた」は「機能的で効率のよい世界、経済に人が順応し、グローバリゼーションに国が順応する」ことを目指しているかもしれないけど、「僕」であるリュファンは、人間と国についてのこの枯渇して機械化された世界観に「心が第一だ!」と宣言したい。「物品ではなくて人々のつながり、友愛を求める気持ちだ!」。「この凍りつくような孤独感を感じない人がいるだろうか? 自分の利益のためだけに生きることが規則にされた国で?」。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。


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