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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『土の記(上、下)』
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毎木曜掲載・第38回(2018/1/4)

終焉としての死と心の動き

●『土の記(上、下)』(高村薫 著、新潮社、各1500円) / 評者=大西赤人

 幼い頃、五十歳、六十歳になった自分の姿をイメージすることは容易ではなかった。筆者の場合、父親が四十歳近い時に生まれた遅めの子供だったから、十代の時期に五十歳、六十歳の身近な人間といえば、まさに目の前の父親であり、そんな爛ッサン瓩砲覆辰深分なんて、全く想像を超えていた。一方、二十世紀中盤の1955年に生まれた筆者にとって、二十一世紀の到来は近未来における一大メルクマールであったから、その2000年において四十五歳の自分はどんな人間になっているのか、どんなふうに歳を取っているのかという想像・夢想は、曖昧ながらも繰り返し浮きつ沈みつしていたと記憶する。そして、狄祐屬箸蓮年齢を重ねるうちに特別意識することもないまま成熟し、言わば老成し、人生の完結に向かって進んで行くものなのかなあ瓩覆匹塙佑┐討い燭茲Δ忙廚Α

 まあ、実際には、たちまち2000年が立ち現われ、しかし、四十五歳になったからといって特段の成熟もなし。それどころか、二十一世紀に入ってなお十数年が過ぎた現在でさえも、相変わらず十代の頃と大して変わらぬ感性のままに日々を過ごしているのだから、何をか言わんやではある。ただ、一つ極めて予想外だった点は、我々の子供時代には、人の(日本人の)寿命の狄び瓩幸福度の象徴のごとく奉られていたのだが、ついにはそれが平均寿命世界一に達した今(こん)日(にち)、高齢で生き延びることが多くの人々にとって実は――いや、むしろあからさまに――幸福な状況ではなくなっていることだ。

 今や日本の高齢者は、年金、医療費、生活保護費など、概して社会・後続世代に負担をかけるだけの爐荷物瓩任△襪のように位置づけられている。そして「認知症」は、誰もが知り、かつ惧(おそ)れる言葉となり、「65歳以上の高齢者の認知症患者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症患者数が462万人と、65歳以上の高齢者の7人に1人(有病率15.0%)であったが、37(2025)年には約700万人、5人に1人になると見込まれている」(内閣府)と恐怖心が煽られる。ほとんどこれは、狡浩犬は罪瓩噺世辰討い襪砲眦しい。

 この肉体的には避けがたく終焉としての死に近づきつつ、しかし同時に精神的には未だ十分、十二分にエネルギーを孕みながら生きつづけているに違いない人々の心の動きはどのようなものであるのか? それは、どのように変化し、衰えて行くのか? 高村薫の『土の記(上、下)』は、そのあたりを綿密執拗に描いて行く。物語は、2010年初夏、奈良県の山(やま)間(あい)にある宇陀市大宇陀の集落・漆河原(架空の地名だが、実在の嬉河原に準じる)から始まる。その土地のイメージは全く浮かばないのだけれど、以前に観た河瀬直美監督作品『萌の朱雀』――舞台は架空の村・恋尾だが、撮影地は奈良県西吉野村(現・五條市)――の場面を連想し、両者は40キロほど離れているものの、概略の風景としては当たらずも遠からずかなと勝手に考える。

 古稀を迎えた主人公・伊佐夫は、東京の大学を出てから奈良のシャープ工場に勤務、そこで見合いをした昭代と結婚し、上谷家の婿養子となっている。昭代は十六年前に交通事故に遭い、以来、「植物状態」となって家で伊佐夫の介護を受けていたが、年の初めに亡くなった。身軽な独り身になった伊佐夫は、言わば牾依有瓩任△訶效綸な生活に未だ馴染みきれないながらも、我流で工夫を重ねる米作りをはじめ、さしあたり悠々自適の生活を送っている。ただし、彼の精神は緩やかに鈍麻しつつあり、時に意識が混濁したり、重大な物忘れが起きたりする。

 高村といえば、そもそもはミステリーの書き手として名を馳せた作家だが、彼女自身は、そういう枠に押し込まれることを嫌ってきた(大西筆『用意周到なる曲者・高村薫』参照。http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/takamura.htm)。『土の記』においても、妻の交通事故の原因、集落に帰ってきた子連れの女性の背景、伊佐夫が目撃する女子高生の安否等々、幾つかの謎めいた出来事が起きるものの、それらはいわゆるミステリーの娯楽性とは大きくかけ離れている。本作の基調は、伊佐夫の学生時代からの趣味である土に関する「この辺りは典型的な褐色森林土であり、B層は花崗岩の薄黄色い集積層がふつうなので、思わずアッと声が出た。標準の土色帳で10YR7/1、もしくは7/2あたりの色」とか、稲に関する「ひとたび原基が形成されたあとの幼穂の成長は早く、二日後には穎花原基の分化、六日後には雄蕊・雌蕊原基の分化が始まる」とかというような決して読者に親切ではない描写を放り込みながら、伊佐夫の奔放な意識の流れを綴って行き、そのリアリティに引き込まれる。

 一気呵成に読み進む類の作品ではないけれど、彼の想念を追いながら、たとえば伊佐夫がふとした瞬間に昔の昭代の言葉や仕草を鮮烈に想い起こす場面に、人の記憶とはそういうものなのであろうと得心させられる。物語は、最終最後のパラグラフで一瞬にカタストロフィを迎えるかに見え、これを「ドンデン返し」と見做す評価も眼にするが、筆者としては、むしろ静穏な結末であったように思う。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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