本文の先頭へ
LNJ Logo 松本昌次の「いま、言わねばならないこと」第一回「天声人語・異論」
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
Document 20130401matu
Status: published
View

会員関連サイト

more...

 

松本昌次(まさつぐ)さん(写真)は、1927年生まれで現在85歳だ。1953年に未來社に入社、30年間編集者を勤めたのち、1983年退社して影書房を創設し、現在にいたっている。『わたしの戦後出版史』(松本昌次著・螢肇薀鵐好咼紂次2008)で聞き手となった、評論家の鷲尾賢也氏は、松本さんをこう評している。「丸山眞男『現代政治の思想と行動』をはじめ、戦後社会に絶大な影響を与えた埴谷雄高、花田清輝、藤田省三、廣末保、木下順二、平野謙、富士正晴、井上光晴、上野英信、橋川文三などの多くの著作を手がけた編集者として、松本昌次さんは伝説的・神話的存在である。・・そのなかでいつも倦まず語られたことは、時代への危機意識である。このままでいいはずがない。編集者は何をやっているのか。あなた方はこれでいいと思っているのか。怒りはかなり深かった。・・いくら酒を飲んでも(?)一貫してぶれない松本さんの言行に、あらためて私たちは『すごさ』を感じざるを得なかった。おそらく、数々の名著を生み出した存在の根底に据わっているのが、そういう『生き方』なのではないか」。
その松本さんが、レイバーネットに連載コラムを寄せることになった。インターネットに全く縁のない松本さんだが、「いまの時代状況にがまんできない。批評コラムを書いてもいい」と申し出てくれた。一回目は「『天声人語』異論」。連載タイトルは「いま、言わねばならないこと」で月1回の予定。ぜひご愛読ください。(レイバーネット編集部)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いま、言わねばならないこと

 第一回・2013/4/1

「天声人語」異論  松本昌次(編集者・影書房)

 朝日新聞一面の評判のコラム「天声人語」は、つとに「名文」の誉れ高く、朝日カルチャーセンターなどでは、元筆者などが「文章教室」を開いて、「文章表現を磨くお手伝い」をしてくれるそうである。しかし文章表現を磨く前に、「天声人語」子は、いま何を言わねばならないか、その中身をこそ磨かねばならないのではないか。その二、三を取り上げたい。

 その一は、三月二十一日、「イラク戦争から10年の節目」に当たっての中身である。「リーダーは心して選びたい。」にはじまるその文章は、「どちらかの大統領が別人」だったら、「米軍4487人、イラクの民間人12万人。」の命(わたしだったら、イラクの死者を先に書く)は、消えずにすんだだろうと訴えつつ、当時の小泉首相が「即座に開戦を支持」することによって、「日本は対米追従にとらわれ、大義なき戦争に加担してしまった」とある。まるで他人事のような書き方ではないか。では、マスコミの最前線に立つ朝日新聞は、終始一貫、イラク戦争に反対の論陣をはりつづけただろうか。正確な報道をしつづけただろうか。夫子自身の「対米追従」「戦争加担」に対するひとかけらの自己批判もなく、それが「名文」といえるかどうか。文章はさらに「自主の外交」の重要さを説いているが、わたしは「自主の朝日」をこそ、朝日新聞を物心ついた時から購読しつづけている読者として、切に希みたい。

 その二は、翌日の三月二十二日、NHKのラジオ放送開始(1925年)の記念日についての中身である。冒頭から、ラジオが「国策の宣伝」を担ったことを認めつつ、「破局に至る熱狂は、朝日などの大手紙とラジオの共作」と、あたかもみずからの果たした役割を省みているかのごとくであるが、果たしてそうか。「破局に至る熱狂」とは何か。「天声人語」の「文章教室」では、こういう曖昧な表現を教えるのだろうか。新聞とラジオが、戦争遂行に全面的に加担することで国民を熱狂させ、敗戦の破局に至った、でいいではないか。「世が一色に染まらぬよう、確かな情報を選び取る力を養いたい。」とおわりにあるが、権力に屈せず、確かな情報を伝える精神こそ、まず養うべきであろう。

 さて、その三は、またその翌日の三月二十三日、桜の開花についての中身である。桜に関する蘊蓄(うんちく)がいろいろ書かれているが、ふと、「明るく咲きながら、せかされるように散る様が、かつては兵士と重ねられた。」とある。なにが「兵士と重ねられた」か。戦争を知らない若い世代は、これをどう読むだろうか。「兵士」はパッと咲いてパッと散る桜のように、戦場で潔く死んでこいと、かつて教えられたのである。桜が悪いわけではないが、桜のイメージは汚辱に満ちている。「貴様と俺とは同期の桜/同じ兵学校の庭に咲く/咲いた花なら散るのは覚悟/見事散りましょ国のため」。「兵学校」を自分の学校に入れかえて、歌わせられたものである。本居宣長の「敷島の大和心をひと問わば朝日に匂う山桜花」までが利用され、特攻隊に「敷島隊」「大和隊」などと命名し、まさに若い命が散っていったのである。そうした無残な桜にまつわる現実を。「兵士と重ねられた」と書くのが「名文」なのだろうか。

 桜について書くならば、いまごろは満開の千鳥ケ淵の桜並木の先に三十二万余の無名戦士の骨が眠る千鳥ケ淵戦没者墓苑(靖国神社ではない!)があることを、ひとことぐらい読者に伝える精神を、せめて「天声人語」子には持って欲しいものである。(2013.4.1)


Created bystaff01. Created on 2013-04-02 14:21:57 / Last modified on 2013-04-02 14:28:39 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について