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警察、「セウォル号100日」遺族の行進を制止...暴雨の中で衝突

「子供がとても懐かしい」、遺族が未明まで光化門で座り込み

ユン・ジヨン記者 2014.07.25 03:15

セウォル号惨事100日をむかえた7月24日夜、 警察がセウォル号遺族の都心での行進を制止したため、衝突が発生した。 遺族と市民は警察にデモ・コースを保証しろと要求したが、 対峙状況は深夜12時をすぎて明け方まで続いた。

警察が「セウォル号100日」遺族行進を制止...暴雨の中で衝突

セウォル号特別法制定を要求して2日間の徒歩行進をした遺族は、 光化門で警察兵力に制止された。 遺族は7月23日に安山から徒歩行進を始め、24日午後8時頃にソウル市庁広場に到着した。 ここで開かれたセウォル号100日音楽会に参加した遺族は、徒歩行進の最後のコースとして、 遺族がハンストをしている光化門広場まで行進する予定だった。

▲[写真/キム・ヨンウク記者]

午後10時30分頃、梅雨の雨が降る中で遺族はソウル市庁広場で最後の行進を始めた。 だが警察がすぐ市庁前の道路を封鎖したことで衝突が発生した。 遺族と市民は警察側に行進を保障するよう要求し、 この過程で警察が解散を命令して衝突が発生した。

結局、警察は遺族と市民の一部だけに行進を認め、 午後11時30分頃から遺族と一部の市民だけが光化門方向へと行進を始めた。 ソウル市庁広場集会に参加した市民の多くは警察兵力に制止され、 プレスセンターの前で止められた。

遺族は午後12時頃に光化門広場に到着したが、再び警察との衝突が発生した。 警察が行進を阻止したことに怒った遺族が「青瓦台に行く」と行進を続ける意向を明らかにしたが、警察兵力がこれを遮ったためだ。 セウォル号家族対策委のユ・ギョングン報道担当者は 「警察が車壁で妨害し、不法行為を誘導している。 歩道に上がって青瓦台に行く」と声を高めた。

▲[写真/キム・ヨンウク記者]

警察はすぐ光化門KT本社前広場一帯に兵力を配置し、また遺族の反発をかった。 子供たちの遺影が入った大型プラカードを持って行進をした遺族は 「警察が遺影を壊そうとする」と怒り、深夜12時をすぎた12時14分頃からまた遺族や市民と警察との間で衝突が発生した。

暴雨の中で光化門広場に足止めされた遺族は座り込みに突入し、 警察に行進を認めるよう要求した。 市民と遺族は「朴槿恵が責任を取れ」、 「特別法を制定しろ」などのシュプレヒコールをあげて、午前1時30分過ぎまでデモを続けた。

▲[写真/キム・ヨンウク記者]

▲[写真/キム・ヨンウク記者]

ソウル市庁広場に5万人殺到、遺族「子供がとても懐かしい」
市民が嗚咽、ソウル市庁広場は涙涙

セウォル号惨事100日をむかえた7月24日午後7時30分、 全国から集まった5万人の市民がソウル市庁広場で 「君の涙を忘れない」と題した惨事100日追慕詩の朗読と音楽会を開催した。

7月23日、安山合同焼香所からソウルまで2日間、徒歩行進をしたセウォル号犠牲者遺族も午後8時頃にソウル市庁広場に到着した。 安山檀園高の故キム・ドンヒョク君の母親キム・ソンシル氏は手紙で 「昨日の朝お前たちの遺影を持って安山と光明、国会を通り、このソウル広場まできた」とし 「君と君の友だちが天からお母さんお父さんを痛ましく見ながら『大変ですね』と言いながらさびしく笑っているようだ」と涙声で話した。

続いて「この悪夢のような事故をまた思い出したくはないが、 私たちが経験した真実と、世の中に知らされた情報が違うので、 われわれは変わり始めた。 子供が死んだ理由を明らかにしてくれということがそんなに大きな我儘で、 この苦痛を他の国民に与えないようにするために再発防止対策をたててくれということが間違いなのか」とし 「お母さんお父さんはお前たちを守れなかった申し訳なさに泣いてばかりいない。4.16特別法を制定し、こんな苦しみを繰り返さないと約束する。 それでもドンヒョク、私の子どもととても会いたくて懐かしい」と伝えた。

セウォル号家族対策委のキム・ビョングォン委員長も 「2日間50kmを歩き、ここにきた。 この苦しみに耐えた理由は、無能力な国政調査と遺族を無視する国会、 約束を破る大統領を見て絶望したからだ」とし 「いまや家族が直接動き、真相究明のための特別法を制定することにした。 すでに350万人を越える国民が一緒にしている」と明らかにした。

キム委員長は「われわれは今後も千万署名と光化門、国会前ハンストを中断なく続けていく予定」とし 「これ以上座って待たないようにするために、 私たちの意向を大統領に伝えられるように行動するために、 今日、市庁から光化門まで行進をする。 われわれは捜査権、起訴権がある特別法を作るために最善を尽くす」と声を高めた。 キム委員長をはじめとする遺族の一部は宗教界と社会元老などの呼び掛けでハンストを中断し、特別法制定のための行動に力を入れることに決めた。

この日の音楽会には多くの詩人たちのセウォル号追慕詩の朗読が続き、 芸術家の音楽、演劇などの公演も行われた。 演劇と詩の朗読、手紙文が続くたびに、市民は嗚咽した。 ソウル市庁広場は市民の涙でぎっしり埋まった。

歌公演に出てきた歌手のキム・ジャンフン氏は 「今日100日追慕祭を最後に、みんな整理しよう。 そして101日からやり直そう。 セウォル号の遺族が私を放さない以上、私は皆さんを放さない」とし 「一部ごく少数の非常識な人々が家族の名誉を傷つけ、矢を向ける。 だが人間ではない彼らの言葉に絶対に傷つかないでほしい」と頼んだ。 キム・ジャンフン氏は生前、歌手が夢だった檀園高校の故キム・ボミさんが最後に残した「ガチョウの夢」を編曲し、 故キム・ボミさんとのデュエット曲を披露した。

歌手のイ・スンファン氏もこの日の公演で 「われわれはある瞬間から国家の無能と無関心をとてもよく知るかわいそうな国民になってしまった」とし 「国家と呼ばれる彼らは今日さえやりすごせばいいと思っているかもしれないが、 われわれはこのすべての現実を避けることなく楽しく集まって、 最後まで忘れない」と強調した。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-07-26 00:03:52 / Last modified on 2014-07-26 00:03:52 Copyright: Default

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