アラスカ会談とは何だったのか？～外交で戦争を避けるべきだ

児玉繁信(全労協全国一般福山ユニオンたんぽぽ・執行委員〉

「古い世界は死につつあり、新しい世界は生まれようと苦闘している。」　これは1920 年代後半について、アントニオ・グラムシが語った言葉ですが、現代にも当てはまりそうです。欧米中心の世界は急速に終焉を迎えつつあります。

私の立場は非戦です。戦争に加担するのは反対です。ウクライナ兵が大量に死に続けているのを止めなくてはなりません。その観点から、アラスカ会談についてまとめました。

8月15日のアラスカでトランプとプーチンが会談を持ちました。友好的な会談となりました。では、アラスカ会談とは何だったのでしょうか？　誰もがこれを評価しかねています。その理由は、背景に多極化という世界の急激な変化があり、ウクライナ戦争だけ見ていたのではわからないからです。ウクライナ戦争を終結させるためにはウクライナだけではなく、ウクライナを含むヨーロッパ全体の安全保障をどのように確立するかという課題として、目の前に現れてきています。それからアラスカ会談で始まったプロセスはまだ終わっていないという事情もあります。それらが評価が定まらない理由です。　

評価しかねているのは日本社会でも同じです。よりひどいかもしれません。すなわち、政府も大手メディアも、学者・知識人も、さらには市民団体も混乱しています。

１）アラスカ会議に至る背景

　アメリカはソ連が強大だったころ(1945年～1991年まで)、ソ連の主権を尊重してきました。1990年10月、アメリカとEUはゴルバチョフに「NATOは東方に1インチも拡大しない」と約束し、東西ドイツ統一の了解を求め、ゴルバチョフは応じました。1991年7月、ゴルバチョフはワルシャワ条約機構の解体を宣言。安全保障構想「ヨーロッパ共通の家」を提唱しましたが、欧米はこれを無視しました。ソ連が解体し、1992年1月ロシアになった時、エリチンのロシアは驚くほど弱かったので、アメリカ態度は傲慢に転じ、NATOを東方拡大しないという約束を簡単に破りました。1990年代から2022年の最近まで、アメリカは NATO拡大、ロシアを弱体化させ分割支配する戦略に基づいた政策を実行しました。相手が弱体化した時に行うアメリカの対応です。

ロシアが強靭で力強く自国の利益を守れるとわかれば、アメリカは態度を変化させます。一言で言えば、アラスカ会談で起きたのは、そのことなのです。

ウクライナ戦争は、実質NATOとロシアの代理戦争ですが、NATO側がほぼ敗けました。100 万人以上のウクライナ兵が死に、NATOの武器庫は尽き、軍事費は莫大な額に上り、アメリカとEU には財政負担が重くのしかかりました。ロシアは欧米による経済制裁に対し、石油・ガスをインド・中国に売り、BRICSとの交易拡大に転換し、経済成長さえしています。トランプは、ロシアの強靭さを認めウクライナから手を引くことにしたのです。

「ウクライナから手を引く」とは、米ロ関係が、1992年からの戦争で抑え込む戦略から、表面上の「関係改善」への方向転換という「トランプのドラマ」として現れています。米ロ両国は依然として、それぞれの持つ制約と国内事情に規定されて行動していますが、決定的に重要なのは、アメリカがロシアの「戦略的敗北」を追求してきた方針を棚上げにし、転換を選ぼうとしていることにあります。これが現代を象徴する根本的な変化であり、アラスカ会談は時代を区切る出来事であると世界に認識させたのです。「米国の揺るぎない世界支配」によって特徴づけられた冷戦時代後の終焉と言えるでしょう。注目すべきは、この変化を求める声がBRICSやグローバルサウスだけでなく、米国内からも生まれたことです。

　「35年間に渡る米国の揺るぎない世界支配」を辿らなければなりませんが、文章にすると長文になるので、簡単な年表を下記に示します。自分で調べてください。

・1990年10月、ドイツ統一。アメリカとEUはゴルバチョフに「NATOは東方に1インチも拡大しない」と約束。

・1991年7月、ゴルバチョフはワルシャワ条約機構の解体を宣言。安全保障構想「ヨーロッパ共通の家」を提唱。西側は無視、NATOを解体せず。

・1991年12月、ソ連解体、

・1992年1月、ロシア成立。

・1992年5月、ブッシュ政権は、冷戦後の新たな世界戦略である「地域防衛戦略」(ディック・チェイニー国防長官、ポール・ウォルフィッツ国防次官起草)を策定。NATOは解体せずに新たな意味付けを与える。「NATOの東方拡大とロシアの分割支配」を構想。これ以降、米民主党、共和党に関係なく歴代米大統領がとった方針となる。

・1997年、ズビグネフ・ブレジンスキー（米国家安全保障問題担当大統領補佐官）『大いなるチェス盤（The Grand Chessboard）』（1997年）「ロシアには抵抗する力がない。ロシアを弱体化させ、分断・支配する」

・1999年、ポーランド、ハンガリー、チェコがNATO加盟。

・2002年5月、プーチンは欧州と融和するためロシアのNATO加盟を提案。クリントン政権が拒否。

・2002年、アメリカが「弾道弾迎撃ミサイル（ABM）制限条約」（1972年に米ソが締結）を一方的に放棄

・2004年、ブルガリア、バルト三国、ルーマニア、スロバキア、スロベニアがNATO加盟。ロシアは反対。

・2008年、NATOブカレスト会議で、近い将来ウクライナとジョージアのNATO加盟を決定。

　ロシアは反対したが、受け入れられなかった。

・2014年2月、マイダン革命、ウクライナで民族主義者・ネオナチがクーデターで政権奪取、米政府がこれを主導・支持。ドンバス内戦が始まる。

・2015年、ドンバス内戦に対処するため、独・仏・ロ・ウクライナで「ミンスク合意Ⅱ」が成立。「ドンバスでの戦闘停止、ロシア系ウクライナ人の保護と自治」で合意。「ミンスクⅡ」を国連安全保障理事会（2015年2月17日）は全会一致で承認。しかし、アメリカとウクライナは「ミンスクⅡ」を履行しないと決定。合意の保証国であった独仏も放置。

・2019年、アメリカがINF（米ロ中距離核戦力全廃条約）を破棄を通告。

・2021年7月、ウクライナ最高会議が「先住民法」制定。

・2021年12月、戦争の危機が迫るなか、プーチンはバイデンに安全保障協定案を提示。バイデン政権はこれを無視。

・2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻。

・2022年3～4月、ゼレンスキー大統領からの要請で、ロシアとイスタンブールで停戦交渉。双方が仮合意に署名。和平合意の内容は、「ウクライナの中立化とNATO非加盟」。

・2022年4月、米英の指示により、ウクライナはイスタンブール仮合意を破棄し、戦争継続。

２）アラスカ会議とは何を合意したのか？

① ウクライナ戦争を終結させることを米ロが合意しました。これが最大の変化です。

プーチンは、「ロシアは西ウクライナの領土をとることはない。この地域における対立を取り除かなければならない、ロシアはこの地域の『真の平和』を要求している」と主張しました。トランプはロシアの主張に理解を示し、EUとウクライナが主張した「30日間の即時停戦」を引っ込めました。

ロシアの要求は、プーチンが2024年6月14日の演説で表明した通り、以前から一貫しています。「⑴ウクライナの中立化、⑵ウクライナのNATO非加盟、⑶クリミアと東部4州をロシア領とする」です。トランプは、⑴⑵項を、「この地域の真の平和を確立しよう」という提案に賛同し受け入れました。⑶項は「戦争の結果として受け入れるしかない」と表明しています。

アラスカでは最終合意までは成立しなかったものの、ウクライナ戦争を終結させることを米ロが合意したので、局面は劇的に変化しました。何らかの形で次の動きが起こるでしょう。

② トランプ政権の判断の根拠は、戦場でウクライナ軍が敗北しており崩壊が近いこと、戦闘を治める必要性が目に見えて明らかになったことです。要するに、戦況はNATOとウクライナの敗北であり、ウクライナ軍はほとんどすり潰され、兵器や弾薬を追加して投入しても敗北は変わらない現実を、トランプが認め受け入れました。

したがって、トランプはウクライナ戦争から手を引こうとしているのです。たとえそれがすぐに米政権内のディープ・ステートやネオコン影響下の大手メディアの支持を得なくても、です。トランプはもはや選択肢がないことを認め、手を引くことにしました。それをトランプはロシアとの関係修復というドラマに仕立てました。

今後の局面は、トランプ政権が欧州同盟国やウクライナにどのように関わっていくかになりました。欧州とウクライナがロシアとの交渉による和平を拒否するなら、トランプは距離を取り、放置するでしょう。

③ 一方、欧州とウクライナはパニックに陥っています。アメリカが軍事費を負担し、参戦に踏み込んで戦況を転換してもらいたいと熱望し画策してきました。その望みは絶たれました。EUは、アメリカに代って軍事費を負担できません。しかし、現時点に至っても戦争継続の態度を変えることができません。ＥＵはロシアとの交渉を現在に至ってもなお拒否しています。8月25日、ゼレンスキーがアメリカを仲介としたロシアとの交渉を拒否したと伝えられています。交渉拒否とは、戦争継続を意味します。戦争継続となれば、ウクライナ兵がさらに死に、領土は失われ、国土は崩壊し、ゼレンスキー政権の退場へと近づくでしょう。時間が経過すれば、交渉はより不利になるのは目に見えています。交渉を遅らせることは、大量の死者を出し、戦争で完全敗北する可能性を高めます。

④ すぐに合意が成立しない理由は、上述の通りのアメリカとEUとの分裂であり、アメリカ国内の分裂です。「道のり」は紆余曲折を辿るでしょう。しかし、他に選択肢はありません。アメリカ国内とEUには、この流れを止めたり逆転させたりしようと企む関係者は数多く存在します。トランプ政権内にはディープ・ステートの影響下にある閣僚・スタッフもまだ多くいます。2025年2月にトランプが「NATOの拡大はもう、ない」と示唆しようとした時、タカ派から大きな反発がありました。しかし、トランプの支持基盤である MAGAは、戦争を終わらせることを要求しています。そこに矛盾がありますが、時間をかけて終結へ向かうでしょう。

３）この先の見込みは？

　ロシアが狭い外交的枠組みを破ったことは既に明らかです。過去3年間、アメリカとEU諸国は、ロシアとはウクライナ問題のみについて話し合うべきだと主張してきました。この原則はバイデン前政権とEUの双方を導いてきました。そして今や議題は広がり、ウクライナを含むEUの安全保障の枠組みで、対話を再構築し交渉することに転換しました。今日の国際政治における大きな変化です。

ただ、ここから先の最も困難なところです。当面の問題は二つあります。

第一に、トランプは自らを紛争の当事者とは見なしていません。しかし、バイデンが始めたとはいえ、実際には35年にわたるアメリカのNATO拡大戦略から生まれた戦争です。

第二は、EUとウクライナが戦争継続に固執していることです。ドイツ・メルツ政権は、政府の財政規律(債務はGDPの60％以下）を変更し債務を拡大してまで軍事費を増大させる、また徴兵制を復活させると表明しました。うまくはずはありません。いずれ破綻するでしょう。

このままであれば、交渉も和平合意もすぐには成立せず、舞台は再び戦場に移ります。そうなれば、戦況がさらに変化することで、交渉に戻る新たな共通の現実が生まれるまで待つことになります。特に欧州各国内で分裂が目立ってきており、統一的な対応をとることが急速に無理になっています。欧州各国では政権への不支持が広がり交代があるかもしれません。それらの混乱を経て、そのうえで再度交渉に戻る可能性が高いと思われます。

戦争継続は、欧州に莫大な額の軍事費支出を強い、社会保障費などを削減させます。すでにロシアのガス・石油を絶ったため欧州経済は停滞していますが、戦争継続は欧州の更なる没落をもたらします。

欧米中心の世界は急速に終焉を迎えつつあります。時間はかかるでしょうが、ウクライナ戦争は終結へと歩み出しました。

４）信頼と外交で戦争を避けるべきだ！

　このように私は書いてきましたが、読者の多くは　「親プーチンじゃないか！」と「違和感」を覚えるのではないでしょうか？　欧米や日本の主要メディアは、アラスカ会談でトランプがプーチンを温かく迎えたことを「トランプがプーチンに操られている、騙されている」と報道しました。しかし、そんな情報や報道に囚われているようでは、ダメです。米ロが戦争終結に合意したというリアルな国際政治の動向のほうはるかに重要です。

決して他人ごとではありません。現代の日本社会では、中国やロシア、習近平やプーチンを悪く言うのが大勢です。その根拠は何か？一次情報は何か？と聞いてみると、どれもこれも不確かで、根拠がありません。これはすでに「印象操作」に囚われているということでしょう。

相手に同意する必要はありませんが、理解することが大切です。理解しないで悪口を重ねるのはダメです。自分の考えや気持ちが「印象操作」に囚われていないか、常に自問自答しなくてはなりません。

戦前、帝国日本政府は「鬼畜米英」と煽り、戦争に突き進みました。「米英は鬼であり畜生だ！」とされ、違うとは言えませんでした。朝鮮人や中国人は劣った人たちとみなすのが当然とされました。これは古今東西、「戦争遂行のために必要な準備の一つ」なのです。

最近でも韓国・朝鮮人、中国人、外国人に対するヘイトがネット上で広がっています。票を得るために意図的に煽っている政党さえあります。中国やロシアへの悪口も溢れています。相手の立場に立って考えるとか、相手の事情からその国や人々の行動を理解しようとか、ほとんどしていません。繰り返しますが、これは「戦争準備の一つ」です。厳しく自覚しなければなりません。

私が言いたかったことは、ロシアの立場に立ってウクライナ戦争を見てみると、上述のようになるということです。しかも、よりリアルな情勢把握になるということです。

ロシア社会は、ウクライナ戦争をアメリカ・NATOによるロシア絶滅戦争だとみなし、今やロシアは存亡の危機だととらえています。それゆえ、例えばロシア軍は徴兵制を敷かなくとも志願兵で補充できています。ロシアの主張に賛同しなくとも、ロシア社会の立場や事情を理解するべきです。その理解のうえで、相手との信頼関係をつくり上げ、外交で戦争をさけ解決すべきなのです。

自身が「印象操作」に囚われていないようにするには、主要メディアではなくWeb上から貴重なものを意識的に選んで情報や評価を入手し、自分の考えを構築する必要があります。いくつかありますが、その一つとして、you tube ”Glenn Diesen Japanese”を薦めます。グレン・ディーセン南東ノルウエー大学教授が様々な専門家インタビューしたものを放映しています。あるいは、Pascal Lottaz京都大学准教授が主宰するyou tube ” Neutrality Studies Japanese”もいいかもしれません。いろんな考えが聞けるでしょう。(2025年8月29日記)

(ミニコミ誌『インフォメーション』に掲載、一部追記し転載)

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