投稿者：吉原 真次
アジア諸国の戦争犠牲者の不在／続・敗戦80年に思う
戦後80年の節目となる今年、石破茂首相は敗戦（終戦）50年に当たる1995年の村山談話以来、時の首相が10年ごとに出してきた閣議決定を伴う談話の代わりにアジア・太平洋戦争に至った経緯などを検証した首相個人のメッセージを出すことを決めた。日本政府によればアジア・太平洋戦争の日本人戦没者は合計で約310万人。内訳は�‥�時は植民地だった朝鮮・台湾出身の約５万人を含めた約230万人の軍人・軍属、�¬�30万人の外地の一般邦人、�６�襲などによる日本人の戦災死没者約50万人。
外国の戦争犠牲者は�。綱�2000人から10万人の米軍戦死者、��張峰 事件、ノモンハン事件、対日参戦以降のソ連軍の戦死者合計２万2694人、��２万9968人の英軍戦没者、�ぬ唄嵜佑魎泙爛�ランダ軍の戦没者２万7600万人。
しかし、交戦国だった中国や日本軍の占領下にあったアジア各地の人的被害はより深刻で、ある推定によると中国軍や中国民間人の死者は約1000万人以上、朝鮮の死者は約20万人、フィリピンが約111万人、台湾が約３万人、マレーシア・シンガポールが約10万人、その他にヴェトナム、インドネシア等を合わせると約1900万人以上。日本が戦った戦争の最大の犠牲者はアジアの民衆だった。
村山談話は日本が植民地支配と侵略により多くの国、とりわけアジア諸国の人々に多大な損害を与えたことを認め、歴史の事実を謙虚に受け止め、反省の意を示した点で評価できるが、その内容はあいまいなものに止まっている。一例を上げれば、談話は遠くない過去の一時期、国策を誤りとしているがその時期を明らかにしていない。植民地支配は1895年の台湾割譲から始まり、1910年の日韓併合をへて傀儡国家「満州帝国構築」の建国。戦争なら日清・日露戦争と1937年の日中全面戦争、さらに40年の仏印（フランス領インドシナ＝現在のヴェトナム)進駐、アジア・太平洋戦争など様々な事例が上げられるのに過去の一時期と一くくりにしている。アジア諸国の人々に心から植民地支配と侵略に対する反省の意を表明するならば具体的に話すのが当然ではないだろうか。
村山談話は日本政府の公式見解となったが、後に続く小泉談話、安倍談話は表面的には村山談話を踏襲する形を取りながらも実際には村山談話の内容を薄め、さらに投げ捨てた。
2005年の小泉談話は、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えたことを認めてはいるが、村山談話と同様に具体的事例は上げずまた国策を誤りという表現は使わなかった。さらに村山談話の核兵器の究極の根絶を目指すとの文言を盛り込まないなど、村山談話を発展させていない。小泉談話は戦後のＯＤＡ（政府開発援助）や国連平和維持活動を上げてアジア諸国との未来志向の協力関係の構築をうたっているが、それはアジア諸国の人々に与えた損害と苦痛の免罪符にはならない。その上に小泉首相は談話に反してアジア・太平洋戦争を「聖戦」としてＡ級戦犯を合祀する靖国神社を参拝した。談話が形だけにすぎないことは明白だ。
2015年の安倍談話は3354字。1285字の村山談話、1135字の小泉談話と比べ長いが、内容に何ら評価できるものはない。安倍談話は村山談話が遠くない過去の一時期とした侵略の歴史を満州事変、国際連盟脱退以降としたが、侵略と植民地化の歴史は日清戦争から始まっている。安倍談話の最大の問題点は戦争の原因を欧米列強の経済のブロック化としていることで、これは1930年代の日本がアジア・太平洋戦争を起こしたときの理論と通底するものだ。また安倍談話は日露戦争が植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけたとしているが、日露戦争は朝鮮や中国東北部（旧満州）の支配権をめぐって日本とロシアという二つの強盗が始めた戦争だ。
安倍談話は戦後の誓いの中で植民地支配下から永遠に決別するというが、日本が戦前に朝鮮半島と台湾を長く支配した肝心の事を語っていない。日露戦争の目的は日本による朝鮮の植民地化＝日韓併合で、1910年から敗戦まで35年間にわたり朝鮮は日本の軍事支配下で独立・自由を奪われ、日本侵略戦争に動員されて多くの命が奪われた。
日本が朝鮮の植民地支配の主体であったことを語らない安倍談話に韓国、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）への誠意を感じることはできない。また安倍談話の不誠実さは二十世紀において、多くの女性たちの尊厳や名誉が著しく傷つけられたと言っていることにも表れている。肝心の日軍「慰安婦」問題にふれない談話に痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを感じ取ることはできない。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもない歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。とし、日本が侵略と植民地支配の主体だったことを認めた村山談話とは雲泥の差がある。安倍晋三は日本の侵略と植民地支配を他人事としてしか考えていなかったのだ。
しかし、侵略と植民地支配を受けたアジア諸国の人々は屈辱の歴史を決して忘れない。７月7日、日中戦争の発端となった盧溝橋事件から88年となる中国では北京郊外の抗日記念館と各地で記念の式典が開かれ、同日には香港でも日本に対する抗議行動が行われた。そして、９月３日の「抗日戦争勝利記念日」には北京の天安門広場で戦勝記念行事と軍事パレード、12月13日には南京大虐殺の追悼式典が実施される。
日本では８月15日は敗戦記念日だが、韓国では日帝35年の暗闇が晴れ、独立と自由の光が戻ったことを祝う「光復節」で全国的に式典や行事が開催される。これは侵略と植民地支配により幾多の辛酸をなめさせられた国が、二度と悲劇を繰り返さないために行う当然の行事だ。
ならば、侵略と植民地支配によりアジア諸国で自国の六倍以上の戦争犠牲者を生み出した日本が行うべきことは、二度とそのような愚考を繰り返さないために戦後ドイツのように歴史の事実を謙虚に受け止め、教育をはじめとするあらゆる分野で過去の克服をはかることだが、日本政府は侵略を進出と言い換えるなど、ドイツとは逆の道を辿ってきた。
アジア諸国の人々はそれを知っている。石破首相のメッセージがどんなものだろうと侵略と植民地支配の歴史の克服を誠実に行わない限り、言葉だけの謝罪と反省にしかすぎないと思うだろう。また石破首相のメッセージが次の政権に引き継がれる保証はなく、さらに安倍談話を評価する石破首相のメッセージが、アジア諸国の人々から反感を買う危険性は十分にある。
そしてマスコミはアジアの戦争犠牲者についてほとんど報道していない。戦後80年の今年、新聞は年初からアジア・太平洋戦争にまつわる記事を次々と掲載した。しかし私が知る限り、アジア諸国の戦争犠牲者について真剣にとり上げた記事はない。
暗たんたる気持ちになるが、民間レベルではアジア・太平洋戦争の外国人犠牲者に対する追悼行事は行われている。また資料・記録の調査とともに追悼の形は遺族だけでなく市民参加型へ、そして沖縄「平和の礎」読み上げのように日本人中心の戦没者追悼から内外の全犠牲者の追悼へと進化している。さらに９月２日の午後に衆議院憲政記念館で「アジア太平洋戦争犠牲者追悼の集い（仮称）」の開催が計画されている。この話を聞いて私はすぐに年休を取った。会場や会館に入れなくても少しでも近くにいたい。（8月14日）
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