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LNJ Logo 老いの苦しさを演じきった名脇役のドキュメンタリー『うしろから撮るな〜俳優織本順吉の人生』
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堀切さとみ

 知り合いからチケットをもらったので、何の気なしに観に行った『うしろから撮るな〜俳優織本順吉の人生』。2千本の映画やドラマに出た俳優の、最後の四年間を追ったドキュメンタリーである。
 映画をみてこんなに笑い、泣かされたのは久しぶりだ。織本順吉という名前は知らなかったが、『やすらぎの郷』や『押入れのピアノ』など、彼が出演した作品のいくつかを私も観ていた。

 「役者っていうのは覚えた台詞を忘れていかないと、次が覚えられないんだ。医者にはわかんないだろう!」
 90歳に近い俳優は、老いへのやるせなさをぶつける。その感情の吐露は、俳優ならではのプライドと頑固さを通り越している。幼稚で正直すぎておかしくて。失礼ながら何度も吹き出して笑ってしまった。

 次第に、撮影しているのは織本の長女であることがわかる。家族だからこそ撮れた映画だったのだ。出だしのテロップ、「これは演技なのか素なのか、撮りながらわからなくなった」というのが効いている。

 「四年間」の前半は、織本が現役役者としてもがきながら奮闘する姿だ。後半は仕事が来なくなって、やることがなくなった織本。俳優というのは二度死ぬものなんだな。そう思っていたら裏切られた。
 骨と皮になった身体でみそ汁をすすり、入浴し、おむつを履く。家族に泣き言をぶつける。俳優だったら絶対にみせたくない「素」を晒して見せるが、織本は最後まで、娘のカメラの前で演じ続けていたのだ。

 昭和2年生まれの織本は、左翼劇団を立ち上げ役者人生まっしぐらだった。妻となった女性は俳優への道をあきらめ、織本を支えながら二人の子どもを育てあげた。映画の中で、織本の介助を一手に引き受けてきた妻(監督の母)が、怒りを爆発させる場面がある。そこで涙腺崩壊。彼女はここで、役者としての願望を果たしたように思えた。

 人生とはかくも演劇のようなものである。織本は「老い」という苦しいテーマを、娘のカメラの前で演じきった。「人は未完成のまま終わるんだよ。完成して死ぬ人なんて嘘だよ」
 なんという安心感を与えてくれる映画だろうか。

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『うしろから撮るな〜俳優織本順吉の人生』(監督:中村結美/82分)
 ケイズシネマ(東京)、横浜シネマリン(神奈川)他で上映中    


Created by staff01. Last modified on 2025-04-11 13:22:47 Copyright: Default

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