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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『中村哲という希望―日本国憲法を実行した男』
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毎木曜掲載・第339回(2024/3/28)

「撃たない」勇気

『中村哲という希望―日本国憲法を実行した男』(佐高信・高世仁 著、旬報社、2023年12月刊、1600円)評者:佐々木有美

 アフガニスタンで医療・復興事業に専心した中村哲医師は2019年12月、銃弾に倒れた。それから5年。わたしたちは、彼から何を学び何を受け継ぐのか。本書は評論家の佐高信とジャーナリストの高世仁の対話、そして高世の詳細な解説からそれを明らかにしようとしている。佐高は序文で、「世界に誇れる憲法と中村を改めて高く掲げて軍拡路線に対決しようと、この本は企てられた」と書いている。ロシアのウクライナ侵攻を奇貨として大軍拡が押し進められようとしている今、筆者たちの真摯な思いが冒頭から伝わってくる。

 2001年9・11同時多発テロが起こり、それに対して米英のアフガニスタンへの無差別攻撃がはじまった。中村はアフガニスタンへの自衛隊派遣について、国会で二回の参考人発言をしている。一回目は、2001年、二回目は2008年だったが、派遣は「有害無益」「百害あって一利なし」と断言している。現地では、「戦争をしない」日本に対する信頼は、絶大なものがあり、日本が報復に参加することでそれが失われてしまうと。彼はのちにこう語っている「僕は憲法九条なんて、特に意識したことはなかった。でもね、向こうに行って、九条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感はありますよ。体で感じた想いですよ」。アフガニスタンに行き、現地で活動してこそ得られた実感が中村の九条への思いを育てた。


*映画「荒野に希望の灯をともす」より

 本書の白眉は、アフガニスタンのダラエ・ヌール診療所事件である。1993年ライフルを携行した患者を、職員が殴るという事件が起きた。その後患者は仲間を連れて診療所を包囲、弾丸が放たれ二名の職員が銃弾で殉職した。件の職員は、こちらも配下を集めて敵に立ち向かうと言い出した。このとき中村医師は発砲厳禁、人も手もだすなと立ちはだかった。<不安に駆られた彼がそれじゃ、皆殺しにされてもか、と不服を述べたが、私は「そうだ、皆殺しになってもだ!」と強く言った。・・・「鉄砲で脅す奴は卑怯者だ。それに脅えて鉄砲を撃つものは臆病者だ。君らの臆病で、迷惑をするのは明日の診療を待っている患者だ」>。殺気だった空気はおさまり、1時間後には何もなかったようにおさまったという。中村の、信頼こそが安全保障だという思想は、こうした現実に裏打ちされている。戦争、軍事力、暴力がものをいう世界を変えるのは、「撃たない」勇気だ。

 アフガニスタンで大干ばつと格闘した中村は、資本のグローバル化に警鐘を鳴らし続けた。「生産と消費を無限に膨張させねば延命できぬ世界は、一つの行き詰まりに到達している」。2000年ごろから始まったアフガニスタンの干ばつは、地球温暖化によるもの。それは資本のグローバル化、新自由主義が招いたものだ。アフガニスタンの干ばつから20年、世界中がいま、異常気象と戦争に巻き込まれている。<人間にとって本当に必要なものは、そう多くはない。少なくとも私は「カネさえあればなんでもできて幸せになる」という迷信、「武力さえあれば身が守られる」という妄信から自由である。何が真実で何が不要なのか、何が人として最低限共有できるものなのか、目を凝らして見つめ、健全な感性と自然との関係を回復することである>。中村のことばをいま、かみしめたい。


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