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LNJ Logo 山口正紀のコラム : 大崎事件再審請求棄却、「疑わしきは裁判官の利益に」でいいのか
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●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第22回 隋2022/6/27 不定期コラム)

「疑わしきは裁判官の利益に」でいいのか――43年の無実の叫びを足蹴にし、再審の訴えを踏みにじった大崎事件再審のヒラメ裁判官たち

●第4次再審請求も棄却

2019年6月25日、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は「検察官の特別抗告には理由がない」としながら、「職権により、鹿児島地裁、福岡高裁の決定を取り消し、再審請求を棄却する」という前例のない決定を行なった。*写真=TV報道より

この不当な決定に対し、意思表示が困難になってきたアヤ子さんに代わって長女・京子さん(67歳)と弁護団は20年3月、第4次となる再審請求を行なった。決定から9か月、異例のすばやい請求だ。アヤ子さんにはもうあまり長くは時間が残されていない。

弁護側は、2つの新証拠を提出した。1つは、Nさんの遺体解剖時の写真を分析した救命救急医の鑑定書。確定判決は「タオルによる絞殺」と認定していたが、新証拠は「Nさんは自転車ごと側溝に転落した際、頸髄を損傷し、小腸が壊死した可能性が高い」とした。 もう1つは、Nさんを自宅まで運んだ住民2人の「Nさんは荷台から降ろされた時、1人で立った」などとした供述に関する心理学鑑定。鑑定は「2人の供述は相互に矛盾している」「体験していないことを話した兆候がある」などと指摘した。この2つの新証拠をもとに、弁護団は「自宅に運ばれた時には死亡していた可能性が高い」と主張した。

だが、鹿児島地裁(中田幹人裁判長)は22年6月22日、第4次再審請求を棄却する決定をした。決定は請求について、ゝ潴慎澣洌紊隆嫩蠅蓮⊆命燭ら得た限定的な情報に基づく推論で結論を導いている⊇嗣韻龍―劼楼貮瑤傍憶違いによる食い違いがあっても、核心部分の信用性は揺らがない――として「無罪を言い渡すべき明らかな証拠には当たらない」「確定判決の窒息死の認定に合理的疑いを生じさせるとは言えない」と結論づけた。

各紙報道によると、記者会見で弁護団は「結論ありきの決定であり、到底納得できない」と批判。森雅美弁護団長は「これまでの3回の請求よりも緻密な証拠を提出できたと自信があった。裁判所はそれを過小評価し、独断と偏見に満ちた決定を出した」と憤った。 「結論ありきの決定」とは、鹿児島地裁の裁判官たちが、地裁・高裁の再審開始決定を覆した19年の最高裁決定に縛られ、それに追従して、最高裁決定をなぞった強引な論法で請求棄却の「結論」を出したことを指している。

当日、木谷明・元東京高裁判事、井戸謙一元大阪高裁判事ら10人の元裁判官は、元裁判官としては極めて異例の決定批判声明を連名で発表した。

《今回の再審請求において弁護団から提出された新証拠は、被害者の死因に関する新たな有力な見方を示すなど、確定判決に合理的な疑いを惹起するに十分なものとみられていました。(中略)今回示された決定文からは、「誤って有罪判決を受けた者を苦しみから救済する」という裁判所の崇高な使命の自覚を読み取ることができず、先の最高裁決定を深く検討することなく無批判に追従したものと考えざるを得ません》
《刑事裁判の最大の役割は「無実の者を処罰しない」ことです。(中略)確定した裁判の権威を護るために、無理やり再審請求を棄却するようなことは、絶対に許されません》

●「風前の灯火」となった「白鳥・財田川決定」

1975年の「白鳥・財田川決定」は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審の判断にも適用されることを明言した。そのうえで、刑事訴訟法435条にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、一般の刑事裁判と同様にすでに提出されている旧証拠と新たに提出された新証拠を総合して判断すべきとも明言した。

これにより、「開かずの扉」と言われてきた再審の重い扉が次々とこじ開けられ、70〜80年代、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件と4件の死刑再審が実現し、4人が死刑台から生還した。

この「白鳥、財田川決定」が、今や風前の灯火となっている。先の最高裁決定も、今回の鹿児島地裁決定も、個々の新証拠についてあれこれとあげつらうばかりで、旧証拠との総合評価を全くしていない。過去3度の再審開始決定で採用された新証拠と今回提出された新証拠を確定判決の元となった旧証拠と照らし合わせ、それらを総合的に検討・判断すれば、確定判決の荒唐無稽さは明白であり、再審開始以外に結論はない。

それを「確定判決の窒息死の認定に合理的疑いを生じさせるとは言えない」などと請求棄却の常套句で事足れりとした裁判官たちは、まさに、「上ばかり見ていてヒラメになった」典型だ。先輩裁判官が出した過去の有罪判決に異を唱えてはならない。「被告人の利益」より、「自分たちの利益」優先。最高裁の顔色をうかがい、自分の将来に傷がつかないように屁理屈をこねる裁判官たち。だが、そんなまずいヒラメを養殖したのも最高裁決定だ。

●大崎事件再審をめぐる不可解な裁判官人事

大崎事件の裁判記録を見直すと、ある重大な疑惑に突き当たる。 袴田事件や狭山事件と同じように「大崎事件は絶対に再審を始めてはならない」という最高裁の権力意志が働いているのではないか――。

たとえば13年3月、大崎事件の第2次再審請求を棄却した鹿児島地裁の中牟田博昭裁判長をめぐる不可解な人事。彼はその11年前の02年11月、富山・氷見事件で無実のYさんに懲役3年の有罪判決を言い渡していた。Yさんはやむなく服役したが、出所後、真犯人が現われ、07年10月、再審で無罪になった。

この誤判で警察・検察の冤罪に加担した中牟田裁判長が、その後もしれっと裁判官を続け、なんと鹿児島地裁で再審請求審の裁判長になった。最高裁は、この恥知らずな裁判官を再審つぶしのエースとして抜擢したのだろうか。大崎事件で中牟田裁判長は、弁護側が求めていた証拠開示や法医学者などの鑑定人尋問など何もしないまま、請求を棄却した。

さらに、地裁と高裁が認めた再審決定を覆した2019年6月の最高裁決定をめぐるこれまた不可解な人事。この決定を出した最高裁第一小法廷の審理に関わった池上政幸裁判官は、第2次再審請求を棄却した15年2月の最高裁決定にも判事5人の一員として参加していた。そのどちらも5人一致の請求棄却決定だった。

だが、一度再審請求審に参加し、請求棄却決定に関わった裁判官が、同じ事件の審理に重複して関わってもよいのか。刑事訴訟法は、一般刑事事件で一審・二審の公判を担当した裁判官が上級審の審理に関わることを禁じている。審理に予断が働くのを防ぐためだ。

再審請求審は、再審法の未整備からこの規定の対象外とされてきた。だが、刑事訴訟法の「予断排除」の精神から考えると、再審請求審でも予断が働く可能性は否定できず、本来、同一事件の再審に関わるべきでない。

この池上裁判官は1977年に検事任官、法務省刑事課長、最高検公判部長、大阪高検検事長などを務めた後2014年に退官、最高裁判事になった。いわば、最高裁における検察の出城のような人物だ。裁判官の中でも刑事裁判に精通しており、審理への影響力は大きい。 そんな人物が、請求を棄却した第2次再審請求審に続き、第3次再審請求審にも関わって、白紙で審理に臨むことができただろうか。もし再審開始を決定するとすれば、4年前に自分が加わって出した請求棄却の結論を否定することになる。そんな「まっとうな判断」を避けるだろうことは容易に推察できる。それほど公正・中立からほど遠い裁判官人事だが、あえてそうしなければならない理由が最高裁にはあったのだろう。

●不当決定に鈍かったメディアの反応

この理不尽極まりない大崎事件の再審請求棄却決定に対し、当日が参院選の公示日だったこともあってか、メディアの反応は鈍かった。地元・九州地方ではテレビのニュース番組でもある程度報じられたようだが、首都圏のテレビではほとんど取り上げられず、新聞でも棄却決定の問題点を掘り下げた報道は少なかった。

記事の扱いと主な見出しは次のようなものだった(東京・多摩地域版)。
▼『朝日新聞』22日夕刊1面3段《大崎事件 再審認めず/鹿児島地裁 第4次請求を棄却》、23日朝刊社会面3段《大崎事件 再審認めず/鹿児島地裁 新たな証拠否定》
▼『東京新聞』22日夕刊1面3段《大崎事件再審認めず/95歳原口さん 4次請求/鹿児島地裁》、社会面2段《再審の扉また開かず/大崎事件 支援者「許し難い」》、23日朝刊社会面3段《大崎事件再審認めず/鹿児島地裁/原口さん4次請求/95歳、言葉発せず》
▼『毎日新聞』23日朝刊社会面3段《大崎事件 第4次請求棄却/鹿児島地裁/弁護側新証拠認めず/「ムチ打つような決定」》
▼『読売新聞』23日朝刊社会面3段《大崎事件 再審請求棄却/鹿児島地裁/新証拠認定せず》
判決要旨を載せたのは『毎日』だけだった。また、社説は『東京』が24日付で《大崎事件/再審認めず絶望が今も》の見出しで掲載した。

再審に関する報道は、「再審開始」の場合は1面・社会面トップで大きく報じられるが、「棄却」になると、扱いは格段に小さくなる。しかし、ジャーナリズムの本来の役割からすれば、「棄却」の時こそ、その問題点を掘り下げ、詳細に報じるべきではないか。 今回の報道では、『東京』の社説が《殺人事件かも疑わしいのに「再審の扉」さえ開かぬ判断は嘆かわしい》と述べ、棄却決定の問題点を次のようにきちんと指摘した。

《共犯とされた親族の「自白」は捜査側が描く筋書きの根幹だが、変遷があり、警察の取り調べに迎合した可能性がある。もっと新旧証拠を再検討すべきだった》
《原口さんを犯人とする直接証拠はなく「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則にも反する。「殺人」の認定にも科学的な疑義が生じている以上、もはや無実と判定すべきではないか》
《原口さんはすでに九十五歳という高齢であり、再審の扉を早く開く必要がある。検察はその場で反論してもよいはずだ。司法が再審をためらってはならない》

●検察の抗告禁止と証拠開示の義務化を―不可欠な再審法改正

アヤ子さんが再審請求に取り組み始めてからすでに27年たった。この間、3度の再審開始決定が出たが、そのつど上級審で覆され、今なお再審は実現していない。

どうしてこんなことになっているのか。その大きな理由の一つが、裁判官のヒラメ化とともに、「再審法」に重大な不備があることだ。

「再審法」とは刑事訴訟法の第4編「再審」を指す。刑訴法には500以上の条文があるが、再審に関する条文はわずか19しかなく、戦前からほとんど変わっていない。審理の手続きについては「事実の取り調べができる」とあるだけで、裁判官主導の「職権主義」が取られている。このため、裁判官の訴訟指揮次第で、証拠開示など審理に格差(再審格差)が生じている、と大崎事件弁護団の鴨志田祐美事務局長は指摘する。

現行の再審制度が抱える大きな問題点は、‐攀魍示が義務化されていない検察官の不服申し立て(抗告)が禁じられていない――の2点だ。

かつて布川事件や松橋事件では、警察や検察が隠していた証拠が裁判官の勧告で開示され、再審開始の決め手になった。しかし、証拠開示を勧告するかどうかは裁判官の「裁量」に委ねられており、それが裁判官による「再審格差」を招いてきた。一般刑事事件では裁判員制度の導入に伴って証拠開示が進んできたというが、もし再審法で証拠開示の義務化が制度化されれば、数多くの再審請求事件で「開かずの扉」が開くことになるだろう。

また、検察官の不服申し立て(抗告)が認められていることも、大崎事件が示すように再審実現の大きな壁になっている。苦労に苦労を重ねて再審開始決定を勝ち取っても、検察が抗告すれば、上級審で覆される。これまでどれほど多くの冤罪被害者が、それに悔し涙を飲んできたことか。戦前、日本の刑事訴訟法が影響を受けたドイツでは、1964年に再審開始決定に対する検察の抗告が禁止されている。

市民運動レベルでは2019年5月、「再審法改正をめざす市民の会」(共同代表・映画監督の周防正行さんら7人)が発足し、国会への働きかけなど精力的に活動している。また、日弁連も「再審法改正実現本部」の設置を今月16日付けで決めた。

メディアはもっと積極的に「再審法改正」の必要性を訴えてほしい。また、国会も「人権後進国」の汚名を返上するために本格的な議論を始めてほしい。

国会では1968年、「再審特例法案」が提案されたことがある(後に廃案に)。その審理で、当時の社会党・神近市子衆院議員はこう訴えたという。

《再審制度は本来無実を救う黄金の槍であるべきにもかかわらず、現実においいては雪冤を阻む鉄の扉と化しつつある、とさえ言われてきた》

それからすでに半世紀以上たった。再審制度を「鉄の扉」から「黄金の槍」へ。原口アヤ子さんをはじめ、全国の数多くの冤罪被害者が首を長くして、その時を待っている。

アヤ子さんと弁護団は27日、鹿児島地裁の決定に即時抗告した。闘いの舞台は福岡高裁宮崎支部に移る(了)

前編はこちら


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