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LNJ Logo 山口正紀のコラム : 大崎事件再審請求棄却、「疑わしきは裁判官の利益に」でいいのか
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●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第22回 紂2022/6/27 不定期コラム)

「疑わしきは裁判官の利益に」でいいのか――43年の無実の叫びを足蹴にし、再審の訴えを踏みにじった大崎事件再審のヒラメ裁判官たち

「疑わしきは被告人の利益に」――刑事裁判は検察側に立証責任があり、その立証にわずかでも疑わしい点・疑問点が残っていれば、被告人を有罪にしてはならない。無罪推定原則を裁判官の立場から述べた刑事裁判の鉄則だ。それが、今や「疑わしきは裁判官の利益に」に変質してしまった、と言わざるを得ない。鹿児島県大崎町で1979年に起きた「大崎事件」で鹿児島地裁(中田幹人裁判長)は6月22日、原口アヤ子さん(95歳)の4度目の再審請求を棄却した。この事件では過去3度再審開始決定が出ているが、そのたびに検察が抗告して上級審が再審開始決定を取り消し、第3次再審請求審では鹿児島地裁、福岡高裁が出した再審開始決定を2019年6月、最高裁が異例の「自判」で覆した。それに続く今回の第4次再審請求審。鹿児島地裁の「(上しか見ない)ヒラメ裁判官」たちは最高裁決定に追従、「被告人の利益」どころか、最初から「請求棄却ありき」の乱暴な認定で、43年に及ぶアヤ子さんの無実の叫びをまたしても裁判の門前で足蹴にした。*写真=TV報道より

●自白強要の取調べに屈せず、43年間無実の訴え

「事件」の概要は次のようなものだ(裁判記録、日本国民救援会などの資料による)。
1979年10月15日午後、大崎町の農業Nさん(42歳)の遺体が、自宅牛小屋の堆肥の中から腐乱状態で発見された。Nさんは3日前の12日、親族の結婚式に出席したが、その夜、自宅から約1キロ離れた農道わきの用水路に自転車ごと落ち、泥酔状態で倒れているのを通りがかった近隣住民に発見された。Nさんは軽トラックで自宅まで送り届けられたとされるが、その後、所在が分からなくなり、家族から捜索願が出されていた。

警察は「近親者による殺人・死体遺棄事件」の予断をもって捜査。遺体発見の3日後には同じ敷地内に住むNさんの長兄Zさん(52歳)と次兄Kさん(50歳)を殺人・死体遺棄容疑で逮捕。さらに27日、Kさんの長男Yさん(25歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。

警察はZさんの妻(その後、離婚)の原口アヤ子さん(当時52歳)を「主犯格」と見立て、「アヤ子を主犯とする保険金殺人」の事件像に沿って逮捕した3人に自白を強要。3人が「犯行」を自白すると、30日、アヤ子さんを殺人・死体遺棄容疑で逮捕した。3人には知的障害があり、警察の誘導や脅しに屈しやすい「供述弱者」だった。

警察・検察の描いた犯行ストーリーは、〈アヤ子が首謀し酒乱のNさんを殺害して保険金を騙し取ろうと謀議、アヤ子、Z、Kの3人でNさんをタオルで絞め殺し、アヤ子とYで牛小屋に死体を隠した〉というもの。3人はすぐに「犯行」を自白したが、アヤ子さんは最初から否認。アヤ子さんと3人は別々に起訴され、その後もアヤ子さんは全面否認を貫き通し、逮捕から43年間「あたいはやっちょらん」と無実を訴え続けてきた。

裁判は初公判からわずか3か月で結審、鹿児島地裁は80年3月、アヤ子さんに懲役10年、Zさんに懲役8年、Kさんに懲役7年、Yさんに懲役1年の有罪判決を言い渡した。3人はそのまま服役したが、アヤ子さんは控訴。その後、80年10月に福岡高裁宮崎支部が控訴棄却、81年1月には最高裁が上告を棄却して有罪が確定、アヤ子さんは佐賀県の鳥栖刑務所に収監された。

●「事故の可能性」認め、鹿児島地裁が再審開始決定、福岡高裁が取り消し

事件関係者の運命はその後、大きく転変する。87年1月に出所した次兄のKさんが3か月に自殺。アヤ子さんは無実を訴え続け、再審を目指して仮出獄を拒否し、90年7月、刑期満了で出所した。その直後に夫のZさんと協議離婚、Zさんは93年3月に病死した。

アヤ子さんは95年4月、鹿児島地裁に再審を請求した。再審請求審で弁護団は「首を絞めたとする確定判決の殺害方法を裏付ける痕跡はなく、死因として考えられるのは頸椎の損傷だけ」とする鑑定書を提出し、「事件当日、自転車ごと溝に転落して頸椎を損傷した事故死の可能性がある」と主張した。アヤ子さんに続き、Yさんも97年、鹿児島地裁に再審請求したが、2001年5月に自殺(後にZさんの母親が請求を引き継ぎ、再審請求)。これにより、アヤ子さん以外の事件関係者3人が全員亡くなった。

請求を受けて02年3月、鹿児島地裁は、〇人ではなく事故の可能性がある◆峩θ伴圈廚箸気譴殖何佑取調べで自白を強要されたその自白内容が客観的な事実や証拠と矛盾するうえ、「自白」以外に証拠がない――ことなどを理由に再審開始を決定した。

しかし、検察官が決定取り消しを求めて即時抗告、福岡高裁宮崎支部は04年12月、事実調べもせずに再審開始決定を取り消し、最高裁もアヤ子さんの特別抗告を棄却した。

アヤ子さんは2010年8月、鹿児島地裁に第2次再審請求を申し立てた。しかし13年3月、鹿児島地裁は弁護側が求めていた証拠開示や法医学者などの鑑定人尋問など、何もしないまま再審請求を棄却、高裁、最高裁もこれを支持し、2度目の再審請求を棄却した。

●再審史上初めての3度目の再審開始決定

それから2年後の15年7月、アヤ子さんは鹿児島地裁に3回目となる再審請求を申し立てた。この請求で、弁護団は2つの新証拠を提出した。1つは、有罪判決の根拠の1つとされてきたアヤ子さんの関与を示唆するKさんの妻Gさんの目撃供述について、「体験に基づかないことを話している可能性がある」とした心理鑑定。もう1つは、Nさんの遺体の状態から、「死因は絞殺ではなく、出血性ショック死を想定させる」とした法医学鑑定だ。

これを受けて鹿児島地裁(冨田敦裁判長)は17年6月28日、再審開始を決定した。決定は、弁護団が提出した法医学鑑定により、遺体に頚部圧迫による窒息死を示す所見がなく、「死因は窒息死」としていた確定判決の根拠が大きく揺らいだ、と認定した。

決定はまた、Gさんの供述心理鑑定で、「体験に基づかないことを話している可能性がある」と認めたうえ、新旧証拠を総合的に再評価した。

そうして、「共犯者」の自白について、3人に知的障害があり、捜査機関の暗示や誘導を受けて供述した可能性を否定できないこと、供述を裏付ける客観的証拠が存在しないことから「共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」として事件性すらない可能性にまで踏み込み、02年以来2度目の再審開始決定を行なった。

同じ事件で2度の再審開始決定が出たのは、死刑再審を認めた「免田事件」以来だ。

新聞各紙は決定を大きく報じた。6月29日付『朝日新聞』は社会面に《「ありがとう」90歳の涙/原口さん「やっちょらん」》という大きな記事を掲載。鹿児島総局デスク時代から大崎事件を追い続けてきた編集委員の大久保真紀記者は、原口さんの喜びの表情を伝え、《15日に90歳となった原口さんが、心から笑える日が訪れるかどうかは、検察の判断にかかっている》と書いた。30日付『毎日新聞』は《すみやかに名誉の回復を》と題した社説で、《検察は即時抗告せず、再審裁判に応ずるべきだ》と求めた。

この時、すでに「事件」発生から38年経っていた。検察は即時抗告でこれ以上裁判を引き延ばしたりせず、直ちに再審を開始すべきであった。だが、またしても検察は即時抗告した。脳梗塞と認知症を患っているアヤ子さんはそれを聞いて、「し・ぬ・ま・で・が・ん・ば・る」と、たどたどしく口にしたという。

検察は上級審に行けば、また決定を覆せると思っていたのかも知れない。だが、福岡高裁宮崎支部(根本渉裁判長)は18年3月12日、検察の即時抗告を棄却、3度目の再審開始決定を出した。日本の再審史上、3度の再審開始決定が出されたのは初めてのことだ。

検察はこれに対しても特別抗告で応じた。無罪判決に等しい再審開始決定が3度も出ているのに、それでもなお再審に応じない検察。少なくとも3度にわたり、計9人の裁判官が「疑わしきは被告人の利益に」として再審開始を決定したのに、それを認めようとしない。もはや、まともな司法感覚以前に人間として理解しがたい冷酷な対応だった。

●前代未聞!最高裁が自判による再審開始決定取り消し

それでも、アヤ子さんの無実を信じ、支援してきた関係者のだれもが「今度こそ」と思っていたはずだ。ところが2019年6月25日、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は「検察官の特別抗告には理由がない」としながら、「職権により、鹿児島地裁、福岡高裁の決定を取り消し、再審請求を棄却する」という前例のない決定を行なった。

そもそも最高裁は事実関係を調べるところではなく、抗告された下級審の決定・判決について、それが憲法違反に当たらないか、判例を違反していないか、を審理する場だ。

ところが、この再審請求審で小池裁判長率いる小池コートは、検察の特別抗告について「実質は単なる法令違反、事実関係の主張であって、刑事訴訟法の抗告理由に当たらない」との判断を示しながら、いきなり「職権を持って調査した」として地裁・高裁の決定を破棄し、自判した。

そのうえで、地裁と高裁が再審開始決定の決め手とした「死因は絞殺ではない」とする法医学鑑定結果について「遺体を直接見たわけではなく、過去に行なわれた鑑定や解剖の12枚の写真からしか情報を得られず、証明力には限界がある。確定した有罪判決を覆すには足りない」とし、この決定を「取り消さなければ、著しく正義に反する」とまで述べた。

最高裁も、事例によっては職権で事実関係の判断を行い、自判することがある。しかし、それが容認されるのは、最高裁として事実調べを行なったうえで、再審請求した人を救済する方向から、地裁・高裁決定を「取り消さなければ、著しく正義に反する」と判断した場合だ。それが「疑わしきは被告人の利益に」という姿勢だろう。だが、小池コートは、事実調べや弁論も開かず、問答無用とばかり、いきなり地裁・高裁の決定を破棄、差し戻しすら行わず、再審請求人の救済に逆行する方向で自判し、強引に請求を棄却した。

43年も前の事件について、「遺体を直接見たわけではなく」などというのは、ほとんど言いがかりのようなものではないか。もしその証明に限界があると判断したのなら、なぜ事実調べを行ない、鑑定人の証人調べも行なったうえで、きちんと弁論を開くべきではないか。また、「写真12枚からしか情報を得られず」というが、きちんと事実調べを行なえば、最高裁として検察に新たな証拠を開示させることもできたはずだ。

この事件では、検察は何度も「もう証拠はない」と言いながら、裁判所の命令で隠されていた証拠が大量に出てきた経緯がある。第2次再審請求では213点、第3次請求では「存在しない」と言ってきたネガフィルムが18本も出てきた。それが新たな鑑定や再審開始決定の判断材料ともなった。警察・検察のこうした証拠隠しや、それを容認した最高裁の姿勢は「著しく正義に反しない」のか。裁判官の正義とは一体何なのか。(以下、腓紡海


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