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「橋下徹」とは何か〜「教育日本一 子どもが笑う大阪」の正体

志水博子(元大阪教員)

●橋下劇場の開幕

 今からおよそ14年前の2007年12月、大阪府知事選への出馬を「2万パーセントない」とまで言い切っていた橋下徹氏は、その数日後には知事選出馬会見を行う。橋下劇場のはじまりである。有権者を欺いたともいえる立候補であったが、テレビタレント弁護士として圧倒的な知名度が功を奏してか、自民党大阪府連推薦・公明党大阪府本部支持を受け180万票余を獲得して知事の座に就く。報道各社の出口調査によると、無党派層の半数以上が橋下候補に投じたそうだ。たしかに、そこには既存の政党政治に飽きたらぬなんらかの期待が寄せられたことは間違いないかもしれない。しかし、その期待は何で、橋下氏はいったいそれに応えたのだろうか。

 選挙戦では華々しく「教育日本一 子どもが笑う大阪」を公約スローガンとして掲げ、氏は2008年2月大阪府知事の座に就いた。教育については多くの府民は満足はしていなかったろうから、ある意味それはみんなの願いであった。そのスローガンに応えるように、橋下知事が真っ先に手がけたのは「教育改革」だった。

 就任のその年、10月、11月と2回にわたって「教育を考える府民集会」(写真下)が開催された。私は、その会場で初めて“ナマ”の橋下氏を見た。集会自体は様々な意見が交わされ意義のあるものだったが、それよりも、私はそこで“テレビが生んだ”橋下知事の手法を目の当たりに見せつけられた思いがした。それはこんな場面だったーー会場からの多くのヤジが起こったことに対して、橋下氏は一喝し、こう述べた、「みなさん、見てくださいよ。これが大阪の教員なんです。こんな人たちに大阪の教育を任せられますか」と。会場からの声は教員ばかりではなかったろうが、一方的にそう決めつけた。驚くのはむしろその後であった。橋下氏は、まるでその後はもう自分の仕事は終わったとでもいうように発言らしい発言はほとんどせず、脱力状態でただ座っていたのである。

 そう、テレビをよく知っている彼は、マスメディアに「絵」を提供したわけである。そしてほとんどのテレビがそこを切り取って放映した。会場での様子を見ていた私には、まるでそれが最初からの狙いであるかのように見えた。つまり、橋下知事が最初に手がけたのは“市民VS教員”の構図を作ることだったわけだ。

 いったい何のためにあの集会は開催されたのか。残念ながらそこから対話は膨らまなかった。それどころか、市民と教員の対立はますます深まっていった。教育においては、子ども、保護者、市民、教員、行政はそれぞれ立場が違うだけに利害関係というと妙に聞こえるかもしれないが、それぞれの思いは異なる。だからこそ対話が必要なのだが、維新政治は、その対話を阻害することに専心した。教育は政治が決める、それゆえ対話は必要ないといわんばかりである。政治が決めたことに、教員も子どもも従えというのが維新の基本的スタンスだ。そして、それが学校や教員に不満を持つ市民の間ではそれなりに受け入れられていった。ある種の“期待”に応えたわけである。

 維新政治による大阪の教育破壊はさまざまであるが、私は一番の罪責は、人と人との信頼感を損なったことだと思っている。ちょうどその頃から、学校では、保護者との対話は少なくなっていく。そして現在、本気で保護者と対話しようとうする教員はひじょうに少なくなった気がする。問題が起こらないよう、親から苦情が出ないよう、それを一義的に考え行動する教員が増えていったのは、どうやら維新政治の教育への介入と同時期のことのように思える。いわば、子どもが教育の主体ではなく対象になってしまったのわけだ。もっと嫌な言い方をすれば、子どもは政治にとって“道具”になってしまったのかもしれない。そこにはすでに教育の理念はない。

●全国唯一の「君が代」条例

 2011年6月3日夜半、大阪府議会で全国初となる条例が成立した。「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」、いわゆる 「君が代」条例である。わずか4条からなるこの条例は、学校を含む大阪府の施設すべてにおいて毎日国旗を掲揚することと、大阪公立学校における儀式の際に教職員が国歌を起立して斉唱することを義務付けた。

 ちょうどこの日、出張を終えた私は府議会に駆けつけた。それより2か月前に行われた大阪府議会選挙で大阪維新の会は過半数を獲得していたので条例成立は目に見えていたが、自分の目で審議と採決を見定めたかったからだ。予想通り数名の議員が形通りの賛否の意見を述べた後、賛成59票、反対48票で条例はあっけなく成立した。驚くことに最後の採決の場面には橋下知事の姿はなかった。彼にしてみれば数の力で成立がわかっている場にこれ以上いる必要はないとでも判断したのだろうか。まるで猿芝居を見せられているような錯覚があった。

 1999年8月には「国旗国歌法」が成立していた。当時、この法律によって国歌斉唱を強制することはないと政府高官は繰り返し答弁していた。たしかに、「国旗国歌法」には尊重規定も罰則規定もなかった。しかし、この法律以降、明からに学校への強制の度合いは強くなっていった。ただ、それでも大阪府教育委員会は、卒業式や入学式における「君が代」斉唱は、“職務命令にはなじまない”、つまり強制はできないという姿勢を堅持していた。それを変えたのが橋下府政であった。

 橋下知事は、なぜ「日の丸」「君が代」にこだわったのだろうか。根っからの「愛国者」として国旗国歌を歌わせようとしたのだろうか。私はそうではないと思う。

 橋下知事就任2年後の2010年3月、「君が代」斉唱時に不起立というだけで大阪で初めて教員に懲戒処分が出た。維新政治の力がそれまでの教育行政のあり方を変えた第一歩だった。知事は、「府教委の毅然たる態度に感謝」と讃え、以降繰り返し 「君が代」を歌うのは公務員として当然のこと、ルールを守らせるのが組織マネジメント、従えないなら辞めてもらうとの発言を繰り返した。結果、「君が代」条例の制定に向かったわけである。

 橋下知事の狙いのひとつは、たしかに命令には絶対服従する教員を作る組織マネジメントのためであろう。だが、真の狙いは、その数か月後に明らかになる。「大阪都構想」を掲げて行われたダブル選を挟み、大阪維新の会は「教育基本条例案」を議会に上程する。それを知った多くの市民は危機感をもった。

 東京大学の高橋哲哉氏は、2011年9月24日大阪で行われた講演会で、“教育基本条例は教育破壊条例である”と喝破した。知事による教育現場の支配が目的であり、民主主義の名のもとで“独裁”を正当化し、教育基本法を改悪した勢力が目指す国家主義と競争原理の導入という二大目標を、知事による政治的支配を拠り所として、よりあからさまな形で実現しようとしていると警告を発した。

 そこにこそ橋下氏ら大阪維新の会の狙いがあったとみてよい。つまり、「君が代」を梃子にして、大阪に政治が主導するところの新自由主義的教育施策を導入することにあったわけだ。それは教育基本法を改悪し憲法改正を企む安倍勢力との連携にそのままつながっている。

 2006年、第一次安倍政権は、憲法「改正」のためには、彼らにとっては必須ともいえる教育基本法の改悪に“成功”する。日本会議のHPは、教育基本法「改正」についてこう紹介している。「平成18年12月、国民待望の中59年ぶりに教育基本法が全面改正されました。私共は、全国各地における大会や街頭キャンペーンの推進、365万人の国会請願署名や37都道県420市区町村での地方議会決議などを促進し、その実現を図ってまいりました。改正された教育基本法には、道徳心、公共心、愛国心など日本人の心を育む教育目標が掲げられ、これにより混乱を続けてきた戦後教育を改革する大きな手掛かりが作られました。」

 その2年後の2008年に橋下維新府政が誕生し、3年後に「君が代」条例を制定する。安倍自民勢力と橋下維新勢力は、ともに政治的「愛国」ツールとして「日の丸」「君が代」を利用し、政治による教育支配に向かったわけである。それを象徴的に物語っているのが2012年2月26日、大阪で行われた「教育再生民間タウンミーティングin大阪」であった。安倍晋三氏と、前年11月「大阪都構想」を掲げて行われたダブル選により大阪府知事となった松井一郎氏はそこで意気投合する。司会を務めたのは、主催者である日本教育再生機構の理事長八木秀次であった。私たちの間では2・26ショックと呼ばれている事件である。

 同年3月、大阪維新の会は、あまりの批判に少しは手直ししたものの本質は変わっていない教育基本条例案を3本に分け議会に提出、「教育基本行政条例」、「大阪府立学校条例」、「職員基本条例」が成立施行することとなった。ここに「君が代」不起立者を弾圧排除するとともに、政治が教育に介入し、公教育の民営化を目指す新自由主義的教育行政が全面展開されていくこととなった。(つづく)

*筆者プロフィール : 大阪生まれの大阪育ち、小学校から大学まで、すべて大阪の公立学校で学び、その後4つの府立高校に勤めました。「君が代」不起立により懲戒処分されたことをきっかけに、現在も大阪の公教育の行方を考え続けています。(FB自己紹介文より)


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