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 この寄稿は『アンジェラ・デイヴィスの教え』(河出書房新社)書評(第213回「週刊 本の発見」志真秀弘)をきっかけに書かれ、本文中の引用は全て同書による。アンジェラへの驚きと共感に満ちた文章をお読みいただきたい。筆者の笠啓一は1928年広島県生まれ、93歳。戦後早い時期から新日本文学会(1945−2005)の芸術運動に参加、主に演劇の分野で批評活動を展開した。著書に『歌が生まれる』、編訳書に『戯曲ガリレオ』がある。(編集部) *写真=若き日のアンジェラ・デイヴィス

アンジェラ・デイヴィスから学ぶ〜パンデミックは熟考の機会

     笠 啓一

 アンジェラは、「私たちは奴隷制についてもおそらく被害者と加害者という枠組みの中でしか語る方法を知らないので、その対立構造は深まる一方です」という。彼女は、「若いアクティヴィストたちは次第にこれらの物語の交差性(インターセクショナリティ)を認識し、それがどのように網の目のように関連し、重なり合っているかを学んでいる」(トルコでのスピーチ、2015年1月)と指摘する。そして「この人種差別的暴力をコンテクスト化する(文脈・背景・歴史の中に位置づける)ことを忘れてはならない」とつけくわえる。

 歴史の複雑な広がりと長いスパンを持つコンテクスト(文脈)の中で「事柄」を捉える、個人的でなく集団的に、単線的でなく複線的に、単発的でなく連続的に、直線的でなく弁証法的に、つまり彼女のいう交差性(70年代のフェ二ミズムに由来する)の観点を重視する。こうしたアンジェラの思想に私は共感を覚える。

 たとえば、現在の運動を60年安保の民衆的高揚以後の文脈の中で捉える、といった、あるいはそれを戦後の数々の労働運動、三井三池闘争や国鉄新潟闘争など労働運動の文脈の中で捉える、また原水爆反対闘争やさまざまな抗議活動の文脈の中で捉える、等々、アンジェラの事物の把握の方法についての提言は、検討に値する。

 また、アンジェラは人々の考え方について、批判的に考える。人々のその考えは、資本主義社会に特有の考え方ではないか、あるいは奴隷制社会から引き継がれて来た古い考え方ではないか、あるいはまた、新自由主義支配社会がもたらす個人主義的捉え方ではないか、等々。たとえば、キング牧師について。公民権運動は、彼一人の功績ではない、黒人女性の家政婦労働者の集団的バス乗車拒否行動からはじまった。成果を個人の働きと捉えようとする捉え方は、資本主義社会に固有の支配的なイデオロギー操作の表れであり、歴史的に見て正しいものかを検討すべきではないか。

 黒人史を見る場合にも、最初に障壁を打ち破る役割を果たした黒人個人のことをまず知ることは大切だが、黒人史を取り上げるのは、それがすべての人民の自由を達成し、拡大するための、何世紀にも渡る闘争の歴史の一部であるからだ。そして、黒人史を考察するための、より広範な枠組みについて考えるのに、「私の懸念はこの国の歴史と、我々の集団としての関係には深刻な亀裂があるということです」。「我々は1960年代に、本来なら1860年代に解決されているべきだった問題に直面しました。そして私がこのことを指摘するのは、2060年にはどうなっているのかを考えるからです」と。そして「もし奴隷制と闘っていた人たち」「が、自らの貢献についてそのような極めて狭い個人主義的な感覚を持っていたとしたら、今日の我々はどうなっていたでしょうか? だからこそ我々は、自らの寿命に囚われずに未来を想像する方法を学んでいかなければなりません」と、アンジェラは記す。まったく同感である。

 「私たちが1950年代と60年代の南部における闘争、特にモンゴメリー・バス・ボイコットについて考える時、‥‥この運動を起こしたのは1人や2人の個人ではなく、実のところ、大部分が女性で占められた集団的な背景があること、それが黒人女性、メイドや洗濯婦、料理人をしていた貧しい黒人女性たちであったことを忘れないで欲しい」。私はこのアンジェラの観点に注目する。そしてこれが、正当な歴史観の具体例であると私は考える。

 「我々が求めていたのは実質的自由です。無償の教育、無償の医療、妥当な価格の住宅これらの課題は19世紀の奴隷制廃止計画に含まれているべきだったことで、こうして21世紀になった今でも、私たちは妥当な価格の住宅や医療を手に入れたとは言えず、教育はすっかり商品化されています」。そしてここにあのBPP(ブラック・パンサー党)の「10項目綱領」が来る。現行の我々のさまざまな抵抗運動にも、むろん我が平和憲法にも通底する、まっとうな要求である。

 アンジェラはいう、ワシントンに新しく作られたキング博士の記念碑を見て、「ずいぶん長い道のりを来たと感じたのと同時に、我々は大きく後退しているとも感じました。この、進歩していながら同時に後退もしているという矛盾をどのように伝えればいいでしょうか?」どのように伝えるか、この問いの姿勢は、本書全編を貫いている。

 パンデミック猖獗(しょうけつ)のさなか2020年6月に開かれた、カリフォルニア大学デイヴィス校主催のパネル・ディスカッション「ラディカル・フェニミズムの未来の想像」において、公衆を前にアンジェラはこう語りかけていた、「グローバル資本主義の帰結として、このようなグローバル・パンデミックが起こり、そしてそのパンデミックが構造的人種差別を浮き彫りにし、人々に熟考の機会をもたらすことになろうとは、誰も想定していませんでした。しかし、もし我々が継続的な組織化と知的労働をしてこなければ、どのような世界がより望ましいかを考えてこなければ、この瞬間を変革の機会として生かすことはできなかったのです」と。コロナ・パンデミックを前にして私が漠然と感じていた不安や予感を、これほどまでに鮮やかに力強く言葉にしてくれる人物が存在しているということに、私は衝撃を受けた。たしかにコロナ・パンデミックは、日本社会の矛盾を一挙に根底的に明らかにしていた。あたかもそれは経済界における世界大恐慌と同様の、パニックの威力をあらわにして日本社会を大きく揺さぶっていた。だから、コロナ・パンデミックを単なる〈医療逼迫〉などと矮小化して、安倍・菅政権一個の政治的失敗として談ずるがごとき一部政権批判的メディアの見解に私は与することはできない。「コロナ・パンデミックはグローバル資本主義の帰結である」。それをこそいわなければいけない。そしてこのパニックは、アメリカでは「構造的人種差別を浮き彫り」にしたであろうが、我が日本社会においては、確かに「日本社会の構造的欠陥とその矛盾を浮き彫り」にしていたのである。そしてそのうえにもっと大切だったことは、コロナ・パンデミックは「人々に熟考の機会をもたらす」ことに、確かになっていたという事実である。 アンジェラは、率直に向かうべき未来についての展望を見せてくれていた。まさに熟考の「絶好のチャンス」である。我々はこの熟考の機会を生かさなければならない。「この瞬間を変革の機会として生か」して「どのような世界がより望ましいか」を、私たちは、人々に粘り強く、根気強く、繰り返し、語りかけねばならないと思う。

 以下熟考すべきと思われる問題について本書の中から拾い上げてみる。
60年代から現在までの社会抗議活動について。「我々が歴史と向き合い、歴史をどう生きているかをきちんと認識できていないという問題、つまり歴史とのトラブルは、現在の民衆行動が往々にしてメディア・プロセスを介すること、媒介プロセスによって過去にされていく様態にも表われています。このため、1年前に起こった「オキュパイ」運動でさえも、我々の歴史的記憶の中に押しやられてしまいます。」「成果と効果は同じではない。」これは、目に見えるものと見えないもの、あるいは形になったものと形にならなかったものとの違い、といってもいいだろう。成果はresult 効果はimpact である。たとえば、占拠(オキュパイ)したところからの撤退を〈成果〉がなかったと考えるか、あるいは〈国境を越えた連帯につながる〉と考えるか。「多くの人は、占拠地の野営が消え、目に見えるものがそこから何も生まれなかったから、成果がなかったと思い込んでいます。しかし、……我々はこれを今後の国境を越えた連帯を構築していく中で、真のインスピレーションとするべきです」。

 アンジェラは国際的な民衆的連帯運動の成果についてこう語っている。
「私がFBIの10大最重要指名手配犯リストに載っていたという事実よりも……はるかに重要なのは、誰もが不可能であると思っていたことを達成した大規模な国際的キャンペーンの方です。要するに、当時アメリカで最も強大な権力を持っていた者たちとの勝ち目がないとされていた対決に勝利したのです」、「私が人々に覚えておいてもらいたいのは、私の解放を求めるムーヴメントが勝利を収めたという事実です。」(トルコでのスピーチ、2015年1月)

 最後にもう一つ。2020年6月、チャンネル4のインタビューでアンジェラはこう語った。「この瞬間、現在の歴史的な巡り合わせは、これまで我が国で我々が経験したことのない変革の可能性をもたらしています。これを60年代の民衆蜂起と比較すべきかどうかは分かりませんが、そこからの歴史的な連続性があります」。

書評『アンジェラ・デイヴィスの教え』


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