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パレスチナから日本を撃つ〜「静かな怒り」岡真理さん講演会

    林田英明

 学生時代からパレスチナ問題に関わっている現代アラブ文学研究者、岡真理さん(57/写真)さんの語り口は、ソフトながらも静かな怒りに満ちている。日本から地理的には遠くとも、パレスチナは身近な存在だったと教えられる。5月27日、大阪市西淀川区民ホールで開かれた講演会「イスラエル『建国』70年の意味〜パレスチナから日本を撃つ」には280人が集まり、スライドや動画を交えて解説する岡さんの話に聴き入った。「5・27」実行委員会、コラボ玉造主催。

●70万人の難民が生まれた「大災厄」

 岡さんは東京外国語大学アラビア語科でアラビア語とアラブ文学を専攻。この日の集会でも名前を挙げたパレスチナ人作家のガッサーン・カナファーニーの作品に心を奪われ、パレスチナ問題を研究し続けて今に至る。

 在イスラエル米大使館がエルサレムに移転したのが5月14日。パレスチナのガザ地区でデモ隊とイスラエル軍が衝突しパレスチナ人が61人亡くなったニュースがまだホットな時だった。岡さんは、しかしガザの出来事を単なる「衝突」として見てはいけないと説く。「ナクバ」を理解せよと言うのだ。ナクバとは、1948年のイスラエル建国に伴って70万人ものパレスチナ難民が民族浄化された「大災厄」を指す。今年が、そのナクバから70年に当たる。ガザのデモはまずもって、パレスチナ人の故郷帰還の実現とガザの封鎖解除を訴えるためのもので、大使館移転反対は付随的な要求に過ぎなかった。さらに行進は3月30日に始まっており、5月14日までにすでに50人以上がイスラエル軍により殺されていた。

 岡さんは、事実の一部が全てであるかのように切り取られ、本質が矮小化される危険性を訴えて言う。「報道することが逆に真実を覆い隠してしまう。ナクバ70年の歴史的文脈を消去している」。そして「カバーリング・パレスチナ」という言葉を紹介した。「カバー」には、報道するという意味と覆い隠すという意味がある。本当に起きていることを知らせないような報道がなされていると警告するのだ。

 パレスチナ問題の原点に戻れば、第二次世界大戦後、ヨーロッパのユダヤ難民25万人の処遇に行き着く。国連のアドホック委員会では、パレスチナ分割は国連憲章違反だとされた。ホロコーストを生き延びたヨーロッパのユダヤ人のために、イギリスの委任統治領だったパレスチナを分割して、彼らの国を造ることで政治的な“解決”を図ろうとする無法。ナチスまで続く歴史的なユダヤ人への差別と迫害に頰かむりしたヨーロッパの独善のツケを、なぜ何の責任もないパレスチナ人が払わなければいけないのか、それは政治的不正だと委員会は結論した。しかし、国連は委員会の懸念を置き去りにした総会によってユダヤ国家建国を認め、大きな禍根を残す。ユダヤの民兵組織が「民族浄化」のために集団虐殺を重ねながらパレスチナ人を暴力的に追い出していくのだ。レバノンのパレスチナ難民はレバノンにいる限り、市民的権利は一切ない。タクシー運転手や季節労働者など限られた職にしかつけない。行政サービスからも排除されているため、水も電気も自力で調達しなければならない。岡さんは「パレスチナ人の70年の歴史は集団虐殺の歴史です」と振り返った。レバノンでは、墓も作れないほど犠牲者の追悼さえ難しかった。虐殺者は依然、政府の中枢におり、追悼は虐殺者を間接的に批判することになるから反逆行為と映ってしまうからだ。

●「世界最大の野外監獄」ガザの貧困

 2006年の評議会選挙で民主的に勝利を収めたハマスをイスラエルはテロ組織と見なし、テロ組織を自分たちの代表に選んだパレスチナ人に対する集団懲罰として、2007年からガザを封鎖し200万人を閉じ込めている。物資の出し入れも人間の出入りもできず、燃料も限られるため電気も1日4時間だけで工場の稼働もままならず製品もつくれない。仮につくれたとしてもガザの外に出すことができない。ガザの水道水は90%が飲料に不適切である。封鎖のため破壊された汚水処理施設を再建することができず、生活排水の全てが渓谷にそのまま流され、海と地下水を汚染するからである。構造的な貧困と病気は、だから人工的につくりだされたものだ。きょう生き延びるだけで精いっぱいの状態に落とし込み、何も考えられない状況を生み出す。「世界最大の野外監獄」といわれるのも分かるだろう。

 『イスラエルの民族浄化』などの著書があるイスラエルの歴史家、イラン・パペはこの状態を「漸進的ジェノサイド」と呼び、じわじわと大量虐殺されていると表現した。なるほど、ハマスなどガザの武装組織も反撃する。しかし、それとは比べものにならない武力でイスラエル軍は繰り返し攻撃する。2014年7〜8月のガザ侵攻ではTNT火薬に換算して推定20キロトンの爆弾をイスラエルは使用した。広島型原爆が18キロトンである。パレスチナ側の死者は2251人。一方、イスラエル側は73人。非対称の「51日間戦争」である。大規模軍事攻撃は数年おきに繰り返される。イスラエル軍はそれを「芝刈り」と呼ぶ。伸びた雑草を定期的に刈り取る意味で使っているのだろうが、抵抗の芽を早めにつぶして諦めさせようという意図がうかがえよう。また、開発した新型兵器の実験場、さらには世界市場に売り込むためのショーウンイドーとしての要素もある。「私たち人類が何百年という歳月をかけて積み重ねてきた一つの英知としての普遍的人権を一切考慮せず、踏みにじって行われるこうしたイスラエルの戦争犯罪が一度も国際社会で正当に裁かれたことはない」と岡さんは言う。

 パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区のヘブロンの町を、イスラエルの入植者たちが「ツアー」と称してマーケットをはやしたてながら歩く動画を岡さんは映し出した。「ここは俺たちの土地だ」とデモしながら意気揚々と進む神学生たちと、それをただ黙って見ているだけのパレスチナ人との対比が痛いほどだ。抗議すれば即逮捕されてしまう。東京・新大久保のコリアンタウンを「お散歩」と称しながら乱暴狼藉のヘイトデモを繰り広げた日本の姿が重なる。

 また、ヘブロンのメインストリートに面するパレスチナ人の玄関を外側から溶接して出入りできないようにされた動画も紹介した。近くにイスラエルの入植地ができたため、入植者が「安全」に道を歩けるようにとの理屈である。住民たちは引っ越しを余儀なくされ、かつてのメインストリートはゴーストタウンと化してしまった。

●「空間的扼殺」の深刻な悲劇に目を

 岡さんは「戦争さえなければいいのか」と問いかけて、ノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥングの「積極的平和」の概念をスライドに映し出した。貧困、抑圧、差別など構造的暴力のない状態のことだ。単に戦争のない状態は「消極的平和」と分類する。「どこかの国の血迷った首相が戦争のできる国になることを『積極的平和』と言っていますが……」と苦笑する岡さんは、ガルトゥングの言葉を正反対の意味に使う安倍晋三首相にあきれていたようだ。

 ユダヤ人にとってイスラエル建国の英雄にヨセフ・トランペルドールが挙げられる。尊厳を持って生きるのに国家が必要と考えるトランペルドールが、しかし今のイスラエルを見たらどう思うだろうかと岡さんは疑問を隠さない。ホロコーストを生き残ったユダヤ系米国人でガザ地区の研究を専門とするサラ・ロイ、あるいはパレスチナ人の社会学者、サリ・ハナフィの名を出しながら岡さんはガザの現実を突きつける。ことにハナフィが名付ける「スペィシオサイド(空間的扼殺)」が耳に残った。人間が人間らしく生きることを可能にするもろもろの条件が抹殺される悲劇の深刻さがジンワリ伝わる。「きょう生きるだけがやっとの状態。乳幼児の栄養失調は52%。住民の8割が援助を必要としている」。若者に未来がなく、薬物に染まり、鎮痛剤のトラマドール依存症も目立つという。「封鎖」という暴力が、広範囲に命、人生、社会をむしばんでいるというのに報道はほとんどされない。

 岡さんは歯がみしながら会場を見渡す。「ガザの封鎖が10年以上も続いているのは世界の恥。誇りを持って地球に生きることはできない」とまで言い切り、大量殺戮は報じても完全封鎖の意味を掘り下げないメディアに注文をつける。これは報道の落とし穴かもしれない。日本でも、一挙に5人、10人と亡くなる惨事は一時的に大きく扱っても、1人また1人と失われる命に対しては記事になりにくい。しかし岡さんは、現状の報道は結果として無知と無関心を人々に植えつけ、文化的暴力を是認することになると手厳しい評価を下す。

●歴史的鏡像の日本とイスラエル

 岡さんは京都大学大学院人間・環境学研究科教授として講義のコマを持つ。先日は大島渚監督のドキュメンタリー『忘れられた皇軍』(1963年)を学生に見せた。同じ兵士でも、軍人恩給や遺族年金を受ける日本人がいる一方、国籍を剝奪され一切の補償から排除される朝鮮人がいる。道義的責任を果たしていない国に誇りを持てるだろうかと問う岡さんは、日本の歴史的鏡像としてイスラエルを見ている。

 イスラエルとはどういう国家か。岡さんは「世界最強の軍隊で、世界最高のドローンテクノロジーを有し、世界最大の武器輸出国の一つ」と評する。アジアに対しての根源的事実、つまり侵略を否認し、今では居丈高な様相すら漂わせる国家の相貌は似てしまうのか。3年ぶりにイスラエルを訪問した安倍首相が安全保障を含めた協力関係をネタニヤフ首相と交わした首脳会談が開かれたのもこの5月。両国の得意とするサイバーセキュリティー分野の進展が中東和平に結びつくと信じる者は極めて少ないだろう。そのセキュリティーは「敵」を監視するために開発されている。すでに2014年に包括的パートナーシップ構築のための共同声明を発表し、宇宙開発はもちろん軍事を含むあらゆる交流を深めることで両国は一致している。抑圧によって「安全」を享受する姿勢なのだ。

 「日本人にとってパレスチナがもし遠いのだとしたら、朝鮮も福島もアイヌモシリも沖縄も遠いのだろう」と岡さんが突き放す物言いをするのは、現実にふたをする心の距離を指しているのだろう。旧満州(現中国東北部)に生まれ、李香蘭の中国名で名をはせた歌手で女優の山口淑子が戦後、テレビのワイドショー「3時のあなた」で「パレスチナは満州」と発言した意味を岡さんは考える。山口淑子には国家に翻弄される人間の悲劇が痛いほど分かっていた。そして、そうしたことに全く無自覚な人間があまりに多いことにも。「パレスチナは満州」を裏返せば「イスラエルは日本」である。

 命を顧みず非暴力直接行動で世界に訴えるパレスチナ人の「帰還の大行進」には深い歴史があったのだ。しかし5月15日がパレスチナ人の民族受難の記念日、ナクバだということを不覚にも私は初めて知った。「5・15」を、1972年に米軍統治下だった沖縄の施政権が日本に返還された日とだけしか理解していなかった。冒頭に紹介したカナファーニーは、そのペンの力を恐れたイスラエルの諜報機関によって1972年、36歳の若さで爆殺されたという。岡さんの怒りは、パレスチナで殺される人たちの絶望のうめきなのかもしれない。私には、まだその声が鮮明に聞こえていないことを恥じる。


Created by staff01. Last modified on 2018-06-24 23:16:44 Copyright: Default

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