本文の先頭へ
LNJ Logo たたかってよかった!〜キャノン偽装請負争議 勝利報告集会
Home 検索
 


正社員雇用を含む勝利解決を勝ち取った!
「2・3キャノン偽装請負争議 勝利報告集会」

2月3日(日)13時30分より、エデュカス東京において、「キャノン偽装請負争議 勝利和解報告集会」が開催されました。主催はキャノン非正規労働者組合とキャノン非正規労働者組合を支える会で、約160名の闘う仲間が結集し、皆で喜びを分かち合いました。

主なプログラムは次の通りです。ヽ会・司会挨拶、⇒萇舒Щ(けんり総行動実行委員会 佐々木全統一労働組合書記長・東京争議団 小関議長・全労連 根本副議長・大田区労協 堀内事務局長・大田労連 寺田事務局長)、9柔詩と映像「キャノン非正規労働者10年のあゆみ、人間らしい働き方を求めて」、な杆鄰鎚鷙(笹山尚人弁護士)、ゴデ奸↓参加争議団紹介、А崗〕和解」ケーキカット、組合・原告からのお礼、花束贈呈、閉会挨拶・団結がんばろう。

以下、キャノン非正規労働者組合の組合員、ならびに支える会からのお礼を一部紹介します。

*阿久津真一さん

私がキャノンで働き始めたのは2000年の9月でした。偽装請負に気づき、組合に加入し労働局に告発をしてから6年2ケ月、解雇されてから3年4ケ月、私たちにとっては長い闘いでした。また、上部団休を持たない小さな組合にとってキャノンは本当に大きな相手でした。しかし、非正規労働者が作った、そんな小さな組合でも、多くの労働者の皆さんと連帯し、あきらめずに闘った結果、キャノンの横暴をはね返すことができました。この勝利は、ご支援をいただいた全ての皆さんと共に勝ち取った勝利です。長い間のご支援、本当にありがとうございました。そして、私たちの解決の前にソニー労組の仲間の勝利があったように、今回の勝利解決を他の非正規争議のさらに高い水準の勝利につなげ、夢も希望も無い残酷な非正規労働を無くし、安心して働ける社会を作るために頑張りたいと思います。

*大野秀之さん

2006年10月17日、私はキャノンに対して手紙を出しました。「安心して働き、いい製品を作りたい、そのために正社員にして欲しい」、願いはたったこれだけでした。また、同じ苦しみを持つ仲間たちと連携し、想いを伝えるために国会にも行きました。しかし、キャノンはかたくなに門を閉ざしてしまいました。そして、休業か特別退職金という形で、仲間達と引き裂きかれた後の2009年6月にキャノンを提訴しました。この時すでに、生活を支えるために昼夜を問わず働く、そんな生活になっていました。それから3年、体調不良を軽く見てしまい、がんを患ってしまいましたが、二度の手術を重ね、抗癌剤治療をし、現在はほぼ完治と言える状態まで回復しました。病気が見つかったため、入社したばかりの運送会社を解雇されてしまったため現在は無職ですが、闘った日々に胸をはって未来に希望をもって生きていきたいと思います。

*Tさん

私は、2000年からキャノン宇都宮光機工場で9年ほど働いていました。正社員と同じ様に働いていた私達は、2006年に偽装請負内部告発をしました。その当時、私は正社員になるには、こうするしかないと思っていました。ところが告発後、職場の正社員からは口も聞いてもらえなくなり、プライベートの付き合いも無くなり、結果、正社員ではなく、期間社員雇用という悔しい思いをしました。正社員の登用試験も落ち、辞めていった仲間たちや、家族にも不安な思いをさせて、告発したのが本当に正しかったのか、何度も悩みました。この解決で私は正社員にはなれませんでしたが、最近の裁判の結果からしても、正社員2名を勝ち取った事と解決金には納得しています。そして何より、この闘いで一生の仲間という宝を得ることができました。これから闘おうと悩んでいる方には、決して一人ではない、共に闘ってくれる仲間がいるので勇気を出して頑張ってくださいと伝えたいと思います。最後に、今なら告発したのは正しかったと胸をはって言えます。

*Mさん

キャノンに解雇された後は、それぞれが違う仕事を生活の為にしながら組合活動を行ってきましたが、スケジュールが合わず活動に参加出来ない事も多かったです。そんななかでも出来るだけ組合参加し、職場に戻りたいと頑張ってきました。その甲斐があって、とうとう勝利和解にまでたどりつきました。和解協定書の調印の前には、キャノンからの謝罪は有りませんでしたが、代わりに、ねぎらいの言葉をいただきました。本当に本当に嬉しかったです。まだまだ解決してない争議もあるかと思いますが、私たちでもこれだけの解決ができたので、あきらめること無く、勇気を持って、頑張って欲しいと思います。最後に、毎回毎回、支援して頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

*Tさん

去年の年末、忘年会でCさんが「これ見ましたか?」といって小さな新聞の切抜きを差し出しました。その読売新聞の夕刊の切抜きには我々とキャノンの和解の記事が載っていました。自分は今でも年に数回、飲み会などで、キャノン時代の先輩方と集まり昔話に花を咲かせています。自分はあまり自らの事や考えを話すタイプではなく、飲み会のメンバーの中でも聞いてきた方にしか組合の活動や現状を話してきませんでした。Cさんはキャノン時代には組合と距離をとっているように見えました。そして、事情を知らない彼が発したのが最初に書いた一言です。自分は組合や組合員個人の事を悪く言われると覚悟しました。「5人って誰なんでしょうね?」「2人戻れるらしいですよ」「でも、良かったですね」。救われた気がしました。その切抜きは悪意や興味本位の悪戯な気持ちではなく・・・自分は嬉しかったです。無職期間もありましたし仕事は非正規でしか働けませんでした。でも無駄な経験は一つとしてありませんでした。つらい事もありましたし、年もとりましたが、それ以上に成長できた6年間だったと思います。何より、数多くの人とつながりが出来ました。

*山崎富美子(キャノン非正規労働者組合執行委員)

「キャノンの正社員になりたい」。私が某ユニオンで専従として働いていた時に、大野さんから電話相談を受けたのは、2006年9月の事でした。一人でも多くの仲間を集めて労働組合の結成を、とアドバイスしたところ、あっという間に25名の組合員が集まりました。しかし、会社側の不当労働行為工作によって、多くの仲間が組合を去りました。しかし、退職は出来ないと残った組合員が勝利和解した5人でした。それは、誇りを持って誠実に働いてきた時間をお金で帳消しには出来ないと言う、皆さんの強い意志を感じた瞬間でした。和解調書に調印する直前、労働委員会で「組合員の皆様に長い間、勤務をしていただいたことに感謝を致します。ありがとうございました。」とキャノンが述べた時、これで新しい道を歩んで行けるだろうと、しみじみ感じました。阿久津さん、支援の輪を広げたあなたの力、感服します。

*キャノン非正規労働者組合を支える会

キャノンの職場に組合の旗が残りました。「キャノングループでリストラが始まる。再雇用の人が不満を抱え総決起集会にも来られた。そういう人の受け皿になるようにがんばる」と阿久津団長が協定書調印後の報告で決意表明したように、残った組合員とともに新たな闘いが始まります。パナソニックPDP最高裁判決以降、「派遣法が守ろうとしている派遣労働者の利益は、不法行為上、法的保護に値する利益とまでは評価できない」(パナソニック・若狭事件)として派遣労働者の権利を否定し、違法行為があっても損害賠償さえ認めないという「判決」も出されています。こうした人間をもの扱いする司法の壁に大きな風穴を開ける和解となったことを、争議を闘う仲間たちと共有したいと思います。また、キャノンに「争議は無益」と言わせたことを、現在の大リストラと闘う仲間たちとの今後の闘いにつなげていきたいと思います。今後もキャノン非正規労働者組合とともに歩んでいきたいと思います。

以上、皆さま長い間、お疲れ様でした。キャノン争議勝利解決バンザイ!

報告:佐藤和之(各専労協)


Created by staff01. Last modified on 2013-02-06 11:44:47 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について