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第3話 いよいよ教壇に立つの巻 新戸育郎

 (2008年3月30日掲載・連載の一覧はこちらへ。毎日曜更新)

  

《いよいよ初授業の荒波に》

 にわか先生2日目。きのうとはまた違い、同じ金福学園ではあるが塚崎校というところ。

 小学校4年生のCクラス。時間帯が中学生よりは少し早くて、4時台から小4相手に2時間の授業である。果してもつのかどうか。しかもクラスがCということは、概して集中力に欠けたり、人の話を聞かなかったりする子が多い。どうなることやら。

 専任の国語の教官と打ち合せをして、今までの授業の進め方、時間配分などを教えてもらう。さて、教室に入る。生徒数は15名。この学校にしては少ない方である。自己紹介をするからといって、黒板に名前を書く。それだけで、色々な読み方が飛び交ってわーわーという騒ぎになる。授業の方は主に2つの柱、漢字の練習と文章の読解。漢字は毎回テストをやることになっているので、今回は次週のテスト範囲の説明だけ。熟語の意味や間違いやすい漢字との違いを説明する。

 読解はテキストを使って、「チンパンジーと道具」という、子どもたちが割に興味を持ちそうな文章。最初に段落ごとに順番に読ませて、意味を追っかけていき、練習問題を解かせてみる。その回答を聞き、説明を加えていくと大体1時間は経過する。ただ、テキスト通りだと飽きてくるので、途中でチンパンジーが食べるというシロアリの巣(蟻塚)の絵を描いてみたり、「しなう」という言葉が出てくると剣道で使うだろ、といいながら竹刀の絵を描いて、しなうとはこういう意味なんだよと説明を加えたり、色々とサービスをしなければならない。それでも最後の10分くらいになるとどうしても落ち着きがなくなってくる。何とか2時間もたせると、ホッ、である。

 しかしこのクラスはざわついているけれども言われたことは1応やるし、初対面からすでに先生は友達という感じ。休憩時間につかつかと前へやってきて、「先生、きょうお昼に魚食べたんだけどさ、喉に骨が引っかかっちゃってまだ痛いんだよ」などと何の脈略もなしに突然お話を始める子もいる。楽しいクラスではある。

 3日目。同じ塚崎校の中2Aの国語。最初、いちばん気になっていたのがこのクラス。やはり漢字練習から始まるが、文法、読解がある。

 文法は私が全然知らなかった付属語というやつで、助動詞。せる・させる、れる・られる、ない、ます、だ、たい、らしい、ようだ、そうだ、う、よう、まい‥‥等々を何形活用だの、接続がどうのと、すべて説明しなければならない(皆さんわかりますか?)。仕方がないから自腹を切って参考書を買い、勉強におよんだ。

 まあ、昔習ったことではあるから読んでいけばわかることはわかる。しかしそれをどうわかりやすく説明するかだ。初回はとりあえず助動詞にはこんな種類があり、文意を決定づける大事な働きがあるんだよという程度に留めた(早くいえばごまかした)。生徒たちに強調したのは、文法が先にあって言葉ができたのではない。生き生きとした言葉を解析したら法則性がわかってきたのだ。だからむやみに暗記するのではなく、わからなければ普段自分たちが使っている言葉に戻って、直感で考えてみること。とは言ったのだが、果してわかってくれたか。ま、わからないだろな。

 そして読解は古文である。古文が出てくるところで、恐らく国語に対する好ききらいが分かれる。私は幸い文語体が大好きで、知らぬ間に有名な古典を暗記したりしている。だから授業でのポイントは古文のリズムや口調を面白いなと思ってもらうこと。そこで第1回目はテキストに入る前に、生徒たちの前で2、3の例、徒然草や平家物語の1節を暗唱してみせて、反応をうかがった。

 Aクラス、すなわち優等生たちである。マジメそのもの。表情を変えない。今までのクラスと違ってシーンとしている。こういうのもやりにくい。冗談をいってもごく1部の生徒がクスッと笑うだけ。やはり冷汗が出る。しかしまあ、静かだからこちらがやりたい内容はちゃんと予定通り消化はできる。1回目だからいいとしよう。講師に慣れてくれば徐々に活気づいてくるだろう‥‥と、秋雨の中をとぼとぼと帰る。

《初めての英語授業》

 4日目は金ヶ沢校で、初めての英語の授業。中学時代から英語の完全落ちこぼれであった私が英語を教えるなどとはおこがましい限りだが、社会人になってからGDM(注)という方法で英語を習い、ようやく英語に開眼した私としては、中1なら教えられるのではないか、という程度の自信だけはあった。

 しかしこの予備校で使っている教科書を見て、実に暗澹たる思いを抱く。なぜって、英語を効率よく学習するための配慮なんてものがかけらも見られないからだ。これだからオレは中学校で英語ぎらいになってしまったんだよ‥‥と、自分の過去をまた弁護する。  教科書は中学校で使っているものと同様、きわめて形式的な文法的分類にしたがって、ただただ棚に荷物を置くように並べてあるだけだ。いわく、be動詞、一般動詞、人称代名詞、冠詞、‥‥云々。

 なぜ一般動詞と区別してbe動詞を先に教えなければならないのか、なぜ取ってつけたように冠詞だけ独立して扱わなければならないのか、なぜ三人称単数現在などと文法的規則から覚えさせようとするのか、なぜ過去はあとから学ばなければならないのか(現在形という、日常的にはいちばん使うことが少ない時制をまず学ばせることの意味は?)等々、とにかく疑問だらけ。

 しかしそうはいっても、カリキュラムは「本日は命令形」となっている。無視するわけには行かない。ともかく教え始める。

 教科書にはどう書いてあるか。You come here.を命令形に直すには、You をとって、動詞の原型を頭に出す。丁寧な命令形の場合には please を文の最初か最後につける。最後につけるときには please の前にコンマをつける。だとさ。なんという規則中心主義の教え方だろうか。

 「だけどさあ」と私は生徒たちに言う。「please さえ付ければていねいになると思うか? たとえば‥‥」と乱暴な口調で please をつけた言い方と、やさしい感じで please なしの命令文を実演してみる。「そうだろ? だから please さえつければていねいになるとは限らないんだよ」とはいうものの、教科書に「〜してください」とあれば please を付けるのが「正解」となっているのをどう考えるか。空しい抵抗だろうか。  慣れない教壇に立てば立つほど、「教育」のでたらめさがあらわになってくるようで、先行きどうも怪しい予感がする‥‥。

  (注)GDM
 GDM (Graded Direct Method) の略で、段階的直接法と訳される。総語彙数わずか850語の BASIC English を用い、非常に厳密に順序立てられた教材をとおして行われる、内発的動機付けを重視した外国語教授法。
 教育には縁遠かった私だが、実はこの GDM だけは教授法の勉強をしたことがある(ただし挫折して今日に至る)。
 私自身が、この方法で英語を教わって初めて英語を理解できたという経験を持っているので、本当に英語を身につけたかったらこの方法しかないと断言して憚らない。
 一部の熱心な教師は、中学校のカリキュラムに従う限りできるはずのないこの GDM の授業を、血のにじむ努力で自分の裁量を広げ、通常授業の中に組み込んでいる。公開授業は何度も見たことがあるが、退屈な通常授業とひと味もふた味も違う GDM の授業に、生徒たちは瞳を輝かせているのが印象的だ。
(GDM英語教授法研究会西日本支部 http://www.gdm-japan.net/


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