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●映画「再生の朝に」
経済成長の歪み映す中国映画 狄邑↓瓩紡个垢觝枷輯韻料択

 長い間中国映画を見ていると、その社会のめまぐるしい変動に驚かされる。文化大革命時代を描いた謝晋監督の「芙蓉鎮」(1987年)に登場した、あばら屋にボロ服のランプ生活には「えっ、これが社会主義」と愕然としたことがある。それが改革開放政策で急激な経済発展を遂げた結果、社会に生じた歪みの狭間で右往左往する人々の姿も描かれるようになった。

 歪みの一つに、常に非難の対象になる人権問題が挙げられる。だが、時々の中国映画からは、遅ればせながら一歩ずつ問題を解決しようという姿勢も垣間見える。

 その典型に範元監督の「正義の行方」(94年)がある。村の共産党書記であり村長でもある老人は、文革時代から「国家の法も村の掟も同じ」と信じ、村のために無私の精神で活動する。村中の敬意を集めてきた彼の「正義」に従わない村民は、見せしめのために村中を引き回されたりしたが、そのやり方が改革後の新法に触れるとして老人は逮捕される。村全体にとって、社会の改革は寝耳に水だった。

 公開中の劉杰監督の「再生の朝に─ある裁判官の選択─」は、副題が示すように、変転する社会の中での法のあり方が問われている。

 時代は97年の地方都市。主人公の中年裁判官は、一人娘が盗難車に引き逃げされて落ち込んでいる時、車2台を盗んだ青年の裁判を受け持つ。経済成長に伴って横行する犯罪を撲滅するため、窃盗罪でも死刑に処していた時代。ところが車の貨幣価値が下がって死刑に値しなくなったため、法律が改正されようとしていた。他方で、市場経済の恩恵に浴する社長は腎臓を患っており、「青年が死刑になれば腎臓が手に入る」と考えて裁判所に手を回す─。

 映画はこうした社会の裏面に切り込みつつ、主人公の裁判官がどんな「選択」をするかに焦点をあてている。河原の処刑場のシーンが印象に残る。(木下昌明/「サンデー毎日」2011年3月20日号)

*映画「再生の朝に」は銀座シネパトスほかで公開中(C)2009 3C FILMS CO.,LTD All Rights Reserved


Created bystaff01. Created on 2011-03-31 23:10:31 / Last modified on 2011-03-31 23:12:00 Copyright: Default

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