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  第11回・2010年7月27日掲載  

「カネと権力」

 前々回の「笑えない政治家の笑える話」で、フランスの国営ラジオ放送局のユモリスト(ユーモア俳優、諷刺家)、ステファン・ギヨンのギャグに対して、大臣がいちゃもんをつけた話をした。6月23日、そのギヨンと、同じくフランス・アンテール局で時評とギャグ番組を受け持っていたもうひとりの諷刺家が突然、解雇された。表向きには「国営放送にあるまじき度を超した下劣なギャグ」という理由だが、そんな理由で解雇された諷刺家はこれまで例がないし、訴訟を起こされるような差別発言や誹謗中傷をしたわけではない。仮にそんなことが起きたとしても、解雇するには本人にまず戒告するなど手続きを踏むべきなのに、何の予告もなしにラジオ・フランス社の社長決定で解雇になったため、これは政治的な措置だと見られている。ラジオ・フランス社の組合、社員、そして聴取者はただちに、政府による国営テレビ・ラジオの掌握を批判し、「国営ラジオの独立のために」という署名運動を始めた(7月26日現在83000人以上が署名)。

 前のコラムでも書いたように、サルコジ大統領は昨年、国営のテレビとラジオ放送の責任者を大統領が直接に選択・罷免できるように法律を変えさせ、現在のラジオ・フランス社の社長とフランス・アンテール局の局長は彼が選んだ(後者は大統領夫人と仲がいいそうだ)。多くの市民は、この法律が報道の自由を妨げると反対し、懸念していた。ふたりの諷刺家の解雇について、社長と局長は「誰の命令も受けていない」と弁明したが、まともな理由なしに、政府やサルコジを痛烈に批判していた人物を解雇したのだ(彼らの番組の聴取率は高く、人気があった)。命令ではなく社長・局長自らの意志で検閲したのなら、それもまた憂慮すべき事態である。

 前々回、政治風刺がテレビやラジオから消えるときは、この国の民主主義に危機が訪れると書いたが、サルコジ政権がいかに民主主義から逸脱しつつあるかを示す事件が、6月の中旬からフランスのメディアで報道されている。ロレアル社創業者の娘、フランス第3の富豪であるリリアンヌ・ベタンクール夫人の脱税疑惑や政治家との結びつきを示す録音テープの内容を、インターネット新聞のMediapart(メディアパルト)が報道したのがきっかけだ。

 この録音テープは、ベタンクール夫人(87歳)がお気に入りの写真家に財産をとられていると、その写真家を訴えた夫人の娘フランソワーズが、警察の財政班に提出したものだ。今年の5月に辞職したベタンクール家の執事が、夫人が写真家や資産管理人に操られていることを証明するために、昨年5月から1年間にわたって秘密裏に録音した。このテープの内容を知ったメディアパルトの記者ふたりは、その中に国家と民主主義に関わる重大な情報が含まれているのを発見し、公共の利益のために、その部分にかぎってネット新聞上ですっぱぬいた。次の内容である(同時に週刊誌ル・ポワンも、同じ録音テープにもとづいた記事を発表した)。

1)ベタンクール夫人の資産管理人ド・メストル氏は、夫人のスイスの銀行口座について、それらを2009年12月末までに香港やウルグアイなど、他のタックス・ヘイヴン(租税回避地)に移さなくてはと言っている(脱税疑惑。この会話の当時、フランスの予算大臣エリック・ヴルトは、スイスに銀行口座をもつ脱税者のリストを手に入れた、といきまいていた)。夫人が写真家バニエ氏にプレゼントしたセーシェルのアロス島が、リヒテンシュタイン(タックス・ヘイヴン)の財団のものであることにも言及。

2)ド・メストル氏が責任者を務めるベタンクール夫人の資産管理持株会社クリメーヌに、当時予算大臣だったエリック・ヴルト(現労働大臣)の妻、フローランスを2007年から雇用したこと。ド・メストル氏は「友人のヴルト大臣に頼まれ、彼を喜ばせるために」と説明。しかし、今年の4月に「大臣の妻を雇ったのは間違いだった。危険すぎる。お金をあげてやめてもらおう」と言う。

3)ヴルト大臣は2003年から与党UMPの財務責任者も務めている。ド・メストル氏はヴルト大臣、ペクレス高等教育・研究大臣、そしてサルコジあてに、選挙のための政治献金(合法最高額の7500ユーロ)の小切手にサインしてくれと、ベタンクール夫人に頼む。「安い額です、たくさん友人が必要ですから」と説明。

4)ベタンクール夫人の娘フランソワーズの写真家バニエ氏に対する告訴について、ド・メストル氏は2009年7月21日、「サルコジ大統領の法律顧問から、担当のクロワ検事が9月3日に不起訴処分にするという情報をもらった」と言う。(実際、9月3日に不起訴処分になったが、同じ裁判所の判事長は訴訟を決定、この7月1日から始まる予定だった。)

 他の新聞やニュースサイトもこのスクープをとりあげたため、ヴルト大臣はただちに「事実無根だ。自分はド・メストル氏を知らないし、妻の仕事と自分の職務は何の利害関係もない」と弁明した。だが、ヴルト夫人はまもなくベタンクール夫人の資産管理会社クリメーヌを辞職すると公表。大臣と政党の財務責任者を兼任する者の家族が大富豪の資産管理をするのは、民主主義国家の常識ではないことを暗に認めた。また、ベタンクール夫人はスイスの口座にある資産をフランスに戻すと発表し、録音テープに収められた脱税疑惑が事実であったことがわかった。

 フィヨン首相をはじめ、政府要人はヴルト大臣が潔白だと表明したが、7月初旬、ベタンクール夫人の元会計係で、夫妻(夫のベタンクール氏は2007年11月に死亡)に現金を渡す役にあった女性が、ベタンクール夫人が与党UMPや複数の政治家に不正政治献金をしていた疑いを警察に話した。メディアパルトはこの女性のインタビューをネット上で流し、とりわけド・メストル氏とヴルト大臣を通して、ベタンクール夫人がサルコジの大統領選の不正選挙資金15万ユーロ(現在のレートで約1700万円、当時のレートではそれ以上)を与えた疑いを報じた。他の新聞・雑誌も、ヴルト大臣夫妻やUMPの政治献金についての疑惑をつぎつぎとスクープした。

 つまり、メディアによる録音テープの公表を発端に、ベタンクール家の家族内のもめごとが国家事件に発展したわけで、この夏から秋にかけて年金改革を強行しようとするヴルト労働大臣のみならず、大統領以下政府の基盤を揺るがすスキャンダルとなった。サルコジ政権はすぐに逆襲に出たが、そのやり方にはこの政権の反民主主義的体質があらわされている。

 まず、反ユダヤ主義を煽った1930年代の新聞にメディアパルトをなぞらえ、「ファシズム的方法」と誹謗したことだ。メディアパルトは元ル・モンド紙の編集長エドウィー・プレネルを中心に、主に日刊紙やニュース雑誌出身のジャーナリストたちが始めたインターネット新聞だ。有料日刊紙がつぎつぎと経営危機に陥る中、広告主・株主から真に独立した良質なジャーナリズムは、有料購読制のネット新聞によってしか実現できないという認識にもとづいている(購読料は月に9ユーロ、約1000円)。2008年3月の発足以来、銀行のスキャンダルと経済界・政界の癒着を暴いた記事など、独自の調査にもとづく報道は既に評価され、6月初めにはフランスの「最優秀ニュースサイト」賞を受けたほどだ。したがってメディアパルトは、「ファシズム的方法」などと嘘偽りも甚だしい言葉を発した与党UMPの書記長ベルトランを名誉毀損で訴えた。

 ちなみに、ベタンクール夫人とド・メストル氏は「プライバシーの侵害」でメディアパルトを訴えたが、法廷はメディアパルトの報道内容は「公衆に向けた正当な情報である」と判断し、訴えを退けた(控訴院が7月23日に第一審の判決を確認)。この判決は、メディアパルトの報道を「サイトのでたらめな噂」と吹聴した政府要人の発言を反駁している。

 しかし、問題は、この一連の事件の調査を、録音テープの会話に出てくるクロワ検事(サルコジ大統領と仲がいいと伝えられている)が担当していることだ。検察は法務省に従属するから独立の立場ではない上、事件資料に名前の出てくる人物が調査の責任者を務めるはおかしい。本来なら、行政から独立した予審判事が任命されるべきなのに、クロワ検事が四つの「準備調査」を受け持ち、司法警察に関係者の事情聴取を命じている。したがって、聴取される人々は弁護士の立ち会いを許されず、弁護士には何の資料も渡されないまま、警察と法務省が全資料を独占している状況がつづいているのだ。一方、ベタンクール夫人の娘が起こした訴訟の担当裁判長は、新たに録音テープが資料として提出されたため、7月1日に開廷した裁判を延期し、「補足調査」を始めた(つまり、同じ関係者の事情聴取をする)。この裁判長とクロワ検事は犬猿の仲だと言われているのだから、なんとも混乱した状況だ。当然、司法界や政治家などから、この異常な捜査体制を批判する声が上がった。司法の独立を求める署名運動は7月14日に始まり、7月26日現在、34000人を超える署名が集まっている。

 すでに1か月以上つづく「事件」の報道は、一般市民にとっては抽象的な概念だった「カネと権力の癒着」の実態を、断片的にだが具体的に示したように感じる。推定資産145億ユーロを有するベタンクール夫人は、この10年間に4億ユーロ弱の税金を払ったと発表した。サルコジ政権が2007年に定めた減税法により、フランス国家はベタンクール夫人に3年間で1億ユーロを返済したことや、1995年から現在まで一度も税務署の監査を受けていないことも報道された。ある経済学者の計算によれば、ベタンクール夫人のような大富豪は、現在の税制度では(巧みな財政管理によって)収入の1%以下しか課税されないという。経済危機によってますます生活が苦しくなり、「国家予算のひきしめ」、つまり福祉の削減を強いられている庶民にとって、目眩を覚えるような富裕階級に対する優遇である。

 一般市民がショックを受けたのはまた、ベタンクール夫人の元会計士の証言だ。彼女は夫人のために、しばしば5万ユーロ(約565万円)の現金を銀行から出していた。ベタンクール家ではときおり現金の入った封筒が用意され、それらはおそらく政治家に渡されたのだろうという。クレジットカードが発達する以前からフランスでは、ある程度以上の支払いは小切手で行うのが常識・慣習であり、現金での多額の支払いは禁止されている。庶民が日頃持ち歩く金額は100ユーロ以下で、500ユーロ札どころか200ユーロ札や100ユーロ札も、日常生活ではほとんど目にしない。5万ユーロは500ユーロ札が100枚! 庶民の想像を絶する富豪の生活のひとこまである。ちなみに、フランスの最低賃金の手取りは月額で1056ユーロだ。

 メディアパルトの責任者のエドウィー・プレネルは1985年の夏、「レインボー・ウォーリア号事件」の調査報道(ル・モンド紙)で注目され、この事件は当時の防衛大臣を辞職に追い込んだ。ジャーナリスト25人、資本金400万ユーロ弱の小さなインターネット新聞メディアパルトが、今回、政界と財界、司法と行政の癒着を摘発した功績は大きいと思う。英米やドイツのメディアもこの報道に注目し、ニューヨーク・タイムズの記者は「サルコゲート」と呼んでいる。

 サルコジ大統領は7月12日の夜、国営テレビのインタビューでヴルト大臣は公明正大だと述べ、不正政治献金をはじめ、非はいっさい認めない姿勢だ。ヴァカンスシーズンがこのスキャンダルの火を消してくれると、期待しているのだろう。民主主義を守る反権力の役割を担いつづけられるかどうか、この夏、フランスのジャーナリズムの抵抗力が問われている。

  2010.7.26  飛幡祐規(たかはたゆうき)


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