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韓国:ポピュリズム | ||||||
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ポピュリズム[ワーカーズ]事典
チェ・ヒョジョン(政治学者、慶煕大学校フマニタスカレッジ解雇講師) 2019.04.26 10:32
[出処:US "Judge" magazine、1896.https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3225895] 英語の「ピープル(people)」、イタリア語の「ポポロ(popolo)」、フランス語の「プープル(peuple)」、スペイン語の「プエブロ(pueblo)」は、 どれも人民、民衆、大衆、民族、国民を意味するラテン語「ポプルス(populus)」に由来する。 ポピュリズムは人民主義、民衆主義と翻訳されるが、 ポピュリズムの人民、民衆はあまり良い意味ではない。 ポピュリズムの中の人民の概念は、 民主主義の主体、草の根民衆、主権の持ち主である人民の概念より、 愚昧な百姓という意味としての愚民、烏合の衆、群れ、輩、暴徒といった否定的な意味が強い。 人民主義の歴史的起源は19世紀後半のロシアのナロードニキ運動や米国の人民党に遡るが、 現代用語の「ポピュリズム」という言葉にはそのような痕跡はほとんど残っていない。 韓国でも70〜80年代にはポピュリズムを衆愚政治、扇動政治、大衆迎合主義などと翻訳したが、 今はそのまま「ポピュリズム」と書く。 こうしたイメージが刻印されたポピュリズムは、堕落した民主主義の表象でもある。 そのためこのポピュリズムという概念は事実、 人民の立場としてはかなり侮辱的な言葉だ。 普通、中南米地域ではポピュリズムが「進歩」や「草の根」と連結したりもする。 下からの抵抗運動の形で始まった場合が多く、左派的指向も明確だったためだ。 しかしヨーロッパにおけるポピュリズムは否定的な意味として認識されてきたし、 無責任な政策の乱発や得票、人気を目的とする迎合政治として、 民衆扇動(demagogos)とポピュリズムを区別なく同意語として使う時が多い。 ポピュリスト政党としてまず出現したのが極右勢力である上にファシズムの記憶のため、 左派と中道派はこの言葉をさらに軽蔑的な意味で使った。 ポピュリズムの歴史韓国におけるポピュリズムの概念は米国を通じて輸入され、 初めからとても否定的な意味で使われた。 私たちがポピュリズムという単語を一番よく聞いたのは、 主にラテンアメリカの政治についてだっただろう。 ベネズエラとウゴ・チャベスの例で見るように、 最近もポピュリズムはラテンアメリカ政治史の代名詞だった。 ラテンアメリカの民衆解放運動とその政治指導者にとっては、 しばしばポピュリズムとポピュリストというレッテルが張られた。 冷戦期の「政治発展論」や「近代化論」のような政治理論は、 広範囲な大衆運動の中で表出される反帝国主義・反資本主義運動の性格を隠し、 ポピュリズムという用語を通じてそれを政治後進性の標識にした。 政治発展論はポピュリズムが経済的・政治的に未発展状態の国家に現れる後進的な現象だと説明した。 発展国家の先進政治モデルは安定した政党制と議会政治がうまく作動し、 成熟した市民社会が討論と合意を通じて意見を代議組織に伝える自由民主主義政治だった。 政党と議会という代議装置を通じて収斂されることもせず、 市民団体等を通じて熟考されることもないまま、 制度政治の過程と手続きをはるかに超えて人民の意志と行動でそのまま政治公論の場に登場するのは、 西欧の政治エリートにとって政治の秩序を威嚇して混乱を招くことだった。 最近、ポピュリズムの問題が世界的な問題に台頭し、 その「政治後進国現象」が西欧に現れたためだ。 その上、さらに衝撃的なのは、勢力を伸ばしているのが「右派ポピュリズム」だということだ。 中部と北部ヨーロッパ、安定した政党政治と成熟した市民社会で自由民主主義の教本と違わなかった比較的豊かな国々で、極右ポピュリスト政党が出現したのだ。 第2次大戦以後、社会的統制と禁止の中で抑制された人種主義と少数への差別がまた社会の表面に登場して、 暴力とヘイトクライムが「ヨーロッパ中で」起きるようになったことが衝撃的なことだった。 ドイツ、フランス、オーストリア、スイスでの極右政党は、 1970年代中後半からヨーロッパの戦後30年間の経済好況期が幕を下ろして登場し始めた。 社会民主主義的な合意と制度的な装置が崩壊にし始めた時だ。 サッチャリズムが広がり、資本主義的経済危機に対する資本と国家の対応は、 これまでのヨーロッパ政治の安定した基盤だった労働と資本間、 市民と国家間の社会的合意を一つずつ後退させ始めた。 この時期に社会党、社民党、労働党など、各国の左派政権は、 新自由主義的改革と妥協したり積極的に支持し、 伝統的な支持基盤だった労働階級に背信感を抱かせた。 1980年代までは群小政党として存在していた極右政党が勢力を拡大したのは 1990年代以後からだ。 右派の躍進は新自由主義を受け入れて右向け右した左派政党から離脱した労働者階級と下層階級を吸収し、基盤を拡張した結果だった。 その右派の論理がポピュリズムだ。 ヨーロッパでは伝統的に左右の政治の競合が基本的な政治構図を形成していたが、 新しく出現した極右政党は伝統的な保守政党や右派が持ち出した理念や価値に従わなかった。 彼らは既成の政界から冷遇され、捨てられたと感じている人々を「われわれ」と呼んだ。 だが、政党アイデンティティは矛盾的で紛らわしかった。 例えばフランスの極右政党国民連合(以前の国民戦線)を率いるマリー・ルペンは 堕胎権を支持するフェミニストで同性愛を支持する人種差別主義者だ。 または正反対に人種差別に反対して同性愛や堕胎権にも反対し、 社会保険の縮小に反対する国民戦線の支持者もいるだろう。 こうした入り乱れた価値の混沌はポピュリズムに現れる特徴的な現象だ。 ポピュリズムの論理は共通の価値や政治的信念を共有する人々に結びつく 政治的結社の方式とは全く異なる方式で作動する。 極右政党は理念と価値の対決ではなく「われわれ対彼ら」という ポピュリズムの対立構図を使った。 この構図の中で「われわれ」とは「国民(人民)」であり、 「彼ら」は「特権層(エリート)」だ。 左派ポピュリズムはこの構図をそのまま借用した後、問題を変える。
[出処:Museo Che Guevara. https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9988651] 左派ポピュリズム左派ポピュリズムを主張する人々は、 左派の人民と右派の人民には差があることを強調する。 確かに歴史的に形成された人民の概念には二重性が存在する。 例えばアガムベンは「ホモ・サケル」で この言葉が政治的な意味の市民、人民という集合体 (例えば「イタリア人(populo italiano)」や 「市民裁判官(陪審員)(giudici populare)」)だけでなく、 下層階級の構成員を同時に示していたことを指摘する。 例えば「民衆出身の人物(homme de peuple)」、 「庶民領域(rione populare)」または 「人民戦線(Front Populare)」のような場合がそのような用例に該当する。 これに反して英語の「ピープル(people)」はそれよりも多少差別的なニュアンスが雨水が、 それでも相変らず富裕層と貴族の反対の「一般庶民(ordinary people)」という意味を大事に保管している。 私たちも同じように「大韓民国のすべての権力は国民から出てくる」という時の人民主権論に立脚した市民的集合体としての人民と、 草の根、民衆、民衆などと表現される疎外された集団としての人民が二重に存在する。 前者は民族と国民アイデンティティに収斂されるが 後者の人民は国家の中で国家のない者たちで、階級的自己意識が優先するほかはない。 ポピュリズム現象の中には明らかに後者の人民が結びついている。 では右派ポピュリズムが呼称する人民が「資格ある人民」としての国民あるいは完全な市民権者で、 だから拝外主義や国粋主義に帰結する反面、 左派ポピュリズムの人民は反対に下層労働階級と政治的領域から疎外された少数と弱者を中心に構成されるのか? 必ずしもそうではないようだ。 シリザはコミュニスト左派を根元とするが、 2012年の選挙でポピュリスト戦略に変化を試みた後のツィプラス演説では 「国民」という言葉に絶えず言及した。 2009年までツィプラスは国民という単語をほとんど使わなかった。 ポデモスも抵抗運動は「下から」始まった。 そして「一般の人々(la gente)と特権層(la casta)」間の対立を基本的な社会対立の構図に設定した。 だが結局、ポデモスの人民も「われわれスペイン国民」に帰着する。 左派と右派の構図が結局は上層部のエリートに限られたものでしかなく、 特権層にいる左・右派はどちらも人民の人生と分離した層の上で彼らだけの理念的対決をしているだけだという批判は明らかに妥当だった。 だが人民の人生と左派政治をどう結合するのかという問いに対し、 ポピュリズムが本当に戦略的に正しい接近なのかどうかは考えるべき問題だ。 イグレシアスとエレホンは、ポデモスの目標を社会主義ではなく北欧式の福祉国家のほうに近く設定した。 このポデモスの指導者たちはさまざまなインタビューで、ポデモスモデルはラテンアメリカではなくスウェーデンやノルウェーのほうに近く、 他のヨーロッパの左派のように新ケインズ主義的な解決策による福祉国家と所得保障を追求すると明らかにした。 「左派ポピュリズム」戦略を提案したラクラウとムペは、 人民の再構成と民主主義急進化戦略を提案するが、 どのような人民なのかについては曖昧だ。 だが民主主義急進化戦略が「社会主義」とはもはや関連性がないということは明らかだ。 もし民主主義急進化が資本主義の上に社会民主主義システムを再建することを意味するのなら、 人民の再構成も「ヨーロッパの市民」を再構成する問題になる。 人民の再構成はプロレタリアの再構成でなければならないポピュリズム戦略が危険なのは、 いつもここに誰がポプルスなのかという人民の資格と範囲が問題になるからだ。 「われわれと彼ら」を分ける時、「私たち」に入らない「人民(国民-市民)ではない者」を排除する危険性は、右派も左派も違わない。 いくら人民を統合するといっても最終的には一国的限界から抜け出せない。 ムペも左派ポピュリズムを提案しながら、最近出した本で 左派ポピュリズム戦略は西ヨーロッパだけに限定されると明確に明らかにしている。 それは今のポピュリズムの主要問題である移民、難民、人種問題が、 すでにヨーロッパ的な問題に限定できないものであり、 内部の福祉国家のためで、外部の植民主義を容認した社民主義的合意の結果だということを無視しているのだ。 そのような路線なら左派ポピュリズム戦略は明確に限界を持つほかはない。 ヨーロッパの右派ポピュリズムは極右集団の政治勢力化戦略だった。 彼らは挫折した人民の怒りを奪い、怒りの方向をとんでもない外部集団に表出させた。 政治に対する不信と反政治文化がこの勢力の基盤だった。 この右派ポピュリズムに対応する左派の戦略が必要だとすれば、 それは同じポピュリズム形式を借用して、左派的な問題において人民を集結させ再配置する戦略ではなく、 反政治的ポピュリスト扇動と労働階級民衆との結束を解体する戦略でなければならないのではないか。 人民(デモス)の再構成は左派市民の再構成ではなくプロレタリアの再構成でなければならない。 今、ポピュリズムと命名される現象の中に存在する人民がすべてポピュリズムの文法に従っているのでもない。 それでもあちこちで噴出している自然発生的な自発的民衆の抵抗運動、意志と疲労、政治的な意思表現を 「ポピュリズム」という認識の枠でまとめてしまうのは致命的なミスだ。 区分しなければならないのは、左派ポピュリズムと右派ポピュリズムではなく、 ポピュリズムと民主主義だ。 前者はポピュリスト政治で、後者はポプルスの政治だ。 そのような点で、私たちにとってはヨーロッパの経路よりも ラテンアメリカの経験のほうが重要なのかもしれない。[ワーカーズ53号] 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2019-04-16 19:11:55 / Last modified on 2019-05-03 07:09:14 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | ||||||