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現代車、工場の塀を越えられない人々

「息子が正規職になったら、判検事もうらやましくありません」

合同取材チーム 2010.11.23 00:11

現代自動車蔚山工場の塀は、家族と仲間を二つに分けた。工場に入った人々と、 外に残った人々は、互いに会えない。だから彼らはさらに互いが切実だ。

工場の外に出た組合員たちは、罪悪感に苦しむこともある。工場の中に夫、 息子を押し込んだ家族は眠れずに涙を流す。支会の事務室には昼夜、家族が 訪ねてくる。朝、支会事務室の扉を叩いて「夫と連絡が取れません」と 涙を流す妻もいる。

「息子が正規職になる日は、検事・判事の息子もうらやましくありません」

11月20日、現代車蔚山工場のある組合員のお母さんが訪ねてきた。彼女は 工場の中にいる息子を思い、高い工場の塀をながめて限りなく涙を流した。

「誕生日だったのに... 誕生日のご飯も食べずに、夜明けに出て行きました。 そうして出て行って6日間、工場から出られません。それがとてもつらくて...」

ハン・インスク(仮名)氏の息子はもう7日も第1工場で占拠座り込みをしている。 誕生日だった15日、息子は『行ってきます』という言葉を残して家を出た。 ハン・インスク氏はワカメのスープ一杯食べさせられなかったことが心に 深くしみて、涙を流す。

「元気だそうです。元気だとだけ話します。ところがパン切れで食事をして、 寒い工場で背を丸めて寝ているのでとても心配です。他の人たちは怪我をした りして、それで心配ですぐここに来ました。」

ときどき行われる使用者側の工場鎮圧の試みで、組合員たちが連れ出されてく る。だがインターネットもうまく使えず、そのためすぐ情報がわからないハン・ インスク氏は、会えないことをしりながらも、訳もなく工場の前にやってきた。 優しい息子に突然こんなことが起こるのも理解できない。だからハン・インス ク氏は「胸がとても痛いです」という言葉を繰り返すほかはない。

「息子は8年間非正規職として暮してきました。お金は少なくて、汚い仕事をし ても、待遇は良くありませんでした。私が『どうするの、それでも我慢して働 かなくちゃ』と言いました。それで我慢して8年働いたのに... 本当に誠実で優 しい息子なのに... 学校でも模範生でした。軍隊でも模範軍人でしたし。一度 も問題を起さなかった息子なので、なおさらつらいのです。とても気持ちが傷 つきます。」

一人で泣くハン・インスク氏を発見した家族対策委会員が近付いてきた。工場 に夫と息子を送り、自分たちも一緒にたたかうと言って集まった家族たちだ。 ハン・インスク氏は同じ痛みを持つ人たちと会い、さらに多くの涙を流した。 ハン・インスク氏は最後に工場にある息子に一言を伝えた。

「息子が正規職になる日には、検事・判事の息子もうらやましくありません。 頑張って、健康に粘ってほしいです。」

双子組合員の闘争、「工場の中の組合員を考えるだけで涙が出ます」

工場の外で工場占拠闘争を続ける第4工場のチョ・ミソン、チョ・ミエ組合員は そっくりの双子だ。現代自動車工場に入ってから9年目、10年目で、下のチョ・ ミエ氏が先に入社した。同じ第4工場ラインで全く同じ仕事をする彼女らは 同じように非正規職の差別を味わった。

「私たちは車を作る前、車体の鉄板が水が漏れないようにシーラーを塗る仕事 をしています。1時間に34台の車を作ります。2時間働いて10分休みます。トイ レに行きたくてもラインを止められません。助長がくればトイレに行けます。 朝8時から午後7時まで働いて、週末には徹夜特別勤務をします。本当に会社に いる時は、人ではなく機械になったようです。

正規職との差別も激しいです。正規職は、シーラーを塗る仕事がつらいといえ ば、他に移ることができます。そしてその場は非正規職で埋められます。今、 私たちのラインもそれで正規職はみんな抜けました。そして正規職の年俸が 5000だとすれば、非正規職は成果給を含んで3000にもなりません。成果給を入 れなければ2000万ウォンにもなりません。

そして使用者側は今、ラインの非正規職も抜こうとして血眼になっています。 もっと人を増やしても足りないのに、この前はまた二人抜きました。そして、 そこに短期アルバイトを入れます。」

訴えるチョ・ミソン氏は、現場委員として活動している。出勤闘争とキャンド ル文化祭、この外の闘争日程も欠かさない。15日には妹のチョ・ミエ氏と一緒 に2日間の工場占拠座り込みを消化した。だが最後まで工場座り込みができずに 出てきたことがとても気にかかる。

「あの時のことを考えるだけで涙が出ます。本当に最後まで残りたかったんで す。あの当時、工場には1000人程の組合員がいましたが、食べ物も足りず環境 も劣悪でした。そのためか、危なそうだからまず工場の外に出てできることを 探そうといいました。第2、第3工場の組合員が占拠座り込みを拡大するために 私たちも一緒に出てきたのですが、出る前に中にいる組合員たちが拍手してく れて、一緒に罷業歌を歌ってくれて... 本当にとても涙が出ました。今でも足 を伸して寝られません。組合員のことを考えると、とても不安で心配になりま すから。」

工場の外に出てきた双子の組合員は、すぐ自分たちができることを探し始めた。 まず家族対策委を作り、その中で家族と会い始めた。工場から出る前、家族対 策委を作ろうという組合員との約束を守ったわけだ。それだけでなく自らピケ を作り、400枚の宣伝ビラを作って配った。

「最初、工場を出た時は本当にとても泣きました。できることは集会に出るこ としかありませんから。だからいっそ入って戦おう、とも考えていましたが、 妹と共に私たちができることをしようと考え直しました。私たちも何かを見せ ようという決意も固めました。それで言いたい言葉を書いてプラカードを作り、 400枚の宣伝ビラも作りました。今でも私の宝物1号はプラカードです。そして 家族対策委もまたすることにしたんです。」

現場委員として忙しく飛び回る姉は、妹のチョ・ミエ氏に強固な『姉妹』であ り、『同志』だ。双子の姉を同志に持つ所感を聞くと、意外に心配が多いよう だった。

「お姉さんはとてもがんばります。それで不安です。少しは自制したら... と いう気もします。両親も私たちがしていることをご存知ありません。お母さん は、からだの調子が悪いので、あえて話しませんでした。上のお姉さんもとて も心配します。

それでもお姉さんが現場委員なので、大きな力になります。私たちがすること が正しいということが分かるからです。ぜひ今回の闘争に勝利して、お姉さん と共に工場に帰りたいです。」 (蔚山=蔚山労働ニュース、チャムセサン合同取材チーム)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2010-11-23 22:32:33 / Last modified on 2010-11-23 22:32:36 Copyright: Default

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