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「機械の部品ではなく人間です」

[パノルリム・リレートーク](1)サムスン職業病被害者、故ユン・ウンジン氏遺族

パノルリム(半導体労働者の健康と人権守備隊) 2015.10.14 13:07

▲9月21日から江南サムスン電子本社前で進行中の「サムスン職業病被害者リレートーク」[出処:パノルリム]

サムスン職業病被害者(以下、被害者)らは「パノルリム(半導体労働者の健康と人権守備隊)」と共に、 2007年末からサムスンの謝罪と補償、再発防止対策作りを要求して着実に戦ってきた。 昨年5月にはサムスン電子の権五鉉(クォン・オヒョン)副会長が記者会見を行い、 被害者らに「公式謝罪」をして「適切な補償」と「再発防止対策」も約束した。 しかしサムスンの約束はすでに紙切れになっている。

公式謝罪まで7年間、サムスンは被害者らの悲しみと怒りを慰労金であいまいに隠そうとしたり、まったく知らないふりしてきた。 勤労福祉公団はサムスン電子工場で働いて病気になったり死亡した労働者たちに対する労働災害判定をなかなか出さなかった。 2015年10月現在、パノルリムに情報提供した被害者は合計217人で、そのうち労働災害を申請した人は56人いるが、このうち労災判定を受けた被害者は4人しかいない。

権五鉉副会長の謝罪後もサムスンはあまり変わらなかった。 サムスンは一部の被害者だけに「先補償」をするとし、被害者らを互いに分断した。 紆余曲折の末に第三者が参加する調停委員会ができ、サムスンと被害者家族対策委(遺族6人)、パノルリムが参加して調整を受けることにした。

調停委員会は7月に勧告案を出したが、サムスンからの干渉を受けない独立した社会的機構、つまり公益法人を設立し、 補償と再発防止対策を実現するという内容が核心だった。 しかしサムスンは、調停委員会の勧告案を拒否し続けてサムスン自身が作った補償案を出し、9月初めに突然「補償委員会」を設置すると発表した。 つまり被害者らはサムスンの内部機構でしかない補償委員会に個別に接触し、「定められた期間」中に補償を申請しなければならないということだ。

当然、被害者らは補償の内容と方法、時期を一方的に決めたサムスンの態度に激しく反発している。 サムスンを交渉の場に引き込むまで、少しどころか7年もかかったが、 サムスンは被害者と調停委員会の意見を全く聞かずに作った補償委員会を通じ、 これまでの努力を簡単に踏みにじってしまったのだ。 しかもサムスンが持ち出した補償は結局「お金」だけで、 そこに「謝罪」や「再発防止対策」は入っていない。

パノルリムと被害者らは9月21日から江南のサムスン電子本社前で 「職業病被害者リレートーク」を始めた。 被害者が直接マイクを持ち、自分たちの話を加害者の巣窟の前で広げることにしたのだ。 以下は10月1日の五回目のリレートークに参加した被害者遺族(故ユン・ウンジン氏の姉)と 職業環境医学専門のチェ・ミン氏の話を整理したもの。

(ユン・ウンジン氏は2000年3月に20歳でサムスン電子器興工場に入社し、翌年4月に健康が急激に悪化した。 療養のために故郷の盈徳に戻ったが、2003年5月、急性リンパ腺白血病の診断を受け、同年8月に死亡した。)

▲ユン・ウンジン氏の姉と職業環境医学専門のチェ・ミン氏[出処:パノルリム]

ユン・ウンジン氏の姉の話

「ウンジンが(器興工場に入った後)いつも疲れるという話をしていたと母から聞きました。 皮膚にも手にも何かがたくさん出たとも言っていました。 とても苦しんでいるので結局には辞めることにしたのですが、 辞めてから数か月後に突然体調が悪化して病院に行ったところ、 急性白血病という診断を受けました。」

「初め、なぜ妹が白血病にかかったのだろうか、 家族の中にはガンも何も全くないのに、いったいなぜ白血病にかかったのだろうか、 とても理解できませんでした。 それで単純に運が悪くてそうなったのだろうと考えるしかなく、 家族もみんなそう考えました。 ただ悲しむほかはありませんでした。 ウンジンは急性なので、他の患者より闘病期間も短かったです。 闘病して1年もならないうちに亡くなりました。」

「その後、マスコミなどでパノルリムというところを知りました。 関心を持たなければならないと思い、あちこち資料などを探していたら、 妹が働いていたサムスン器興工場でたくさん患者が発生したという事実を知りました。 それで参与連帯に情報提供をしたら、そこが私をパノルリムにつないでくれました。 パノルリムの人たちと話をすると、これまで私たちが漠然と思っていたことが、 まるでパズルのピースを合わせるようにみんな合うのです。 妹が器興工場でやっていた業務は有毒な化学物質を扱うことだったという事実も、 妹だけでなく、病気で苦しんでいる人がとても多いという事実も知りました。」

「私は安山で暮らしています。 安山から江南まで地下鉄に乗りながら、いろいろ考えました。 妹が亡くなってからもう13年目です。 多分妹が生きていたら結婚もしていただろうし、子供も生んで、 私の五歳の息子の叔母になっていたでしょう。 それなのに、そんな平凡な日常を一つも経験することもなく、とても若い年齢で亡くなったのです。 そんな妹のことを考えると、とても胸が痛みます。」

「私が住んでいる所が安山だからか、地下鉄に乗りながら『セウォル号の両親も多分私と同じ気持ちではないか』という気がしました。 セウォル号の遺族の方々もそんな話をされました。 金が問題なのではなく、本当に自分の子供がなぜ死んだのか、 なぜあのように死ぬしかなかったのか、理由を知れば慰労にもなるでしょう。 そうしなければ問題は解決できないようです。 しかしそれは私たち(サムスン職業病被害者ら)も同じです。」

「サムスンが私たちに謝罪してたくさんお金をくれたとしても、妹が生きて返りはしません。 しかし第2、第3の全く同じ事故が起きれば、妹の死に何の意味もなくなってしまいます。 多分妹もそう考えるでしょう。 一生懸命働いた罪しかないのに病気で苦しむ人の問題がはやく解決されることを望んでいるでしょう。」

「サムスンとセウォル号は、表に現れる形は違うかもしれませんが、本質は同じだと思います。 安全の問題は、しばしば自分の事ではないと考えますが、実は誰もが自分の事になるからです。」

「サムスン職業病被害者の問題が水面上に浮上してから本当に長い時間が経ちましたが、あまり変わっていません。 昨年、サムスンが公式に謝罪をした時は、私も何か期待をしましたが、相変らず足踏みしているようです。 こうしてあいまいに終わらせるのではなく、本当にこの問題についてサムスンが真心をこめて対応しなければと考えます。 ウンジンも、他の被害者らも、使い捨ての機械の部品でなく、人間でしょう。」

「会社のために働いてそうなったのなら、当然被害者に物質的に補償しなければといけないと考えます。 事情をよく知らない人たちは私たちに『金のためにそんなに戦っているのではないのか』と言いますが、 人が生きていくのに金も必要でしょう。 もちろんお金がすべてではありませんが、当然、物質的な補償はなければいけません。 そして亡くなる人々もいて、今も闘病している人々もいるのに、 私たちの戦いが無駄にしないようにするなら、これ以上同じ被害者が出てきてはいけないと考えます。」

▲サムスン本社前のパノルリム座込場にかかっている職業病被害者現況版

職業環境医学専門のチェ・ミン氏の話

「初め半導体工場が韓国に入ってきた時は『清浄産業』、『煙突がない産業』、ホコリ一つなく清潔な環境だけで作るので、 環境を汚染せずに韓国の経済を助ける産業であるかのように紹介されました。 しかし事実は全く違いました。 違うということが知られるようになったのも、サムスン半導体工場で働いて病気にかかった人々が 『実際に私たちが働いていた環境はこうだ』と声をあげて知らせ始めた後からでした。」

「半導体を作る工程では、とても多くのガス、重金属、化学物質を使います。 その中には発ガン物質、病気をひき起こす物質、不妊の原因になったり胎児に問題を起こすような物質がとてもたくさん含まれています。 これについてはすでに1980年代に米国で問題になっていました。 半導体労働者たちに発生する健康上の問題だけでなく、半導体工場周辺の住民にも健康上の悪影響を及ぼすことが知らされたため、 半導体工場がシリコンバレーからアジアへ、韓国へとやってきたのです。」

「実は韓国でも、サムスンを対象として、とても限られた疫学調査が行われたことがありました。 サムスンがすべての情報を出さなかったため、とても制約的にならざるをえない研究でした。 多くの職員を工程によって分類し、その職員にどんな病気が多いのかを調べた研究でさえ、 半導体工程で働く女性では白血病のような血液ガンが普通の人より発生が多いという結果が出てきました。 それで私たちが今、ここでユン・ウンジン氏の死に対し、サムスンが責任を取るべきだと話しているのです。」

「ここにいる遺族の方々を見れば、光化門にいるセウォル号の遺族の人を思い出します。 あの人たちが今も1年以上、光化門に毎日毎日集まる理由の一つは、十分に補償がされなかったためですが、 それはお金だけの意味ではありません。 自分の愛する家族が死んだのに、それが何のためなのか、原因を明らかにすること自体も私はとても重要な補償であり、治癒だと考えています。 父母が間違って生んで、間違って育てて、病気にかかったのではなく、 仕事をして、いろんな環境と物質に露出して病気にかかったのだと、 サムスンにはっきり言ってもらうだけでも家族には大きな慰労になると考えます。」

「サムスンが責任を取るもうひとつの方法は、 あれこれの原因のために病気が発生し、労働者たちが死んでいったので、 二度とそんなことが発生しないように再発防止対策を出すと約束し、 その約束がどう守られるのかを家族に示すことです。 そうすれば遺族は自分で声をあげ、これ以上、他の犠牲者が出てこないようにしたと思うことができて、 十分に慰労され補償されるだろうと考えます。 ところが今サムスンは、被害者が補償金だけを要求しているかのように追い立てています。」

▲サムスン本社前パノルリム座込場。警察とサムスン側の警備がテントを張らせなかったため雨が降ってもビニールを広げなければならない。

被害者とパノルリムは、10月7日の晩からサムスン本社前で無期限の野宿座り込みを始めた。 そしてサムスンはこの8年間そうだったように、職業病問題を解決する意志も能力もないように見える。 サムスンが示す意志は、ただ交渉の主導権を被害者とパノルリムに奪われまいという意志でしかなく、 あえて能力を見つけようとすれば補償委員会という見かけの良い機構を作る能力だといわなければならないだろう。

サムスン職業病被害者のリレートークは江南駅8番出口、 サムスン本社前の野宿座込場で毎日続けられる予定だ。

・整理:パク・ピョンハク

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2015-10-16 03:52:48 / Last modified on 2015-10-16 03:52:50 Copyright: Default

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