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韓国:龍山惨事100日に考える人権 | ||||||
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龍山惨事100日に考える人権[人権オルム]「大韓民国改造」の道に進め
パク・レグン/ 2009年04月29日16時45分
今日は龍山惨事から100日目の日だ。100日をむかえ、言論も少しは関心を持っ て報道し、龍山惨事現場に焼香しに来る人も増えた。座り込みには今まで消極 的だった団体も結合し、今日一日は龍山惨事の現場とソウル市庁広場で追悼行 事が連続して開かれる。まだ幸いだ。人々の記憶の中で過去の事件ではなく、 記憶される事件として残っていることを確認したということだ。 私は龍山氾国民対策委の共同執行委員長で、今は手配されている。100日間の私 の軌跡を調べれば、人権運動の観点から龍山問題に対してきたかという反省が 起こる。今年最大の人権事案で、龍山問題は集約的に韓国社会人権の問題を表 わしているのに、龍山問題を人権的観点から提起し、人権運動の観点で解決し ようと努力してきたのかは疑がわしい。私が人権運動として接近せず、この問 題に人権活動家の参加が消極的だという空しさがあるのは真に情けない。それ で今日は龍山惨事を人権の観点からどう接近するのかを中心に話を解いてみよう。 惨事前の人権 龍山惨事が発生するまで、龍山4区域の撤去民はさまざまな暴力に露出していた。 都心の再開発事業を決める過程から、住民たち、特に入居者は疎外されたり排 除されるしかない。建設資本の利益に合わせた再開発事業から撤去民の境遇に 置かれる彼らは、徹底して自分たちの権利を放棄することを強要される。その 後も撤去の過程では用役チンピラの公然の暴力から法の保護は受けられない。 警察と検察、はなはだしくは法院さえ建設資本側だ。図体が大きいチンピラた ちから深刻な暴行を受けた撤去民が、逆に司法処理されるのは一般的な状況だっ た。外出した間に家を壊されたり子供がいるのに両親を暴行し、その子供さえ 公務員が暴行することもある。恐怖が支配する無法天下を作り、撤去民の闘争 を無力化することにすべての権力機関が一つになって動く現実が、龍山4区域で もそのまま再演された。 撤去民は暴力から逃れて最後の生存権を守るために、危険この上ない櫓を作り、 火炎瓶を作って立てこもる。そんな抵抗があるまで、彼らは住居権をはじめ人 身保護の人権保障の体系から徹底して排除された位置にあった。私たちがしば しば主張する社会権と自由権のどちらからも総体的に排除された人々にとって、 公権力は暴力のもうひとつの名として存在し、国家はいつも金持ちの側で、 貧しい人々には怒りと悲しみだけを抱かせる怨恨の対象に位置している。 惨事と人権 龍山惨事は極端な国家暴力の典型を見せる。撤去民の櫓での座り込みを政治的 に利用することにした政治権力の判断と指示により、警察は特攻隊を投入する 強硬鎮圧を決め、座り込みに突入してから25時間後にいかなる対話も説得もな く鎮圧を始めた。この時撤去民は基本権を持つ国民ではなく国家による鎮圧の 対象になり、したがってその後、火災で死んでも、警察には免罪符が与えられた。 6人も殺した国家公権力が正当だったという、そんな結論、そして『道義的責任』 だけを取ってキム・ソッキが辞任したこと、そして撤去民は拘束または不拘束 起訴し、法廷で裁判にかけたのは、克明に国家が人権保障の役割を放棄したこ とを示す。龍山惨事は国家の否定を要求している。こうした国家権力の蛮行、 国家による不正義の強要を拒否することは、人権運動が提起すべき問題だ。 警察と検察、政治集団、そして彼らといつも同じ側の保守言論により建設資本 は徹底的に保護された。撤去民は死骸になって帰り、今も霊安室で葬儀の日を 待っている。また撤去民は深刻な肉体的、精神的苦痛を抱いたまま、怒りを抱 いたままで拘束され、拘置所や病院にいる。こうした深刻な差別が続く現実に 人権運動はぶつかるほかはない。 惨事後の人権 龍山惨事以後、こうした人権侵害の構造はそのまま維持され、または強化され ている。追慕祭は不法集会として『不許可』になり、街頭デモは封鎖された。 憲法さえ否定するこうした恣意的な国家公権力の行使により集会とデモに参加 した多くの人々は召喚調査の対象になったり、拘束、手配の状態に陥った。故 人の名誉を回復する努力はせず、故人を冒とくする卑劣な言葉を口にする政治 家と保守言論、大統領府前の1人デモまで不法にする状況をむかえている。また 龍山惨事が起きても、龍山4区域では用役チンピラの暴力と、警官の暴力、強制 撤去はそのまま進行している。 撤去は深刻な人権侵害を総合的に持たらすので、非常に慎重に進められなけれ ばならず、ニュータウン、再開発地域では龍山と同じ惨事が発生するが、殺人 開発の構造と体系は何も変わらないまま今日をむかえている。さらに龍山惨事 から100日になる現在、全国撤去民連合をはじめとする撤去民の組織を瓦解させ るための検察と警察の捜査は、強度を高めている。人間の尊厳という人権の出 発点は徹底して否定され、その否定の上で遺族と撤去民は人権の主体ではない。 このように、龍山惨事は住居権をはじめとする韓国社会の社会権のすべての権 利項目、そして暴力から保護される権利をはじめとする自由権領域のすべての 権利が無視されたり否定される韓国社会の人権の現実を集約的に示す。また、 貧しい者たちを意図的に排除し、差別する深刻な社会構造も示す。したがって 国家の存立の根拠そのものを疑問視しなければ、と龍山惨事は提起する。 では人権運動は龍山惨事をどう解くべきなのか? 今でも龍山惨事を解くための ワークショップを開催し、これから龍山惨事を人権の目で分析、整理して、人 権侵害報告書をだすこと、そして人権侵害状況と構造を破る戦略を議論するこ とから始めるべきではないだろうか? 龍山惨事を解決する過程は『徹底して少数階級の利益のために服務して作動す る大韓民国国家』を改造することに進まなければならないので、他の領域の進 歩運動と連帯しなければならない。その過程で他の問題、事案と連帯して韓国 社会の民主主義を新しく構成しなければならないだろう。龍山惨事100日は人権 運動がこれ以上、任務を放棄しないことを強く要求しているのではないだろう か。この時代の課題を無視しない人権運動であることを望む。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2009-05-03 18:20:02 / Last modified on 2009-05-03 18:20:05 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | ||||||