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News Item 20051020kir4
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キリュン電子で22才、女性そして非正規職ということ

キリュン電子分会崔ウンミ組合員とのインタビュー

チョスビン記者

うれしかった。十分に見た顔だった。「初めて座り込みを始める時はこんなに 秋夕の日までくるのか想像もできませんでした。たとえ来年の正月まで行くと しても最後まで闘争するでしょう」座込み場で秋夕をむかえた彼女がカメラに 向かって、従順に両手を揃え、慎ましく話した場面が浮び上がった。そして、 ずいぶんうれしかったもようだ。

秋夕、座込み場でのウンミ氏

救社隊の暴力で病院で治療を受けた1人を含み、現場で座り込みをした16人の キリュン電子組合員が、17日未明に全員警察に連行された。連行されるその瞬 間にも「われわれは必ず戻る。非正規職を撤廃しに、同志で正規職に必ず戻り ます」と闘争を叫んだ彼らが戻った。しかし戻ったその場は相変らず正規職で はない。

「たとえ正月まで行っても最後まで闘争する」という彼女が『結局来年の正月 も座込み場で祝うことになるのではないのか』という気まずい考えを努めて しずめながら、彼女に会った。

「二十二才で名前は崔ウンミです」

社会生活が難しいと聞くが..

『22才を花のように美しい私だというのか!』、二十二を過ぎて、今まさに中 盤を越えようとしていると、わずか2、3年前のその時が『花のように美しい時 期』だったのか、漠然としている。「いくら社会生活というのが大変で汚い姿 をたくさん見るとは聞きましたが、これほどとは思いませんでした。私には、 ここが初めての職場なのですが、労働組合ができたら垣根も変わりました。 元はあんなようすではありませんでした(指差ししながら)。花壇で、柵がいくつ かあちこちにあるだけだったのに労組ができてから、中をのぞくなと時々 溶接して鉄条網も張られました」

彼女が初めての職場で味わった『その汚い姿』に対する経験談を聞けば、『世 の中に花のように美しい時期、花のように美しい年齢というものがあるのか』 という気がした。彼女はインターネット求人広告でキリュン電子に入ってきた という。それが『汚い姿NO.1』だ。

「インターネットで求人広告を見てキリュン電子に入るようになりました。 初めはキリュン電子が直接求人広告を出していると思っていましたが、 派遣業者のヒューマンドットコムが求人広告を出していたのでした。そして 私が行って仕事をする所を知らせて、どこへ行くと言って来ました」

世の中があなたをだましても.....一時口ずさんだ金チァンフンの『世の中が あなたをだましても』という流行歌、ところがその歌が希望的であったか?

18日金属労組決意大会に参加した金ソンマン文化活動家

清清しくふるまうこと

「キリュン電子の生産職ラインには90%以上が女性なんです。 それも4、50台の女性組合員ですよ。 男は主に修理士、事務研究職で正規職です」

その話を聞いて周辺を振り返ると、ちょっと見ても彼女と同じ年頃の女性組合 員が殆どいないように見えた。男性組合員も、いなかった。作業服も着ずに、 ふだん着姿、きれいに化粧までした彼女に「女性として大変だった点はなかっ たんですか?」と尋ねた。

「私よりもおばさんたちがもっと深刻でした。 セクハラ的なものはなくても、人格的に無視しました。 管理する人々が『年齢も高いお前らは、ここ以外にどこに行くのか』という 調子で対しましたよ。 私はまだ若くても、おばさんたちも管理者に間違って見られて、 解雇されるかと思って清清しくしていなければなりませんでした。 言い返すこともできず、雑談にも気を付けて、コーヒーもいれて。 管理者が権力になりました。 自分の気に入らなければメールで明日から出てこないでくれと言えば良いからです」

そうだ、そいつのコーヒーは必ずいれなければならないのか!

お化けを捕える海兵隊?人を捕らえるキリュン電子!

「広告には衛星アンテナ関連とだけ出ていました。今、私はキリュン電子2階 でナビゲーションを作る部所にいますが、ナビゲーションのバージョンアップ をしています。仕事は難しくありませんが、毎週解雇者がでました。特に私が 入った時期が特に激しかったです」

今年の2月にキリュン電子に入社した彼女は、当時LG電子が平沢に引っ越して、 就職しようとする人が多かった時だと回顧した。『解雇のための解雇』という 話はあちこちでたくさん聞いたり見たりもしたが、彼女の話はもっと具体的だった。

「私たちの会社は定期的に仕分けをします。一種の緊張感を造成するために、 解雇すると思えばいいでしょう。それも携帯電話のメールで出てくるなと通知 します。ほとんど毎週切りました(俗に言えばクビ)。月曜日に出勤してみると、 2、3人程がいません。それは解雇されたということだったんです。単に雰囲気 を造成するために」

一種の『軍規』引き締めという話であった。 いや人を引き締めるという表現のほうがさらに正しい。 常套的だが、『解雇のための解雇』という言葉を痛感する部分だった。 それで彼女が気になった。「ウンミ氏も解雇されたんですか?」

「私はまだ解雇はされませんでした。労組ができる前は、緊張感を造成するた めに(携帯電話の)メールで解雇通知をしていましたが、私たちがそれを嫌って、 7月5日に労組を設立しました。私は7月1日の日、メールで解雇通知を受け取り ましたが、7月4日の日に解雇通知は認められないとそのまま会社に出て行った ところ、運良くその日が労組設立の時点とかみって、解雇されませんでした」

申し訳なかったのか、自身は運が良かったと言った。その話を聞くと、むしろ 質問が気まずくなった。それでも自分なりに気を付けるといった質問だったと 自衛しながらも申し訳なかった。そして彼女は7月5日に労組が設立された後、 しばらく解雇がなかったといった。むしろ自販機のコーヒーも150ウォンから 100ウォンに値下げされ、トイレも広げて更衣室にエアコンまで付けてくれた と。そうして7月の1ヶ月は無事に過ぎ去るようだった。

「7月には懐柔策、7月末からは強硬策に変わりました。7月末、8月初めには、 ヒューマンドットコムに所属する4人の派遣職労働者を『1年契約期間満了』と 言って、ありもしない契約期間を理由に解雇しました」

それ以後、「警備のおじさん4人が全てでしたが若者を20人程度増やすと言い、 ハナ・エンターテイメントという外注会社用役班員40人を使用側が雇用し始め」 たという。

親切なウンミさん〜

2005年10月18日冷たい夕方の空気が深くなる秋、最後に彼女に明るいところで 写真を一枚撮ろうと提案した。初めて彼女に会ったときよりずいぶん暗くなっ ていたので「可愛く撮ってあげる」といいながら。

カメラの前に何度か立った経験があったのか、結構演出もした。笑ってもくれ て、悲壮な表情もしてくれた。「とても何も言わなくなっているから、写真が 硬い」とたった一言言っただけなのに「私たちはとてもくやしい!」と言って、 悲壮に叫ぶ彼女としばらくそうして笑った。まだぬくみが残された彼女の手を 握ったまま..

2005年10月19日11時16分

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンス:営利利用不可・改変許容仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2005-10-21 07:31:32 / Last modified on 2005-10-21 07:34:05 Copyright: Default

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