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「彼らの慣性が驚くべきで恐ろしい」

[民主労総診断連続寄稿](2) -私がまず責任を負うか

イソンウ (公共連盟)

今日もさまざまな同志と会った。この数日間、出逢いは間違いなく酒を伴った。 酒杯が行き来するたびに、悲しさと怒りと虚しさが互いに入り乱れた感情が、 涙になったり不真面目な笑いとして漏たりもした。民主労総の首席副委員長、 カンスンギュが緊急逮捕されたという知らせを聞いた時、よりによって私は酒 の席にあった。ペクキワン先生が新しく出した本をただで配る席だった。ペク 先生は、いちいち本に署名をして、長い間、親しみ信じた同志と、先生を尊敬 してきた人々に直接配ってくれた。その楽しくて喜ばしい席が、民主労総のみ じめで絶望的な境遇を愚痴る席に変わったのは、とても短い時間で充分だった。 その日、私はそれを言い訳にして、とてもたくさん飲んだ。

初め、カンスンギュにだけ、あらゆる非難を浴びせた。カンスンギュは誰だっ たのか。民主労総首席副委員長だ。起亜自動車労組で労組幹部が就職不正があっ た時、彼は真相調査団長だった。逮捕された時まで、民主労総の革新委員長だっ たし、民主労総大田本部役員選挙が不正に汚されたと言って地域本部非常対策 委員長まで引き受けていた。革新という言葉を文字で解けば、革を新しくする ということではないか、そのように革をはがす痛みを甘受してもきちんと組織 を革新してみよう、と革新委員の前で演説した彼の姿を生き生きと思い出す。

いつも一点の恥じることもなく世の中を生きてきたように、彼は威風堂々と幹 部や組合員大衆に訓話水準の話をしたりもした。89年の夏、全労協建設のため のモンサンポ・サマーキャンプに出る彼を初めて見たが、夜中に焚き火のそば に座って、コリョ運輸委員長として彼が味わったタクシー労組民主化闘争の苦 しい経歴をわれわれは感動の中で聞いた。彼のいかなる言葉と行動からも、汚 職や背任収賄の疑惑を発見したことはなかった。10月5日に彼は民主労総中央 執行委員会に参加し、例の堂々とした姿で絶対に問題になることはないと豪語 したのに、わずか二日後にそれは偽りだったことが表れた。彼のきらびやかな 経歴と言動だけでも、私たちの願望と非難と揶揄はその根拠とするに充分だった。

この事件がカンスンギュへの糾弾と断罪だけで終わるりさえすれば、どんなに 幸せだろうか。好材料を得たマスコミのおかげで1500万の労働者とその家族ま でが即座にこの事実を知った。カンなにがしが金を受け取って捕まったという のに、あなた方は何も受け取ったことはない? カンスンギュが誰なのかも知ら ない妻さえ、私にけんつくを食わせた。ある労組幹部は、どんなに苦しくても、 金は受け取るなと母から電話があったと言って、茫然自失した表情になった。 ある同志は食堂でTVの前に集まり、民主労総の幹部をひとからげに汚職政治家 の水準で罵倒する市民を見て肝を冷やしたといった。こういう状況で、現場の 組合員の怒りがカンスンギュという一個人でなく、民主労総という組織に降り 注ぐのは極めて自然な現象だ。

民主労総執行部はその現象を正確に、正しく読むべきであった。今回の事件が 民主労総の道徳性を致命的に傷つけただけでなく、誤って対処すれば回復不能 な状態に陥るということを悟らなければならなかった。一生を労働運動に献身 してきた多くの同志が信じ、寄り添ってきた生と運動の根拠が根こそぎ崩れて 奪われる一大事件だということを正しく認識しなければならなかった。代議員 大会の相次いだ異常な進行と、単位労組の不正事件により、大きく壊されたの だが、まだ民主労総は最も信じられる組織だということを皆が確認できるよう に、原則と気風を明確に打ちたてなければならなかった。それで、この事件を それぞれの立場と意見の差を別にして、労働組合で活動する私たちすべてが換 骨奪胎する試金石としなければならなかった。

地域本部で働くある同志は、一部の言論の推測報道をそのまま信じて執行部の 辞任を既定事実化し、当然そうすべきだと考えた。おりしも現場幹部との懇談 会があり、ここぞとばかりに大声を上げた。民主労総はそうではない、見ろ、 即刻執行部が責任を取って総辞職をするというではないか? 懇談会が終わると すぐ、その同志の信頼と期待は間違いなく打ち砕かれたが、概して現場の組合 員は常識の線でその同志の言葉に共感する。道に出て尋ねてみろ、一般市民も 同じだ。

しかし民主労総執行部の対応は初めから無責任で安易だった。組合員の治療費 を用意するためにやむを得なかったという弁解から、一つずつ事実があらわれ、 組織の問題ではなく個人の不正でしかないと規定した。(例え個人の不正であっ ても、その事件に含まれる組織の構造的な問題を解剖してそれを手術台に上げ なければならない)。ただし、道義的(!)責任を負う次元で、委員長は自ら職務 を停止して、一切の対外活動を打ち切ると宣言した。そして、執行部が自ら決 断すべき総辞職の問題を中央執行委員会の案件にして、即刻収拾して対処する どころか、総辞職をめぐる賛否論議をあおった。

新しく指名された首席副委員長に徹夜会議を任せたイスホ委員長は(さる2月の 代議員大会が異常な進行で終わった時も彼はこのように責任を転嫁した)、次 の日の朝、記者会見で話す。不正疑惑に対してすべての責任を負い、きっぱり と対処する。委員長としての道義的(!)策と大衆的責任を明確に負う。それで 民主労総執行部は下半期闘争に責任を全うして早期選挙を実施し、自分は今後 選挙に出馬しない。煩わしくて、ちぐはぐだ。責任という単語を繰り返して駆 使しても、本当に責任を負う姿勢は見られない。迅速で決断力ある措置を通し て、民主労総の崩れた信頼を回復し、これから第2のカンスンギュが現れない ようにしてくれという期待と要求は、徹底的に無視され敬遠された。

ある組合員が語る。1月にになれば06年の闘争計画をたてるために、6月になれ ば上半期闘争を終えるために、また来年の年末になれば下半期闘争を終えるた めに、弁解はいくらでもできます。闘争も、責任も、頼むからオオカミ少年の ようなことがなければいい。彼らは真に責任を感じているのでしょうか? こ の言葉にイスホ委員長はなんと答えるのだろうか。責任を負うと言いながら、 責任を負うことを後回しにして、(事実上の辞任宣言だとマスコミは上塗りを したが)突然の不出馬宣言で混乱を自ら招く、この矛盾と不一致を誰がわかり やすく説明できるだろうか。焦燥感と衝撃で数日を送り、イスホ委員長の記者 会見を見てさらに大きな失望と怒りを感じたという民主労総常勤活動家の辞職 の方が、いっそはるかにわかりやすく、私の胸に切切と届く。

民主労総と連盟幹部の言葉と行動が組合員と一般国民に対してカンスンギュの それと同じように広く知られている今日、私を含む多くの同志が混とんから抜 け出せずにいるのに、民主労総執行部の動きを見ると動揺すること無く毅然と して堂々としている。まるで逮捕されるまでのカンスンギュを見るようだ。革 新に失敗した執行部が、まだ革新を繰り返し、政府の労働運動弾圧と一方的な 労働関係法改悪処理の企みを防壁の盾とする。彼らの慣性は驚くべきほどで、 恐ろしい。真摯な反省であっても慣性であればこれ以上悔やみと省察の意味を 持てないという事実に再び驚く。

壊れた民主労総執行部の中に、突然、私自身の姿を発見する。彼らに向けた憐 憫と無念さ、怒りと失望を通り越して、私に垂れ込めているはるかに遠く暗い 感じが私を圧倒する。誰が何といっても、自分は正しいと一方的に宣言し、軌 道を抜け出して疾走する彼らの独善をどうすることもできないのなら、私も慣 性のドロ沼から永遠に抜けられないだろうという遥かな絶望感だ。巨大な不感 症と慣性の保守的な形態を破れなければ、私自身を変え、この世を生きる喜び を感じるように変えるために、小さな力を加えようと言って生きてきたことが、 たわごとや犬の鳴き声に過ぎないという痛恨の予感だ。私の人生を、どうしよ うもないうず巻きが襲っても、私自身が断固として白衣従軍の道に出るのか、 それにふさわしい決断が必要な時だ。これはどうして、今の私だけの悩みなの だろうか。

2005年10月13日12時46分

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンス:営利利用不可・改変許容仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2005-10-15 20:49:27 / Last modified on 2005-10-15 20:49:57 Copyright: Default

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