アメリカの世紀の終わり、世界は一極から多極の時代へ、今こそ日本の独立を！

児玉繁信〈全労協全国一般福山ユニオンたんぽぽ・執行委員〉

１）トランプはなぜ勝ったのか？

　米大統領選の最大の焦点は、経済だった。人々の暮らしだった。トランプの支持層は地方に住む白人層、プア・ホワイトである。白人の中間層が没落し、格差拡大が我慢ならないレベルまで進みアメリカ社会は荒廃した。貧困化したのは白人層ばかりではない。「ニューヨークの金持ちどもが勝手に戦争し、軍産複合体や金融資本は大儲けしている、それを進めたバイデン、ハリスはけしからん」として引きずり下ろしたのである。

２）ネオコンの戦争政策を転換させたトランプ政権

　ネオコンが進めてきた戦争政策の破綻が明確になった。アメリカはこの30年、中東で戦争を仕かけ膨大な軍事費を投入したのに、混乱を作り出しただけで何ら成果を得なかった。それなのに、ウクライナ戦争に莫大な軍事支援を行い、イスラエルのガザ攻撃にも巨額の軍事費をさらに投入した。

　結果は軍産複合体と金融資本を儲けさせただけで、その分だけ米政府債務が拡大した。トランプは転換が必要だと主張し、支配層の一部の支持を得ている。

　バンス副大統領が大統領選前に受けたインタビューで、不法移民問題に触れた後、「私が本当に心配しているもう一つは、債券市場だ」と明言している。(2月1日、日経)。

　バイデン政権がかつてなく積み上げてきた政府債務（33兆㌦）。もし金利が上がれば財政破綻に向かう。2022年10月の英トラス政権崩壊のようになることを恐れている。トランプ新政権は歳出削減をすでに一部実行し、イーロン・マスクに政府支出の削減を担当させているのは、この危機感からだ。USAIDを破壊しているのは驚きだ。

３）イスラエルーハマス間の停戦合意成立は？

　停戦合意成立にはトランプ新政権の意向が強く反映した。停戦合意から戦争終結にまで至るかどうかは、まだ誰にもわからない。だとしても、多くの人々と同様に、私はイスラエルとハマスの間の停戦合意を歓迎し支持する。

　ネタニヤフ政権は、1993年のオスロ合意拒否、「二国家解決」拒否を掲げて政権に就いた。周辺国を力で抑えつけ、旧約聖書に書かれた大イスラエル(ナイル川からユーフラティス川まで)実現を夢見ている。(1996年ネタニヤフ著『テロとの戦い』）。それは周辺国を徹底して抑えつけるまで、戦争を続けることだ。具体的には、アメリカをイランとの戦争に引き込むことを意味している。しかしそれは大惨事であり、破滅だ。

トランプは、イスラエルを支持するが、イランとの戦争に参戦するつもりはない。第三次世界大戦を決して引き起こしたくない。そのことを通告した。イスラエルが単独でイランと戦争できない以上、ネタニヤフ政権の目標は失われたのだ。ネタニヤフは戦争のやめ時をのがしたことになる。これが停戦合意が成立した背景の一つだ。さらに進んで、右派政党がネタニヤフ連立政権から離脱し、政権が倒れるならば、停戦と戦争終息により近づいていく。

　トランプのガザクリーン計画は、民族浄化であり、とんでもないことだ。

４）ウクライナ戦争はどうなるか？

　ウクライナ戦争は、ウクライナを使ったアメリカのロシアに対する代理戦争であり、目的はロシアの弱体化・分割支配だったが、その目論見はまるっきり外れた。戦闘としてはすでにウクライナが負けている。おそらく60万人ほどのウクライナ兵が死に(ジェフリー・サックスによる)、ウクライナ社会は破壊された。

　アメリカ国防総省は、これ以上戦費を投入しても戦況を変えることはできないと認めた。したがって、トランプ政権はディール(取引)としては無駄だと判断し、大統領令でウクライナへの軍事援助を90日間止め、ゼレンスキーに停戦を迫って終息させることにした。トランプ政権にとって、イスラエル・中東がまず第一であって、ウクライナ問題の優先順位ははるかに低い。

　トランプ政権のウクライナ担当ケロッグ退役中将は、ゼレンスキーの大統領任期は切れている、選挙を実施すべきと主張し始めた。あるいはゼレンスキー政権の汚職問題を取り上げている。ゼレンスキーを降ろし、交渉のできる政権に変えるサインだろう。一方で、こんな見込み違いの戦争を始めたのは、バイデンとネオコンの責任だと前政権を非難している。

　ウクライナ戦争を2022年2月24日から語る者は、歴史を知らない。NATOの東方拡大が大元の原因であり、ウクライナはその駒なのだ。

５）ロシアに対する経済制裁は効果をあげなかった、EUの衰退

　実際に、西側はウクライナ戦争を理由にロシアに経済制裁したが、ロシアは短期間で BRICS諸国との交易の転換に成功し、むしろ経済成長している。ロシアと中国はより近づいた。BRICSはアメリカと距離を置き、BRICS中心の経済関係を早急に作り出し、今なお拡大している。決済通貨の構想も浮上している。

　逆に経済制裁に加わったEUは、ロシアとの経済関係を絶ったため、すなわち安価なロシア産ガスと石油を絶ったため、製造業を中心に経済は停滞している。欧州指導者たちは、欧州経済がロシアの安価なエネルギーや資源を基盤にしており、主に中国へ輸出・投資し交易を拡大するという欧州経済の成り立ちを忘れてしまったのである。特にドイツ製造業の停滞が顕著だ。VWはドイツ内の3工場を閉鎖し、化学会社BASFやバイエルンはドイツからテキサスに工場を移転する。しばらくのあいだ、欧州経済の停滞が続くだろう。

　EUでも新自由主義により格差は拡大しているうえ、ウクライナ戦費支出で、人々の不満は増大している。それでも既存の政党、政治指導者らは、いずれトランプのアメリカに従う方向に、すなわち日本のようにアメリカへの従属の道を選ぶだろう。EUで新しい日本化 (Japanification)が進む。それは長期にわたる欧州の衰退の道であるとともに、対米従属の深化である。当面する選挙では、これまでの政権、政党は支持を失い、EU政治は大きく再編されるだろう。もはやウクライナ戦争どころではなくなりつつある。

６）アメリカの世紀の終わり

　トランプが、ウクライナへの軍事支援を減らし、イスラエルに停戦合意を迫ったのは、アメリカの力の低下を認めたうえでの、より現実的な対応への転換である、その必要性を自覚したからだ。アメリカの力は確実に低下した。もはや「中国包囲網」を形成できないことも判明した。クワッドからインドは実質的に離脱している。BRICSへより多くの国が参加している。この流れはもはや変えられない。トランプ政権は、世界の超大国アメリカから、西側(G7＋欧州、豪)内の超大国アメリカへ再編しようとしている。

　中国経済は確実にアメリカ経済を上回りつつある。太陽光発電、リチウム電池、EV、レアアース生産などにみられるように成長は著しい。アメリカは中国に対し最新半導体の輸出規制をかけてきたが、この方策も有効性を失う局面を迎えつつある。生成AIにおいて、アメリカは Chat GPTなどで先に進んだつもりだったが、2025年1月、中国Deep Seekがより優れた生成AIを一部無償で公表した。コストが30分の１だという。最も衝撃を受けているのはアメリカ支配層、IT産業だろう。

７）トランプの関税や経済制裁で、事態は解決できるか？

　トランプは経済制裁や関税でアメリカの覇権を維持するつもりらしいが、関税は一時の対策、時間稼ぎであって、長期的な経済力の低下を防ぎはしない。経済運営については素人だ。コロンビア政府に対して早速、経済制裁し不法移民を送り出さないと強制的に同意させたが、しかし、中国やロシア、インドなどの大国に対して経済制裁で効果を上げることはない。すでに相互に経済関係とサプライチェーンができ上がっており、混乱を引き起こしアメリカ経済に多大な影響を与える。

　長期的には、ドル離れを加速させ、ドルの地位を低下させる。実際のところ、アメリカが経済制裁を乱発してきたため、BRICSや中東諸国はドルから人民元や各国通貨での決済に変えた。そのため、例えばオイルダラーは急速に縮小し、その分だけ米国債の買い手が減った。

８）トランプ政権は何をするか？

　このような変化した世界を感じ取ったトランプ政権は、自国利益優先を露骨に主張し始めた。トランプはアメリカ内の人々から支持を得なければならない。この先、外部への戦争介入を極力少なくし、より「モンロー主義」に傾き、国内整備に努めることになるだろう。それが「Make America Great Again」の意味である。

中国製品に60％、カナダ・メキシコには25％の関税をかけると公言してきたが、導入するとアメリカ経済への影響力が大きすぎることがわかったため、実行できない。

トランプ政権が気まま勝手に声高に命令できるのは、中国やロシアではなく、同盟国であるEUや日本、カナダ、豪などである。「シマが狭くなり力が低下した暴力団本部が、直参の組から上納金を増やす」のと同じで、アメリカはより一層、EUや日本から搾りたてることになる。「カナダを51番目の州にする」、「グリーンランドを買い取る」などの発言は、それを実現するというよりも脅しを伴うディール益を狙っている。

９）日本はどう対応すべきか？

　日本に対しても、同じ態度で出てくるだろう。問題は、日本政府がこれを拒否できるか、である。現状のままでは到底できない。１兆㌦の投資を土産に会談するような石破政権には到底できない。

　米中対立においてはより中立な立場に、戦争ではなく平和、善隣友好の立場に移行しなければならない。アメリカの影響下からより離れなければ、それを意識的に志向する立場に立たない限り、日本に未来はない。BRICSなどとの経済関係拡大を意識的に目指さなければならない。少なくとも、一極(アメリカ)の言いなりになるのではなく、国連憲章を尊重し多極と良好な関係を作り出す方向に転換しなければならない。今や、アメリカの世紀の終わりであり、追随している場合ではない。今こそ、真の意味での日本の独立を確立するときである。(2025年2月9日記)