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●フランス発・グローバルニュースNO.16(2025.1.20)

韓国クーデター未遂と朝鮮半島有事

土田修(ジャーナリスト、元東京新聞記者)

 昨年12月、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「非常戒厳」を宣言し、世界中を驚かせた。尹氏は「北朝鮮の脅威や反国家勢力から韓国を守り、憲法秩序を守るためだ」と説明したが、具体的にいかなる切迫した状況があったのかは明らかにされていない。とりあえず、野党が素早く国会に集結し、与党議員とともに非常戒厳の解除要求を議決したことで、尹氏のクーデターは未遂に終わった。

 尹氏とともにクーデターを画策したとされる金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相や呂寅兄(ヨ・インヒョン)前国軍防諜司令官らが逮捕・起訴される中、静観を続けている軍部の動向に対し疑心暗鬼の目が向けられている。今回のクーデターに軍部が関与していないはずはなく、尹氏らに対する捜査の行方によっては第2のクーデターが起きる可能性も否定しきれないからだ。

 フランスの月刊紙ル・モンド・ディプロマティークのルノー・ランベール記者は「韓国でのクーデター未遂〜ひび割れた民主主義」(同紙2月号=未邦訳)を掲載した。記事によると、尹氏一派は「北朝鮮の脅威」を利用した偽装工作と「北朝鮮に通じている」国会議員の暗殺計画をかなり以前から用意周到に準備していた。昨年10月には平壌上空に3回も軍事ドローンを飛ばしており、北朝鮮の反撃を受けて「非常戒厳」を宣言する手はずだった。同時に韓国特殊部隊が北朝鮮軍の制服を着て、複数の議員を暗殺する準備もしていた。これらは野党議員によって暴露されているというが、暗殺の対象は野党議員だけでなく、与党の韓東勲(ハン・ドンフン)前代表も含まれていたという。

 北朝鮮領内の奥深くまで軍事ドローンを飛ばしていることや、北朝鮮軍の制服を大量に発注していることなどから、韓国軍部が関与していたことは間違いない。韓国には3万人の米軍が駐留しており、有事の際に韓国軍の指揮権は米軍に移行する。尹氏が数カ月にわたってクーデター計画を進めていたことを米国が事前に知らなかったとは思えない。北朝鮮との軍事衝突を利用した偽装工作や暗殺計画、それにクーデターを、バイデン政権は知っていながら黙認したのではないかという疑問が生じる。トランプ次期大統領が北朝鮮に対し融和策をとる可能性もあることから、「反共・反北朝鮮」に凝り固まった尹氏がクーデターという最後の賭けに打って出た可能性もある。

 韓国は1953年の休戦協定以来、北朝鮮と戦争状態が続いており、平和条約の締結の動きは常に米国の妨害で潰されてきた。ルノー記者によると、尹氏は野党議員を「国家の民主主義的自由を覆し、敵国に国を引き渡そうとする共産主義の工作員」とみなし、「北朝鮮の脅威から韓国を守り、反国家的で親北朝鮮勢力を根絶する」ため戒厳令を宣言したのではないかという。パレスチナでジェノサイドを続けるネタニヤフ政権同様、危険なパラノイア(妄想性偏執病)患者が最高権力を握っていたのだ。

 だが、北朝鮮はロシアと包括的戦略パートナーシップ条約を結んでいる。北朝鮮側が「戦略的忍耐」を貫き、韓国側の挑発に応じなかったことからかろうじて軍事衝突を防ぐことができたが、米国と日米安保条約を締結し、集団的自衛権の行使を閣議決定している日本は、朝鮮戦争が再燃すれば米国やロシアとともに戦争当事国になるのは間違いない。

▪️野党を敵視する尹政権の極右的体質

 内乱を主導した容疑で逮捕された尹氏は、保守派与党「国民の力(PPP)」の中でも最も右寄りの極右政治家で、2022年3月の当選以来、財閥の利益を優先し、野党や労働組合を敵視し弾圧する政策を遂行してきた。左派議員の事務所の捜索や訴追を厭わず、労働時間の延長や組合潰しを画策したため、2023年に韓国の主要労働組合が尹政権に「全面戦争」を宣言していた。

 「女性蔑視」の意識も強く、大統領選挙の公約に男女平等を推進する「女性家族省」の廃止を掲げ、20代、30代の男性有権者の支持を集めた。大統領就任後は「女性を優遇する不公平な政策」としてジェンダー平等や性暴力対策関係の予算を大幅に削減し、法律から「女性」「平等」という言葉を削除した。こうした極端な政策に対し野党系を中心に国民の不満は強く、尹氏の支持率は昨年11月には17%にまで落ち込んだ。

 欧州極右も顔負けの労働者と女性に対する“恐怖政治”を遂行した極右政権を、日本のメディアは「日韓関係が改善した恩人」として称賛し、野党「共に民主党」を「反日勢力」と決めつけて攻撃してきた。TBSの松原耕二やテレビ朝日の大下容子ら多くのニュースキャスターは韓国国民の民意を軽視し「日米韓関係の悪化」のみを心配する。テレビも新聞も尹氏の逮捕について「韓国で現職大統領の逮捕は初めて」などといった拍子抜けした報道を繰り返している。「野党勢力が北朝鮮に通じている」という反共主義の妄想に駆られて起こした極右によるクーデター未遂事件の経緯や目的について頑なに沈黙を守り続けている。

 それに対し、ルノー記者は「(尹氏は)野党が支配する国会が政府の予算案を可決しない場合、それは普遍的選挙の原則を否定し憲法を冒涜する行為に当たると考えた」と指摘する。そしてこう続ける。「議員たちが選挙で選ばれた存在であることや、野党が議会で力を持つのは大統領に対する国民の不満が原因であるという事実は、尹氏にとって問題ではなかった。彼にとって議会は自分に従属するか、さもなければ打倒されるべき存在だった」。尹氏はナポレオン3世を模倣したのかもしれないが、クーデターは成功せず、ただの「茶番」に終わってしまった。

 韓国の憲法には大統領に戒厳令を出す権利が明記されている。戒厳令とは憲法を停止し、大統領または大統領が指名する戒厳令司令官に行政と司法の権限を集中する非常措置のことだ。1987年に韓国は民主化したにもかかわらず、軍事政権時代の遺物として「非常戒厳」の規定が憲法に残ってしまった。ただし、国会が戒厳令を否決できることなっている。尹大統領が国会に軍隊を派遣し、国会開催を阻止しようとしたのはそのためだ。

 今回のクーデター未遂事件は、「北朝鮮に対する脅威」をめぐる政治的対立を背景に、1987年の民主化以降も韓国では相変わらず軍部が民主主義の脅威になりうることを浮き彫りにした。韓国が安定した民主国家としてさらなる発展を遂げることは、隣国の日本だけでなく、東アジア全体の安全保障を考えるうえで極めて重要だと思われる。だが、日本のメディアは、韓国の政権が「親日」であるか「反日」であるかに関心を払い、韓国大衆の民意とは関係なく、日韓及び日米韓の良好な関係維持にこだわる報道を続けてきた。

 だが、尹氏は自らの政権維持のため「北朝鮮の脅威」を利用し、偽装工作や暗殺計画を周到に準備した時代錯誤の犯罪者だ。もしクーデターが成功し、北朝鮮との軍事衝突が始まっていたら、東アジアは戦争前夜の状況に陥っていたかもしれない。朝鮮半島有事を含む東アジアの平和を考えるうえで重要なのは、尹氏に対する捜査と弾劾審判が真っ当に行われ、韓国軍部とバイデン政権の関与を含むクーデター未遂事件の全容が明らかになることだ。

 「非常戒厳」に抗議して国会に集まった多くの韓国大衆は、南北対立を煽る極右政権に「ノー」を突きつけた。現在の日本のメディアに課せられた責務は、政治的対立や分断を乗り越え安定した民主主義を望む韓国大衆に向き合うとともに、歴史修正主義や植民地主義のくびきを逃れた真実公正な報道ではないか。


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