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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『アンブレイカブル』(柳広司)
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毎木曜掲載・第338回(2024/3/21)

抵抗者と弾圧者とを描いて危機の時代を浮き彫りにする

『アンブレイカブル』(柳広司、角川文庫、2024年1月刊、780円)評者:志真秀弘

 著者柳広司の『ジョーカー・ゲーム』(2011年、単行本2008年)は、陸軍内に秘密裏に置かれた「スパイ養成学校」が舞台となっている。推理を武器にした頭脳戦が、戦時下を背景に繰り広げられる。緻密なストーリーと抑制された文体とが快い読後感をもたらす。

 今回文庫となった『アンブレイカブル』(単行本2021年)は「雲雀」「叛徒」「カサンドラ」「赤と黒」の四つの章からなる連作短編小説。アンブレイカブルは「敗れざるもの」の意だ。各章の簡潔なタイトルとも重なり、ありきたりではない用意周到なイメージがそれから伝わる。中国侵略(満州事変)に始まり、日本の無条件降伏に終わる、十五年戦争が作品の背景にある。四つの章は、アジア・太平洋戦争の進展に沿うように、時代の順を追って進んでいくが、各章に内務官僚(特高の元締)クロサキがあらわれて主人公を追う。本作は、抵抗者と弾圧者の双方を描く。「暗い時代」をとらえることで、現在の危機もまた浮き彫りにされる。

 第一章の主人公は、北海道拓殖銀行小樽支店に勤務する二十五歳の小林多喜二。内務官僚クロサキは多喜二を罠にかけようとする。多喜二の「一九二八年三月十五日」が載った『戦旗』28年11月号、12月号はいずれも発禁になり、翌年3月には山本宣治が右翼に刺殺されている。多喜二はすでに気鋭のプロレタリア作家として出発している。一方で、「銀行の上司や同僚、女性行員、年少の小使いに至るまで」みなに好かれる、かれは気さくな青年にほかならない。蟹工船の取材のために、週末は、小樽から函館に通う。取材される二人の船員にとってもかれは好もしい存在なのだ。悲劇的な最期によって作られた多喜二のイメージは、この作を読むと転換する。朗らかな多喜二に好意を持った船員二人が、クロサキに対して仕掛けたトリック。その顛末も鮮やかだ。

 第二章「叛徒」は鶴彬を描く。憲兵大尉丸山と内務省高官クロサキの対立は国内の貧窮が深刻なものになり、共産党はじめ抵抗勢力が壊滅した状況を、反映してもいる。丸山は、鶴彬をとらえ「性根」を叩き直して憲兵にしたい。鶴の率直で剛毅な人柄に、丸山は、中国戦線での軍紀の混乱をただす役割を果たさせようと考えている。異母弟である真次の「川柳は十七文字で作る、世界で一番短く、かつ力強い芸術詩です」という言葉も丸山の記憶にある。川島の川柳への理解。それが、弟真次と鶴彬とを二重写しにさせ、クロサキを鶴から遠ざけようとさせたのだろうか。丸山の脳裏に浮かぶ川柳ひとつ一つが、この時代を崩す力を持つ。それを最もよく知っているのは、実は、クロサキかもしれない。

 第三章「カサンドラ」の描くのは、横浜事件。泊温泉での懇親会の一枚の記念写真が共産党再建準備委員会の証拠とされ、写真に写った細川嘉六をはじめとした人々が次々に横浜警察署に逮捕拘留される。事件の背景には近衛内閣をめぐる権力内部の暗闘がある。「カナトク」(神奈川県特高)はクロサキさんの言ったとおり「第二のゾルゲ事件」だと色めき立つ。ゾルゲ事件は、1942年5月「国際諜報団検挙」と初めて報ぜられた。中央公論社に勤める和田喜太郎は周りの木村亨はじめ編集者が次々に姿を消すことに恐怖を覚え、かねて「政治経済研究会」で知り合った満鉄東京支社に勤務する志木裕一郎と暗号文で連絡を取る。が、和田も志木も逃れることはできそうにない。

 第四章「赤と黒」はとらえられた三木清とクロサキの対決が焦点と言える。三木清の人間性、その輝きこそ、著者が訴えたかった最大のことかもしれない。1945年3月15日、東京大空襲によって東京の約4割は灰燼にきした。その直後に釈放された党員のタカクラテルは三木に助けを乞い、三木は快く応ずる。クロサキは、三木が治安維持法によって逮捕されることがわかっているのに、なぜ援助したかと問う。三木は困っているひとに助力を求められたら、助けるのは当然のことだと答える。「人間はアカかクロかで仕分けされるような単純な存在ではない。もっと複雑で全宇宙にも匹敵する存在だ。だからこそ人間には、思想や信条、立場を超えて、互いに手を差し伸べあうことができる」と説く。

 本作は、実在した人と実在しなかった人びととが作中で一体となり、生き生きとした現実性を獲得している。三木の言葉も、今を生きるものに深く届いてくる。

〈付記〉著者の最近作2冊もぜひ一読を。『南風(まぜ)に乗る』(2023年3月、小学館、1800円)は不屈の政治家・瀬長亀次郎と反骨の詩人・山之口貘を沖縄の戦後史のなかに描いた作品。『太平洋食堂』(2023年2月、小学館文庫、950円)は大逆事件に囚われた紀州のドクトル大石誠之助が主人公。ユーモアに満ちた人柄が行間に溢れる。


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