投稿：IＣＪの暫定措置に思う／虐殺容認の欧米諸国の欺瞞

投稿者：吉原真次

IＣＪの暫定措置に思う/虐殺容認の欧米諸国の欺瞞

　1月26日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所（ＩＣＪ）はイスラエルのパレスチナ自治区ガザ地区（ガザ地区）での戦闘を巡りイスラエルに対して暫定措置（仮処分）の実行を命じた。

　これは昨年12月29日、南アフリカがガザ地区に対するイスラエル軍の大規模攻撃をジェノサイド（集団殺害）条約違反として提訴した事を受けての裁定、内容は①ジェノサイド条約第２条の集団殺害行為等を阻止する全ての措置を採る、②直ちに軍が①の行為をしないようにする、③集団殺害行動の扇動を阻止、処罰する全ての措置を採る、④基本的サービスと人道支援ができる効果的措置を直ちに採る、⑤ジェノサイド条約２～３条違反の証拠を保全する、⑥この命令の実行状況についての報告書を１カ月以内に提出するという６項目からなる。

　暫定措置が出た理由として、昨年10月７日の「アクサ―の嵐」以降イスラエル軍の攻撃によりガザ地区で２万5000人以上が死亡し６万3000人以上が負傷、約170万人が家を追われ食料や水、電気のない生活をしていることをＩＣＪが重視したもので、ＩＣＪ裁判官と原告の南アフリカそして被告のイスラエルが選出する各1名の国籍裁判官を加えた計17名の裁判官のうち、15名が暫定措置の全項目に賛成し、イスラエルの国籍裁判官で元司法長官のアバロン・バラクも③と④の項目に賛成せざるを得なかったことはガザ地区の人道危機の凄まじさを物語るものだ。ＩＣＪはガザ地区で住宅や学校、病院等の公共インフラが破壊され、ネタニヤフ首相が戦闘の長期化を公言していることを踏まえ人道危機の長期化が見込まれることを考慮し、回復不能な損害を与える危険性を危惧して審理開始後の早い段階で暫定措置を命じた。

　南アフリカが求める即時停戦には踏み込まなかったが、ジェノサイド条約は集団殺害を禁止するもので紛争を止めさせる機能は持たない。またガザ地区への攻撃を国連憲章51条の自衛権に従った武力行使と主張するイスラエルに配慮、短期間でジェノサイドか否かの判断をすることが世界的に重大な影響を与えかねないことをＩＣＪは危惧し、ハマスが拘束する人質の即時解放も求めるなどイスラエルの自衛権を認めている。

　しかし、暫定措置の⓶は即時停戦を意味するもので国連常任理事国アメリカの反対により阻止されていた停戦への動きに風穴を開けるものとして各国から歓迎の声が上がっている。ハマスは1月26日に「ジェノサイドの犯罪を非難し、ガザの包囲を解除するよう求めた。」と歓迎する声明を出し、エジプトやトルコ、サウジアラビア等の中東諸国そしてスペインはＩＣＪの決定を称賛、暫定措置を「政治的利用」と非難したドイツが加盟するＥＵ（欧州連合）は「即時に全ての項目が効果的に履行されることを期待する」との声明を出した。日本でも２月５日に在日パレスチナ人と支援者が作る「パレスティアンズ・オブ・ジャパン」、有志の学生・若者が結成した「パレスチナを思う学生・若者有志の会」から抗議を受けていた伊藤忠商事が、子会社を通じイスラエルの大手軍事産業のエルビット・システムと結んでいた協力関係の「覚書」の終了を発表、運動の後押しとなっている。

　最大の懸念である停戦要請がなかったことに胸をなで下ろしたネタニヤフ首相は、1月26日に暫定措置で指摘されたガザの人道支援拡大に取り組むことを表明、閣僚に虐殺の扇動と捉えかねない発言を控えるように要請するなど素早く対応、２月26日には詳細は明らかにしないもの報告書をＩＣＪに提出した。しかしガザ地区に対する封鎖と攻撃の手は少しも緩めていない。

　「アクサ―の嵐」以降、ガザ地区への電力供給の停止が依然として続き、水の供給は一部で再開されたが空爆で水道管が破壊され用をなさない。昨年10月から12月までは要請した回数の８割が許可されたガザ北部への燃料供給は37回もの要請の内で許可されたのはわずか２回。２月20日時点でのガザ地区への食料搬入は「アクサ―の嵐」以前の６分の１となり、１月27日から２月1日までの人道物資を積んだトラックの搬入は1日平均で93台と、１月１日から26日までの平均147台を大きく下回っている。戦闘開始前に1日約500台のトラック搬入でも人口の約半分が食料を手に入れることができなかったことを考えれば、封鎖強化はガザ地区住民を飢え死にさせるもので、２月25日、イスラエルに食料搬入を拒否され続けているＵＮＲＷＡ（国連パレスチナ難民救済事業機関）ラザリ―ニ事務局長は「これは人災だ」と述べているが、同日にガザ地区北部で生後２カ月の乳児が餓死して以来、乳幼児の餓死が続発している。３月17日にＵＮＲＷＡが北部では２歳未満の子供の３人に1人が深刻な栄養失調に陥っていると発表、米ＣＢＳの番組でユニセフ（国際児童基金）のラッセル事務局長は1万３千人以上の子供が死亡したことを明らかにした。

　餓死寸前のガザ地区住民をイスラエルは追い詰めている。1月中旬から2月までイスラエル軍による支援物資を求める住民に対する攻撃が14件確認され大半で死傷者が出ている。２月29日にガザ地区北部で人道物資を求めて押し寄せた住民にイスラエル軍戦車が発砲し112人が死亡、760人が負傷する惨事が引き起こされ、３月21日には北部のシファ病院が攻撃されて140人以上が殺害された上に600人が拘束された。

　ガザ地区の人道危機が深刻化するにつれ、親イスラエルの欧米諸国はイスラエルに自制を求め、ガザ地区への人道物資輸送を行い、３月８日にＵＮＲＷＡへの資金拠出を再開したカナダに続いて15日、22日にはオーストラリア、フィンランドが資金拠出を再開したが、それは国内外の批判の目を逸らす欺瞞に他ならない。

　11月に大統領選を控えるバイデン米大統領は、２月27日のミシガン州・民主党大統領予備選挙で「支持なし」が13、2％になったことを危惧し３月２日にガザ上空から人道物資を投下、７日の一般教書演説ではイスラエルに人道支援や民間人の保護を優先するよう強く求めた。米大統領として初めて自らをシオニスト（ユダヤ民族主義者）と公言したバイデンの豹変ぶりだが、肝心の軍事援助停止には踏み切っていない。米国は国連安全保障理事会（安保理）に「停戦は不可欠」とする決議案を提出、25日の国連安保理ではガザ地区での即時停戦を求める決議案採択を棄権した。これまで４度にわたり拒否権を使い否決に追い込んできた米国の方針転換の様に見えるが、米ホワイトハウスのカービー広報補佐官は「拘束力がない」と発言している。

　世界はこれらの欺瞞を見抜いている。２月12日に南アフリカはガザ地区南部ラファを巡りイスラエルに攻撃停止を命じるようＩＣＪに要請、３月１日にはニカラグアがイスラエルを支持しＵＮＲＷＡへの資金援助を停止したドイツをガザ地区でのジェノサイドを幇助したとして、ＩＣＪに提訴し法廷での審理の前にドイツに対する暫定措置を直ちに命じるよう求めている。昨年12月７日にドイツ首相として初めてユダヤ教の祭り「ハヌカ」に献灯したショルツ首相も世界の批判を免れることはできない。

　余談だが、南アフリカの与党ＡＮＣ（アフリカ民族会議）は長い間アラブの大義を支持しイスラエルと協力関係にあるアパルトヘイト政権に対する自らの闘いとしばしば結び付けてきた。有名な故ネルソン・マンデラ元大統領の発言「南アフリカの自由はパレスチナ人の自由なしには完全ではない。」はそれを物語るものだ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（３月27日）