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ドイツ・ベルリンから〜「平和の碑」が訴えるもの

金子通

 昨年11月、韓国の高等裁判所が日本政府に対し、「慰安婦」被害者(サバイバー)への日本政府の損害賠償を求める判決を出したことについて、日本国内では、日本政府の国家主権免除の主張を当然視する報道が目立った。
 その一方、世界の様々な国には、日本政府からの撤去要請を受けながらも、「慰安婦」被害者を記録し追悼する「少女像」や「平和の碑」等が建立され、関連イベントが継続的に開催 されてきた。
 第2次世界大戦におけるナチス・ドイツの戦争犯罪と戦争責任に向き合ってきたドイツでも、ベルリン市ミッテ区に「平和の碑」が建てられ、日本の戦争犯罪にも関心が向けられた。
 そこで、ドイツ・ベルリンに在住の「ベルリン・女の会」のメンバーである梶村道子さんにお話を伺った。


*2022年11月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際 デー)

******************************

――梶村さんがベルリン市ミッテ区の「平和の碑」をめぐる様々な動きに関心を持たれて関わるようになったきっかけは、何だったのでしょうか。

(梶村)私が関わるようになったきっかけは、2020年、「平和の碑」が区の認可に従って設置された直後に、そのミッテ区が撤去を命じたことでした。
 ことが外交問題になるや否や、ミッテ区は自ら下した認可を急遽取り下げて、プレスリリースでこう書きました。
 「碑は、もっぱら、第2次世界大戦中の日本軍をテーマにしている。これは日本で、またその地方レベルでも、そしてベルリンにおいても困惑をもたらしている」
 そこで私は、それとは見解の異なるベルリン在住の日本人の声を届ける必要があると考え、日本人の友人4人で、区長宛てに認可撤回と撤去命令に抗議する公開書簡を認め、送り届けました。その写しは、区の参事会メンバー4人(区長と共に区行政を担当する各部署の長)と区議会の各党派にも送りました。
 ベルリン在住、在独、在欧の、さらには日本からも、合わせて340人もの人たちが、この公開書簡への賛同署名を寄せてくれました。 ベルリンでは、以前から、ベルリン在住の日本人女性で作る「ベルリン・女の会」と韓国系女性団体の「在ドイツ韓国女性会」との間で交流があり、「慰安婦」問題にも共同で取り組んで来ました。この時は、この公開書簡とは別に、「女の会」の有志も、区長宛の抗議メールを送っています。

――2022年には「平和の碑」の設置認可が延長されましたね。
  (梶村)「平和の碑」設置を決める権限があるのは、ミッテ区です。ミッテ区議会は、2020年11月に「平和の碑」支持を宣言し、さらに同年12月には、恒久設置を区に求める決議を出しました。
 そこでは、「今後、恒久設置に向けて区が設置者と協議をすること、そしてそれには区議会を関与させること」を求めており、この決議がベースになって、その後も区議会で議論され、現在に至るまで設置が維持されています。

――「平和の碑」の設置許可が延長される際、韓国の極右団体が「平和の碑」撤去を求めるデモを行いましたが、地元メディアの報道はどのようなものだったのでしょうか。

(梶村)大半のメディアは関心を示しませんでしたが、地元紙のtaz紙だけは取り上げていました。韓国右翼のデモに対しては、近隣地域の人たちや市民運動関係者が100人ほど集まり、対抗デモを行いました。主催はコリア協議会です。


*2022.6.26「韓国右翼対抗デモ」

――「平和の碑」の永久設置に向けて、まだ見通しは不明瞭なものと存じますが、ミッテ区議会では、どのような議論が行われているのでしょうか。

(梶村)残念ながら、永久設置までの見通しは立っていません。
 区議会では2021年4月に、新たな決議を採択しました。それは、戦争時における女性への性暴力に警鐘を鳴らし記憶する碑を恒常的に設けるべく、ベルリン市と区と区議会が設計競技を催すよう、区に求めるというものです。これについては、その後、市の文化省と区の間でやりとりがあったようですが、結論は出ていない模様です。
 しかし、国際女性デーなどの記念日には、ドイツ在住の様々な女性団体やコリア協議会などが、「平和の碑」周辺でイベントを開催しています。これらイベントには、現職のミッテ区の区議会議員が参加することもありました。
 (下写真:「2023年6月19日の紛争における性暴力根絶のための国際デー」)


*左派党

*社会民主党

*緑の党

――「平和の碑」の碑文には「『慰安婦』と呼ばれる女性たちの苦しみを記念するものであり、1991年8月14日に沈黙を破って、このような犯罪が世界中で繰り返されることのないよう声を上げているサバイバーの勇気を褒め称える」と刻まれています。ドイツにおいて、「平和の碑」が設置されている意味はなんでしょうか。

(梶村)「平和の碑」からは、観る人が様々な気づきを得ているようです。
 ミッテ区について言えば、碑の恒久設置を決議した区議たちにとって「平和の碑」は、戦時性暴力に対する認識を深めるきっかけになったと言えます。通りがかりに碑文に眼をとめた女性が、第2次世界大戦直後のベルリンで起きたソ連兵による集団強かんを思い起こした、という話も聞きました。自国の歴史を振り返る機会にもなっているのですね。

――梶村さんが「wamだより」に連載中の「ベルリンからの風」には、ミッテ区以外の地域での「平和の碑」の設置や撤去問題がいくつも出てきますが、ドイツでの「平和の碑」の設置運動は他の国々と比べてかなり活発のように感じます。これはなぜだと思われますか。

(梶村)ドイツは、移民系のコミュニティーが非常に多い国です。
 2022年3月、ミッテ区内のタウンミーティング「我が街散策」がありました。その訪問地点の1つに、「平和の碑」が建つ交差点が選ばれました。この「我が街散策」は、ベルリンの各行政区が実施しているプログラムで、区の都市計画や文化・社会政策の上で検討すべきテーマを選び、政策担当者が区民と一緒に街をまわるというものです。この時は、ミッテ区の都市計画担当責任者であるゴーテ副区長が、区民とともに5カ所のテーマポイントをまわりましたが、そのうちの3ポイントが移民系区民による活動でした。この日のプログラムでは、コリア協議会は、この地域における反レイシズムへの啓蒙と教育活動を行う団体として紹介されていました。


*2022.3.9「タウントーク」

 「慰安婦」関係の碑はアメリカにはもっと多く、しかも2010年頃から建てられています。碑の形も、ソウルに建てられた「平和の碑」と同じものばかりではありません。アメリカには韓国系やアジア系コミュニティーが多くあります。そのコミュニティーに属する人たちが、自分たちの生活の場で出自の歴史を記録したいと思うようになるのは自然なことでしょう。
 ドイツの韓国系コミュニティーにしても、それは同じことだと思います。ドイツでも、特に旧西ドイツでは、1960年代後半以降、炭鉱労働者や看護士として契約労働で送り込まれてきた人たちが定住して、韓国系コミュニティーが各地で生まれました。

――アジア各国の「慰安婦」被害者(サバイバー)の生涯をかけた闘いを、ドイツの女性たちはどう受け止めてきましたか。ナチズムによる戦時性暴力も問題になったと思いますが、その戦争犯罪の加害責任を問う時に、何らかの影響はみられませんか。

(梶村)戦後のドイツは、ナチズムとナチスによる支配と犯罪を問うてきましたが、国防軍の犯罪が問われ出したのは、1990年ごろからです。植民地支配責任についても、ドイツの取り組みは遅れています。ナチスや国防軍による性暴力も、積み残された問題の一つです。この問題は専門家の間では扱われてきましたが、全社会レベルで取り上げられて国や軍の責任が問われるというようなことにはなっていません。
 戦時性暴力の研究者はいますが、その人たちと日本軍「慰安婦」問題との関わりについては、私は、少数例を除いては知りません。レギーナ・ミュールホイザーさんは、学生時代に韓国のサバイバーのカミングアウトを知って韓国に行き、報告書も出版しました。彼女はその後、戦時や紛争時の性暴力を自らのテーマにして現在まで研究を続けています。著書「戦場の性 独ソ戦下のドイツ兵と女性たち」(岩波書店)が邦訳されています。また、「ナチズムと強制売春ー強制収容所特別棟の女性たち」(明石書店)の著者であるクリスタ・パウルさんは、日本語版への序文で、日本軍性奴隷制のサバイバーを支援する運動を「感嘆の思いで見守ってきた」と書いています。

 現在の戦時性暴力に取り組むドイツの女性たちの中には、「慰安婦」問題に関心を示す人たちがいます。メディカ・モンディアーレ(旧ユーゴ紛争時に、ボスニアにおける集団強かんの被害者を救済するためにできた組織)は、東京で行われた2000年女性国際戦犯法廷に参加者を数人送っています。また、移民ルーツのマイノリティーの女性たちにとっては、その出身国で現在起きている武力紛争の渦中で女性たちが被る性暴力の問題と「慰安婦」問題とは、無関係ではないのです。だから彼女らは、日本軍「慰安婦」メモリアルデーなどのイベントにも参加してスピーチをしてくれます。しかし、ドイツ全般を見渡すと、「慰安婦」問題を知らない人 の方が圧倒的に多いのが事実です。

――「慰安婦」被害者が相次いで亡くなられている中で、証言者なき後も記憶の風化を避けるために、私たちの役割が求められていますね。

※写真はすべて、2024梶村道子.All Rights Reserved


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