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毎木曜掲載・第302回(2023/6/8)

書によるカウンセリング

『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(東畑開人、新潮社)評者:わたなべ・みおき

 2019年『居るのはつらいよ』で大佛次郎論壇賞を受賞した臨床心理士による、書によるカウンセリングの本である。読みながら、映画『千と千尋の神隠し』に出てくる「カオナシ」のことを思い出した。悪さばかりして人を困らせ嫌われていたカオナシは、物語の最後に編み物をするおばあさんのために両手で毛糸をもってあげるという役割をみつけ、ようやく穏やかになる。

 かつてのように、家族や地域、職場や労組などの「大きな船」に乗って守られていた時代が去り、いまや私たちは一人ひとりが「小舟」に乗って大海原に漂っているような状況だ。もちろん、守られている一方で自由は限られていたのだけれど、今はある意味自由ではあるがすべてが「自己責任」と思わされてしまい、自分の身は自分で守らなければならないと戦々恐々としている。正社員になれるかどうか、なっても生き残れるかどうか…。勝ち組、負け組という言い方に象徴されるように、大きな船に乗って、多少怠けたり、時に体調を崩しても守られているという安心感は、今やごく限られた人にしか許されないものなのかもしれない。

 そうした社会の仕組み自体を変えるための行動ももちろん大切だが、今現在、大荒波にもまれて沈みそうになっている人にとってはまず、航海の仕方=自分の心を守りつつ、世の中を渡るための技術が必要だ。

 本書で、読者はミキとタツヤというモデルのエピソードを通じて著者とともに大海原という社会を航海していく。

 航海の技術として「補助線」がいくつか提示されるが、その一つ、「馬とジョッキー」は、心の傷ついている部分を馬に、それをコントロールする部分をジョッキーに例える。現代は自分をコントロールできる自立した人間であることを「善き生き方」とする。自分のコントロールの及ばない他者に頼らず、すべて自分でコントロールできる方がリスクは少ない。だがその結果、心は孤立し、苦しくなってしまう。馬のように他者を求める依存的な部分も必要で、「馬とジョッキー」のバランスをどうとるかが大切だという。

 また、「働くことと愛すること」では、金銭のやり取りにとどまらない「働くこと」、例えばカオナシが両手で毛糸を持ってあげるなど、どんな小さなことでもよい。人と関わり、人の役に立つことで自分の存在が肯定され安心感が得られて初めて、他者は敵ではないと知り、孤立することを防ぐと説く。

「孤立とは一人でぽつんといることではありません。それは心の中で敵たちに取り囲まれていることなのです。」

 世の中は白か黒かに二分できない灰色の部分が多いのだから、自分の中に複数の声があることを許し、ああでもないこうでもないと時間をかけて考えることを続けよと著者はいう。「幸福とは何か。複雑な現実をできるだけ複雑に生きることである。」

 私はこの本によってカウンセリングを受けたような気持ちになった。

 生きづらさを感じている方は、この、ある意味当たり前ともいえる帰結にたどりつくまでの航海に、乗り出してみてはどうだろうか。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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