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毎木曜掲載・第301回(2023/6/1)

命は平等って、ほんとうですか?

『爆弾』(呉 勝浩 著、講談社、1800円)評者:大西赤人

 大西の父親は世間一般にポピュラーな書き手には遠かったが、それでも文学を志す未知の人物から、自費出版の著作などが送られてくることは時おりあった。ある日、そんなふうに届いた一冊を眺めていた父親が、怒ったように、呆れたように、その一節を読み上げた。正確には覚えていないけれど、登場人物(主人公?)が断崖の突端に立ち、手にした原稿だったか本だったかを読むという場面で、✕✕は原稿用紙を(ページを)メラメラとめくった瓩判颪れているというのである。爛瓮薀瓮蕕辰董帖牒瓩班秧討篭貍个靴董以降、色々な人に向かってこの話を何度もしていた。

 今になって振り返ればなかなか斬新(笑)な表現のようにも思われるけれど、父親としてはどうにも許容しがたかったのであろう。文章とは読み手と書き手との間における一定共通の基盤・ルールの存在が前提であり、勝手な言葉を持ち込んでも十全のコミュニケーションは成立しない。古い話ではあるものの、久米正雄の「微苦笑」、三島由紀夫の「よろめき」のような造語の定着は、所詮レア・ケースに過ぎまい。

燹悗海離潺好謄蝓爾すごい!』(宝島社)、『ミステリが読みたい!』国内篇(早川書房)で驚異の2冠!!瓩箸い惹句についつい誘われ、本書『爆弾』を手にした。著者の作品は初めてだったが、江戸川乱歩賞、日本推理作家協会賞なども受賞した気鋭の人である。読みはじめた直後、「西日が、ごてごてしいビルを赤く染めつつあった」という一文に出くわした。「ごてごてしい」……。しばらく行くと、もう一つ、「商店通りのもっともにぎやかしい場所に当たりをつけ」との似たような描写にぶつかった。どちらも意味は判らなくはないし、「しい」を付けて形容詞的に活用しているのであろう。ただ、些事とはいえ、本に向かう気持ちを殺がれたことは否みがたい。雑誌掲載を経ての単行本化だが、編集者も一言しないものなのだろうか?

 そういう表現が続出するわけでもないので、もちろん、気を取り直して読み進んだ。物語は、些細な傷害事件で連行されたものの人畜無害そうな「スズキタゴサク」と名乗る中年男が、取調べ中に「十時に秋葉原で爆発がある」と猴集性瓩垢襪海箸ら始まる。その通りに秋葉原の廃ビルが爆発し、男は「ここから三度、次は一時間後に爆発します」と言葉を継ぐ。どこかに仕掛けられている爆弾の爆発と犯人の究明・自白とがタイム・リミットの中で争われる――そういうストーリーは珍しくないだろう。しかし、本編の場合、スズキの背景が全く不明であり、しかも彼は真犯人に催眠をかけられて記憶を失っていて、ただ霊感によって爆弾に関する情報の一部を警察に伝えることが出来る体《てい》であるという犒觜臭瓩、話を複雑にしている。

 スズキは爆発を予告するけれども、正確な時間や場所は口にしない。彼が真犯人であるかどうかは措《お》くとしても、明らかに一種の愉快犯である。彼に真相をしゃべらせようとして、何人もの刑事が立ち向かう。多くの場面が取調室の中であり、彼らの発言、刑事の内面心理の描写が続く。スズキは爆弾に関して「謎」を出し、それを解いてみろと饒舌に挑戦する。次第に爆発規模が大きくなって死者も出てくる中での彼らの知恵比べ的なやりとりはいささか現実離れしているけれど、この過程で提示されるスズキの論理ゲーム、思考実験的命題は、意外に考えさせられるものがある。

 彼は「命は平等って、ほんとうですか?」「わたしとビル・ゲイツを比べておなじだなんて、誰も思うわけがない」と問いかけ、「社会的地位と、命はべつです」と刑事に返されると、「船が沈没したとかそんな状況で、海に投げだされた人のなかからボートにひとりだけ乗せること」が出来たら、「わたしと奥さんなら、奥さんを助けるでしょう?」「似たようなこと、どこでも起こっているでしょう?」「あらゆる場所で、あらゆる人が、いつもいつも、他人の命のランク付けにいそしんでいるんです」と断言する。あるいは、「わたしたちの人生は、自分が死ぬまでつづくんです。誰かが死んだってつづくんです。欲望が尽きないかぎり、おもしろおかしくつづけることができるんです。そして自分が死ねば、ぜんぶ終わりです。その先はどうでもいい。わたしの知ったことじゃない」と言い放つ。

 これらのスズキの問いは、いわゆる「トロッコ問題」(詳細は略すが、ある人を助けるために他の人を犠牲にすることは許されるかの倫理学上の課題)の延長ないし派生のように見える。大西自身、子供の頃から猯梢討危機に瀕して、誰か一人だけ助けられるとしたらどうするだろう? 自分も含めて一人だけだったらどうするだろう?瓩箸いΔ茲Δ兵問自答をしばしば行なっていたものである。作者は、この昔ながらの問題をエンタテインメントの枠の中で論じようとしたように思われる。人間の本音を引き出そうとするスズキの生硬な問いに対して、安易で無難な――テロ事件が起きると必ず枕に猖塾呂老茲靴撞されないが瓩肇察璽侫謄ー・ネットを張ってから論評を始める識者のような――回答は力を持たない。あくまでも「正論」で対することには限界があり、刑事たちが言わば彼スズキの側に取り込まれかけて行く中で、作の冒頭から無関係に登場し、直接に接触することもない大学生・細野ゆかりが、結果的に一つのアンチ・テーゼ、解として描き出される。その様子に安堵する読者もあろうし、ミステリとの結末としては不満を抱く者もあり得るだろう。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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