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毎木曜掲載・第277回(2022/11/17)

海をこえる協働をうみだした力

『ウトロ ここで生き、ここで死ぬ』(中村一成、三一書房、2800円)/評者:志真秀弘

 京都府宇治市伊勢田町ウトロ。本来の地名は宇土口だったが「口」をカタカナと思い込んだ役人の誤記で通称化し、1951年の宇治市発足時までには正式な地名となったという。1940年代初めに日本政府は「京都飛行場」建設を進めるために朝鮮人労働者たちを集める。建設飯場に作られたウトロの朝鮮人集落は敗戦ののちも抑圧、貧苦、民族差別に耐え、根こぎにされそうな危機をも克服し、現在まで80年の年月をしのいできた。

 在日3世の著者がウトロの取材をはじめたのは2000年の春。その時ウトロ住民は「建物住居土地明け渡し」訴訟を起こされ、高裁で敗訴し、最高裁に控訴中だった。

 20年を超える取材に裏打ちされた描写と住民一人ひとりの臨場感に富む語りとで、本書はウトロの在日1世たちに始まる労苦に満ちた生活を、あざやかに再現している。それだけではない。在日朝鮮人の苦渋に満ちた闘いの歴史も同時に浮かび上がってくる。

 冒頭の文光子(ムングァンジャ)と姜景南(カンギョンナム)二人の女性の語りは、文字通り身世打鈴(シンセタリョン)だ。朝鮮半島から日本へ、そして各地を移り住みウトロへ。二人の道のりの節々に日本政府の仕打ちと酷薄な日本社会とが浮かびあがる。現在の朝鮮学校の無償化拒否の問題ひとつとっても、それは戦後政治の歴史そのものにかかわる。植民地主義を正面から克服しようとしなかった政治、そしてそれを変えられなかった日本社会のありようとが複合して、在日朝鮮人のあらゆる困難の根っこにある。

 語りと歴史を交差させながらウトロに生きる人たちの人間性も浮き彫りにされる。批評性を内在させた本書は第一等の優れたルポルタージュである。

 昨年8月30日ウトロが放火された事件はまだ記憶に新しい。年末に逮捕された被疑者は、朝鮮・韓国人に対する差別意識からの犯行であったことを、法廷で平然と主張した。徴用工問題、従軍慰安婦問題をはじめ、アジア太平洋戦争における責任を日本政府が認め、旧植民地そして被侵略国民衆の納得が得られるまで補償・謝罪することを抜きに、こうした犯罪はなくならない。民族主義・排外主義を国家と一体のイデオロギーとして振りまいた、足掛け10年にわたる安倍政治の罪を思わないわけにはいかない。

 この本は、同時に民衆が未来を切り開く力のあることを示している。

 「建物住居土地明け渡し」訴訟は2000年11月に最高裁で棄却されウトロ住民は敗訴した。全てを土地所有問題のみに帰して、歴史を一顧だにしない判決だった。

 闘いは、だがそこから海を越えて広がっていく。2001年国連人権規約委員会が差別是正を勧告したのを手がかりにして、2004年韓国で開かれた「日中韓居住問題国際会議」に参加してオモニたち4人がウトロの実情を訴えた。韓国は民主化から11年たち金大中政権の時代になっていた。翌年韓国のNGO-Korean International Networkのメンバーがウトロを訪問し聞き取りを進める。帰国後、かれらは日本政府そして韓国政府も動こうとしないのを見てとると募金活動を開始する。募金活動は日本でも朝鮮総連、日本人支援者によって取り組まれた。さらにウトロには国連人権委員会のドゥ・ドゥ・ディエン(セネガル出身)が訪問。韓国の市民運動はさらに政府への働きかけを強め、最終的には30億ウォン(当時3億8千万円)の土地買取の予算が組まれた。盧武鉉政権最後の仕事とされる。 いまウトロは第1期40世帯の市営住宅が並び、今年の4月には「ウトロ平和記念館」もオープンした。

 海を超えた協働を著者は「小さな『統一』」と呼んでいる。ウトロに生まれた「小さな共同体」は海を越える大きな協働を生み出した。本書はその細部までを歴史のなかに描き、読むものを力強く励ましてくれる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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