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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『聖職と労働のあいだー「教員の働き方改革」への法理論』
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毎木曜掲載・第267回(2022/8/25)

教員の働き方と子どもの教育への権利

『聖職と労働のあいだ—「教員の働き方改革」への法理論』(高橋哲著、岩波書店、3520円)評者=志水博子

 タイトルからして難しそうに思われるかもしれないが、帯にはこうある、「教師が教師であり続けるために。子どもと向き合い続けるために。 まさに本書はそのために書かれた本といえるだろう。昨年、大阪市立小学校校長が松井大阪市長に宛てた「提言」が話題になった。今、本当に、教師が教師であり続けることは難しい。そして、教師にとって肝心要の子どもと向き合い続けることがこれほど困難になったこともかつてなかったかもしれない。

 近年、過労死の問題をはじめ、官民問わず「働き方」が問題になって久しい。そのひとつが「残業」であろう。残業が当たり前の「働き方」は民間企業であろうが公務員であろうがどう考えてもおかしい。本書は、公立学校教員の「働き方改革」の問題について法的な側面から書かれたものである。が、冒頭に書いたように教育論ともいえる。本書の冒頭のエピソードがそれを端的に物語っている。

 軽度の特性のある小学6年生の教師の対応をめぐって、保護者はその特性をわかってほしいと訴えるが、それに対する教師の答えは「配慮が必要な子たちは他にもいるので、○○くんだけを構うわけにはいかない」というものだった。保護者は、なぜわかってくれないのかと教師や学校への不信を募らせる。*写真=著者の高橋哲氏

 こういった出来事はおそらく多くの学校で起こっているだろう。これは公教育における重要な問題である。著者は、この問題を教員の意識か権利かの二項対立の問題として捉えるのではなく、そのどちらかを選ばざるを得ない構造の問題として捉える。それゆえ教師の置かれている状況を労働法諸制度から検討する。それはそのまま子どもの教育の権利の保障につながるはずである。

 そこで、著者が俎上に載せるのは、近年社会問題となりつつある「給特法」という法律である。1971年に制定された、公立学校の教員の給与について定めた「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」というのが正式名称である。どんな法律か一口でいうと、教員の仕事は他の仕事と異なり勤務時間の管理が難しいので、残業手当を支給しない代わりに給料月額の4%を支払いましょうというものである。中にはこれを「定額働かせホーダイ」と呼ぶ人もいる。本書では、「給特法」誕生のプロセスから、その後の新自由主義改革がもたらしたもの、制定から半世紀が経過し矛盾をきたした「給特法」の問題、さらには2019年改正「給特法」の混迷ぶり、そして、その折々の政治的判断や決着、それらが丁寧に説かれている。この点では、労働の問題はやはり政治抜きには考えられないと感じた。今、教員の働き方改革をめぐって、この「給特法」を廃止するか改正に留めるか、取り沙汰されるが、著者は「給特法」の改廃だけでは教員の働き方の問題を解決することはできないという。それよりも教師が子どもや親の要求に応えることを可能にするような教育条件を整えていくことが何よりも必要だと。

 私たちは目前に今すぐにでもどうにかしなければならないことが山積していると、それに対処するまあまり、一番肝心なことを見失ってしまうことはありがちだ。たしかに、給特法改廃の問題以上に、教師が子どもに向き合い、教師という本来の仕事を取り戻すためにはどのような法整備が必要か、腰を据えて考える必要があるということかもしれない。

 それを考える上で、著者は2つのオルタナティブを紹介する。ひとつは、残業代が支払われない労働環境にやむにやまれぬ思いからたったひとりで起こされた埼玉教員超勤訴訟について。給特法にある「超勤4項目」以外の業務が「労基法上の労働時間」に該当するのか、またそれが労基法32条違反に該当するのか、初めて裁判所に問うた訴訟である。なんと明日(8月25日)、高裁判決が示される。この訴訟の魅力は、「公共訴訟」といえる点、すなわち「訴訟を通じて社会を変える」というモデルの一つとして行われているところか。これが教育政策形成につながる可能性もあり、おおいに注目したい。

 もうひとつは、アメリカにおける教員の勤務時間管理方式。ここでは労使自治すなわち組合がどれだけ交渉できるかが問われる。教員の労働条件をめぐる決定権が地方自治体に広範な裁量に委ねられている以上、今後教育委員会との交渉が教職員労組にとっても大きな課題であると著者はいう。

 本書には、教員の働き方の問題とは、長時間労働をめぐる問題にとどまらず、子どもの成長、発達への権利をめぐる問題であることが一貫して書かれている。教育論というのはそのためだ。ならば、私たちはそれを共有する必要がある。教員をはじめ教育関係者だけではなく、広く保護者や一般市民に読んでほしい一冊である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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