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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』
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毎木曜掲載・第190回(2021/2/4)

「わからない方がいいこともある」

『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(河合香織 著、文藝春秋、1700円)評者:大西赤人

 「出生前診断(しゅっしょうまえしんだん、または、しゅっせいぜんしんだん)」とは、元々、胎児の診断を目的として妊娠中に行なわれる様々な検査の総称であるが、現在では、より狭義に胎児の遺伝子に異常が認められるかどうか――即ち、胎児の先天異常の有無を調べる検査を指す場合が多い。日本における生殖に関する法律は、1940年の「国民優生法」に端を発し、戦後間もない1948年に「優生保護法」へ移り、その根本にある優生主義的な思想を見直す流れから、1996年には現行の「母体保護法」が制定されている。

 近年、旧「優生保護法」の下、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」(第一条)ために(本人の同意を伴わないまま)強制不妊手術を科された人々が、これを憲法違反として国に損害賠償を求める訴訟が現われている(今のところ、個別には「違憲」との判断が下された例もあるものの、不法行為から二十年以上が経過したとの「除斥」を理由に、賠償は認められていない)。当時、日本社会党あるいは超党派で提案されたという「優生保護法」の優生主義的思想は、たしかに生殖に関わる個人の人権を著しく無視・軽視したものであるが、数十年の隔たりを経た今日《こんにち》、そのような考え方が概ね解消しているのかとなれば、全くそうは言えまい。

 そもそも、旧「優生保護法」において防止されるべき「不良な子孫」とは、どのような人々だったのかというと、それは、法律末尾の「別表」に「遺伝性精神病」だの「強度且つ悪質な遺伝性病的性格」だのというカテゴリー分けで数多く定義されている。そして、その「強度且つ悪質な遺伝性身体疾患」の一つとして、大西の先天性疾患(体質)である血友病も含まれていたのだ。つまり、後に故・渡部昇一が「劣悪遺伝子」「治癒不可能な悪性の遺伝病」(『神聖な義務』)と表現した血友病の人間は、法律に厳然と定められた強制不妊の対象――社会から淘汰されるべき対象だったわけである(血友病を理由に強制不妊を科された実例は知らないが、このような状況によって自らの人生に影響を被った患者、家族が少なからず存在したであろうことは容易に想像し得る)。

 自らも高齢出産に伴い出生前診断を受けた経験を持つ河合の『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』は、2013年に提訴された損害賠償訴訟を追ったノンフィクションである。既に子供三人の母親だった41歳の光(仮名)は、四人目の妊娠中、医師の示唆に基づき、胎児の染色体異常を調べる羊水検査を受ける。医師は陰性(異常なし)と結果を告げたが、それは誤り=ミスであり、男児・天聖(実名)は、重度の合併症を伴うダウン症として誕生する。絶望的かつ苛酷な闘病の末、約三ヵ月後に天聖は死亡。両親は、誤診のために「出産するか人工妊娠中絶をするかを自己決定する機会を奪われた」として医院と医師を訴える。これは、いわゆるロングフルバース(Wrongful birth)訴訟であったが、同時に、「被告医院の債務不履行がなければ、天聖が死の苦痛を味わうことなどありえなかったことは明白」という日本初の「子自身」が主体となるロングフルライフ(Wrongful life)訴訟の性格をも併せ持っていた。牋綮佞硫畆困なければ、障害を伴う自分の出生は回避できたはず瓩箸いο斥である。

 河合は、光をはじめ、周辺の人々、弁護士、ダウン症や難病の当事者、支援者、学者等に話を聞き、極めて個人的かつ個人の意志に基づくべきでありながら、社会との有形無形の関係性によっても大きく左右される挙児=妊娠、出産、あるいは中絶という「選択」について考えて行く。

 「透き通るほど淡い瞳をした母親」とか「女子高生たちの弾けるような笑い声が響き渡る店内」とか「よく通る声が青々とした山に吸い込まれていく」とか「メガネの奥の瞳が印象的な女性」とか、爐いにも瓩壁集修少し気になったけれど、登場人物の中には大西が実際に会ったことのある人なども居て、テーマの切実さが実感を持って伝わってきた。生殖が個人の「選択」である以上、本当はそこに――「産め」「産むな」「産む」「産まない」――正解も誤りもないのであろう。作中、ダウン症の子を育てている母親の次の言葉は印象的である。

「わからない方がいいこともある。悩むことなく生まれてきた方がいいこともある。だからこそ、選ばねばならないお母さんが気の毒に思います」

 しかし、その彼女も、出生前診断を否定するわけではない。今や、妊婦からの採血だけで高確率に染色体異常を感知し得る母体血胎児染色体検査(NIPT)も普及しつつある。昔のように、生まれるまで男か女かさえ判らなかった時代のほうが楽かもしれないが、出生前診断によって色々な意味で救われる場合もあるだろう。

 さて、一昔前だったら堂々と抹殺されたはずの大西として、「生まれて不幸だったか」と問われれば一も二もなく「ノー」と言うけれど、そこには、血友病「でも」良かったという一面の妥協なり折り合いなりが介在していることは否めないであろうか。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。


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