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LNJ Logo 山口正紀のコラム : 冤罪=再審無罪が確定しても犯人視をやめない警察
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●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第15回(2021/10/14 不定期コラム)

冤罪=再審無罪が確定しても犯人視をやめない警察――「湖東記念病院事件」国賠訴訟で露呈した警察の無反省体質

 2003年に滋賀県東近江市の病院で患者が死亡、元看護助手・西山美香さんが「患者の人工呼吸器を外した」として逮捕、起訴された「湖東記念病院事件」。殺人罪で懲役12年の有罪判決を受けた西山さんは獄中から再審を請求、服役後の昨年3月に再審無罪が確定した。西山さんは昨年12月、国(検察)と県(滋賀県警)に計4300万円の損害賠償を求める訴訟を大津地裁に起こしたが、その訴訟で県警は9月15日、再審無罪判決を否定し、西山さんを犯人と断定する準備書面を提出してきた。西山さんと弁護団が抗議すると、滋賀県知事、県警本部長は謝罪し、県警は10月5日、準備書面の一部を訂正した。今回の県警の対応は、無実の人を苦しめた冤罪の反省どころか、裁判で無罪が確定しても犯人視をやめない警察の人権意識の欠落、無反省体質を改めて浮き彫りにした。*写真=西山美香さん(TVニュースより)

●刑事が「恋愛感情」につけ込み、虚偽自白調書を作成

 03年5月22日未明、湖東記念病院に入院していた高齢の男性患者が心肺停止状態で見つかり、死亡した。滋賀県警愛知川署は当初「人工呼吸器が外れたのに気付かず、患者を死亡させた業務上過失致死事件」として捜査したが、当直の看護師や看護助手の西山さんは「(人工呼吸器が外れたことを示す)アラームは鳴っていなかった」と過失を否定した。

 だが、県警本部の山本誠刑事が机を叩いたり椅子を蹴ったりして脅し、「アラームが鳴っていただろう」と執拗に供述変更を迫ると、怖くなった西山さんは供述を変えた。すると、刑事は急に優しくなり、西山さんはやがて、この刑事に好意を寄せるようになったという。

 しかし、別の当直看護師はアラーム音を認めず、西山供述との食い違いを追及されてノイローゼ状態になった。それを知って悩んだ西山さんは「アラームは鳴っていた」との供述を撤回するが、山本刑事は撤回を受け入れない。その繰り返しと恋愛感情のはざまで悩み、追い詰められた西山さんは「私が人工呼吸器の管を抜いた」と供述してしまった。

 04年7月6日、県警は西山さんを殺人容疑で逮捕した。西山さんは接見した弁護士には「やってない」と訴えたが、山本刑事の取調べになると再び「犯行」を認めた。そうして警察が描いたストーリー通りの「自白調書」が作成され、殺人罪で起訴された。

 検察は裁判で「被告人は病院の処遇などへの憤懣を募らせ、その気持ちを晴らすために患者を殺そうと企て、殺意をもって人工呼吸器のチューブを引き抜き、酸素供給を遮断して呼吸停止状態に陥らせ、急性低酸素状態による心停止で死亡させた」と主張した。

 西山さんは第2回公判から再び犯行を否認、「自白」は好意を抱いた山本刑事に迎合して誘導されたものとして無実を訴えた。弁護団は、西山さんと「事件」を結びつけるのは「自白」以外になく、その供述変遷の著しさに加え、つじつまの合わない犯行動機や実行行為の不自然さなどから、「自白」は信用できないとして無罪を主張し、争った。

 しかし、大津地裁は05年11月、「自白は迫真性に富み、信用できる」などとして懲役12年の有罪判決を言い渡した。さらに大阪高裁は06年10月、西山さんの控訴を棄却し、最高裁も07年5月、上告棄却を決定し、有罪判決が確定した。

●「自白の信用性も事件性も認められない」と再審で真っ白無罪判決

 西山さんは服役中の2010年9月、大津地裁に再審を請求した。だが、大津地裁は11年3月、大阪高裁も同5月、請求を棄却し、最高裁も11年8月、請求を棄却した。

 西山さんは12年9月、第2次再審を請求した。大津地裁は15年9月、請求を棄却したが、西山さんが満期出所(17年8月)した後の17年12月、大阪高裁は地裁決定を破棄して再審開始を決定。19年3月、最高裁が検察の特別抗告を棄却し、再審開始が確定した。

 第1次、第2次再審請求で弁護団は、ゝ淦低酸素状態による心停止で必ず現れる症状が解剖所見に見られない病院を困らせるために事故を装った犯行なら、「殺人」を供述する必要はなかった西山さんには軽度の知的障害があり、取調べの刑事は自分に対する恋愛感情も利用して供述を誘導した――ことなどを示すさまざまな新証拠を提出した。

 再審公判で検察は有罪立証を放棄。大津地裁は20年3月31日、無罪判決を言い渡した。

 判決は、〇牋を「人工呼吸器の管の外れ」による酸素供給欠乏と認めるに足る証拠はなく、致死性不整脈や他の原因で死亡した可能性があり、事件性を認めるに足りない⊆白は著しく変遷しているうえ医学的知見とも矛盾し、信用性に疑いがあるだけでなく、被告人の恋愛感情を利用して作られた疑いが強く、任意性も認められない――と認定。大西直樹裁判長は最後に「被告人の声に耳を傾けること、疑わしきは被告人の利益にという刑事裁判の原則に忠実になることの重要性を改めて感じた」と異例の「説諭」を行なった。

 検察は控訴を断念し、「真っ白無罪」が確定した。それを受けて西山さんは20年12月、国と県を相手取って計4300万円の損害賠償を求める国家賠償訴訟を大津地裁に起こした。

●国賠訴訟で滋賀県警が無罪判決を否定し、犯人視する準備書面

 ところが、この国賠訴訟で被告・滋賀県(県警)は9月15日、再審無罪判決を真っ向から否定し、西山さんを犯人と断定する内容の第1次準備書面を提出した。

 書面は、「被害者を心肺停止に陥らせたのは原告」と断定し、「取調官が恋愛感情を利用して虚偽の自白を誘導した」との再審判決の指摘を、「根本的にあり得ない」と全否定。再審判決で大西裁判長が「取調べや証拠開示が一つでも適切に行われていれば、逮捕・起訴はなかったかもしれない」と述べたことについても「承服しがたい」と開き直った。

 これに対し、西山さんの訴訟代理人一同(井戸謙一・弁護団長)は翌16日、県・県警側に抗議し、書面を撤回するよう求めて、次のような意見書を送った。

 《(書面は)美香さんを無罪とした刑事確定判決の判断を正面から否定するものであるとともに、逮捕後16年を経てようやく雪冤を果たして平穏な生活を取り戻した美香さんを再び愚弄し、その名誉を著しく毀損するものである》《本件は、大阪高裁の再審開始決定を最高裁が是認し、再審公判においては検察官が有罪立証を放棄し、大津地裁が美香さんの自白の任意性や信用性を否定したばかりか、そもそも何らかの犯罪が行われたことの証明すらないと断じ、この判断に対し、検察官が控訴を断念して真白な無罪が確定した》

 意見書は、滋賀県警・滝沢依子本部長が昨年6月の県議会で「大変申し訳ない気持ち」と謝罪したことについて、「今回の滋賀県の主張によれば、県警本部長の謝罪はその場しのぎの二枚舌だったということになる」と厳しく批判。この日、井戸弁護士とともに会見した西山さんは「怒り心頭です。あきれてものも言えない」と憤りを込めて語った。

 抗議を受け、滋賀県の三日月大造知事は17日、「準備書面の内容はまことに不適切だった」と謝罪した。書面は県警から県に回ってこず、書面の内容を知らなかったという。滝沢県警本部長も28日、県議会で謝罪。県警は10月5日、準備書面の一部を訂正した。ただ、「心肺停止に陥らせたのは原告」とした記述については「心肺停止に陥らせたのは原告であると判断する相当な理由があった」と断定的な表現を訂正したのにとどまった。 9月18日付「デジタル鹿砦社通信」に掲載された井戸弁護士のインタビュー記事(田所敏夫記者)によると、冤罪の国賠訴訟で検察・警察が「捜査に違法はなかった」「過失はなかった」と主張する例は少なくない。最近では布川事件、東住吉事件、松橋事件などもそうで、湖東記念病院事件でも国はそう主張している。だが、「刑事裁判で無罪が確定しているのに、国賠訴訟で『こいつが犯人だ』と主張をするのは前代未聞」と井戸弁護士は言う。

 「(県警は)無罪判決をした大津地裁や、有罪立証をせず無罪判決に控訴しなかった大津地検に喧嘩を売っているのです。(西山さんは)ようやく平穏な生活を送り出したのに、またこういうことで精神的に不安定になるのではないかと心配になります」

 「冤罪を生み出した当事者が真摯に反省し、原因を究明して実務の改善をしないと冤罪は繰り返されるでしょう。今回の主張は、改善どころか反省もしていない。これでは冤罪はなくなりません。滋賀県ではまだまだ冤罪が作り出されるのではないか」

●冤罪を検証する第三者機関、冤罪に加担する犯罪報道の改革を

 だが、冤罪を反省しない体質は滋賀県警だけではない。今回のように書面で犯人視の主張はしなくても、冤罪に関わった警察官や検察官が犯人視の発言をする例はいくつもある。

 9月16日付『朝日新聞』WEB版によると、東住吉事件の冤罪被害者・青木惠子さんは同日開かれた国賠訴訟の口頭弁論で「『娘殺しの母親』の汚名を着せられたのに、国や大阪府からは謝罪もない」と訴えた。青木さんの取調べを担当した元刑事は今年2月の弁論で、「今でも犯人だと思いますか」と問われ、「思います」と答えたという。

 私は、布川事件の桜井昌司さんが2015年6月、取調べの一部録音・録画など刑事訴訟法「改正」法案をめぐる衆議院法務委員会の参考人質疑で、こう述べたのを思い出した。

 「検察庁は今でも桜井昌司と杉山卓男を犯人だと断言しています。何も変わらないと公言しているんですね。私は長く刑務所にいていろんな犯罪者と仲良くしてきましたけれども、反省しない人は再犯する。反省して悪かったと思う人は再犯しませんけれども、警察も検察も何も反省しないのに、冤罪を作らないなんてあり得ないじゃないですか」

 再審、刑事裁判で無罪が確定しても、警察・検察は「当時の捜査に問題はなかった」と形式的な談話を発表するだけで、反省も謝罪もしない。「問題があった」からこそ、無実の人を長期間、獄に閉じ込める重大な人権侵害を起こしたのに、その原因を調べようともしない。そうして、冤罪を繰り返してきた。まさに、桜井さんが指摘した通りだ。

 10月日付『朝日』は、《滋賀県警 冤罪の上塗り検証せよ》と題した社説で、《そもそも、冤罪を生んだことを反省し、なぜ間違いを犯してしまったかを、無罪判決後にきちんと検証してこなかったことが、今回の事態を招いたといえる》と指摘した。

 だが、そんな対応を許してきた原因の一つに、メディアの報道姿勢がある。再審無罪判決が出ても、多くの場合、「よかった、よかった」と冤罪被害者の喜びを伝えるだけで、なぜそんな冤罪が生まれたのか、裁判も含め検証する報道はほとんど行われてこなかった。

 その理由は、メディア自身が事件発生当時、警察・検察情報に依存した犯人視報道を繰り広げ、冤罪に加担してきたからだ。捜査の誤りを掘り下げれば、本来の役割である権力チェックを怠り、警察情報を鵜呑みにした自らの当時の報道も問い直すよう迫られる。

 日弁連は、繰り返される冤罪をなくすためには、個々の事件を掘り下げて調査し、冤罪の原因を究明して、改革を提言できる独立した第三者機関(仮称・えん罪原因調査究明委員会)を、国会または内閣に設置することが必要――と提言してきた。

 『信濃毎日新聞』9月30日付社説は《過去の冤罪事件でも、検証はなおざりにされてきた。当事者の警察や検察に任せられないことはもはや明らかだ。捜査機関や裁判所から独立して冤罪の究明にあたる権限を持った第三者委員会を設けることが欠かせない》と述べた。そうした機関を設けるには世論の高まりが必要だ。それにはメディアが冤罪加担報道を反省し、警察情報に依存した犯罪報道の改革に動くことが出発点になる。(了)


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