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 第76回・2021年5月18日掲載

ワクチン・薬品をビッグファーマから取り戻そう


*サノフィの従業員のデモ「薬品は商品ではない。健康は投資の製品ではではない。闘う従業員たち」

 フランスは新型コロナによる3度目のロックダウン(2度目のゆるい制限)の制限を5月3日から徐々に解除し、19日以降は劇場・映画館、美術館、商店、テラスが再開する予定だ。第3波の初期に学校閉鎖など厳しい制限措置を施行した国々では、フランスに先立ち解除が始まっている。英国変異種による感染の凄まじい波及に昨年末から見舞われ、多数の死者を出したイギリスでは、感染と死亡者数が激減した。

 ヨーロッパ諸国はそれぞれ感染の広がった時期や制限措置が異なるので比較は難しいが、イギリスの特徴は、制限措置と同時にワクチン接種のスピードが際立って速かったことであり、それが急速な感染後退に影響したとみられる。5月14日現在、イギリスで少なくとも1度ワクチン接種を受けた人の割合は人口の53,5%(2度終わった人は29%)、続くドイツが36,3%でフランスは29,2%だ。46,7%のアメリカ合衆国(2度は36%)でも感染は同様に激減したが、イギリスでは毎日の新たな感染者数が、感染者や死者数が桁違いに少ない日本より減ったほどだ(英国公衆衛生局PHEの調査によると、1度の接種でも症状を60〜65%抑えられ、家庭内感染などがかなり減るという)。

 ワクチンに関しては様々な問題がこれまで指摘されているが、新型コロナによる急速な開発・製造はワクチンをはじめ医療品がいかに大製薬企業(ビッグファーマ)の利益追求と大国(経済力がある国)の支配下におかれているかをあらわに示した。昨年9月すでに、欧米など金持ちの国(世界人口の13%)は、まだ試験中のワクチンの半分以上の量を予約購入した。貧困と闘うONEというNGOによれば、今年の3月までに、アメリカ合衆国、イギリス、EU、オーストラリア、カナダ、日本は、30億回分以上のワクチンをキープした(必要な量を10億回分超える)。残りは25億回分で、貧乏な国の多数の住民は今年中に接種を受けられない。世界じゅうのあちこちにワクチン接種を波及しなければ、パンデミックは収まらない(より強力な変異種がどんどん生まれる危険性)のに、金持ちの国々は愚かなエゴイズムからワクチンを買い占めたのだ。


*街中の薬局が歩道に設置した抗原検査用テント。予約なしで30分以内に結果が出る。PCRより信頼度は低いがこれも無償。

 この不平等を想定し、2020年5月に世界各地の(元)政治家や国際機関関係者、学者など130人がWHOの会合を前に声明を発表した。WHOの指導・管理のもと、新型コロナの検査、ワクチンや治療薬を万民が速やかに無償で受けられるように、各地の科学研究の成果やテクノロジーを共有し、富裕な国が資金を提供し、特許を放棄せよという内容だ。しかし、強国は貧しい国92か国の人口のたった2割分のワクチン購入援助(つまりビッグファーマへの支払い)の機構Covaxを作っただけで、特許やワクチンを買い占めた。南アフリカ共和国とインドは10月2日、WTO(世界貿易機関)でコロナ用ワクチンの特許の一時的放棄を要請した。昨年末にはアムネスティーやオックスファムなど国際NGOもワクチンの特許放棄、テクノロジーと製造ノウハウの共有を製薬会社と強国に求め、国際署名や汎EU署名が始まった。今年の1月にはルーラなど南アメリカの政治家、アミナタ・トラオレなどアフリカの政治家、フランスのジャン=リュック・メランションなどが同じ呼びかけを行い、3月初めにWHOの事務局長もワクチンの一時的放棄を呼びかけた。

 しかし、ビッグファーマはさることながら、欧米や日本など強国はずっとそれに反対し続けている。したがって、5月5日に特許の一時的放棄を呼びかけたアメリカのバイデン大統領の発言は、「革命的」と評されたほどだ。翌日、WHOとEU、国内でも特許放棄に反対し続けてきたフランスのマクロン大統領と閣僚は突然、「バイデンの提案に好意的」と前日までの立場をひるがえしたが、これは国内向けのいつもの虚言パフォーマンスにすぎない。続くEU首脳会議では、ワクチン開発と接種実践の勝ち組である英米がワクチンの流通を止めていると批判し、「賛同するが特許放棄では問題は解決できない」と、実は自国の巨大製薬企業サノフィ(コロナ用ワクチンはまだ作れていないが)を代弁する論理を展開した。ドイツのメルケル首相も(ビオンテックがワクチンに成功しただけに、より正直に)自国の製薬企業を代弁して反対したので、EUで特許放棄は進まない。(ふだんアメリカに追随する日本政府は、ワクチンの特許放棄についてどんなコメントをしたのだろうか。)

 特許放棄だけでは世界じゅうにワクチンが行き渡らないのはたしかで、レシピだけでなく製造ノウハウの細かい部分まで伝達し、各地の工場で急いで生産体制を整えなければ、十分な量のワクチンはつくれない。しかし、「特許を放棄したら今後、研究開発資金が出せない」というビッグファーマや強国の政府の言い分は、「盗人たけだけしい」と言わざるをえない。ファイザー=バイオンテックのワクチンはドイツのスタートアップの成功物語として紹介されたが、バイオンテックはドイツの公費3,75億ユーロ以上、欧州投資銀行から1億ユーロ以上の投資を受けた。モデルナはアメリカ国立衛生研究所NIHの機構を利用し、アメリカ生物医学先端研究開発局BARDAから9,53億ドルを受けた。アストラゼネカ(イギリスの製薬企業)のワクチンはオックスフォード大学の研究機構と、アメリカ生物医学先端研究開発局BARDAの10億ドル超の出資から生まれた。そして何より、mRNAにせよベクター型にせよ、昨年3月のWHOのパンデミック宣言後、急スピード(8か月)でワクチンが開発できたのは、公共研究機関による20年来の研究開発のおかげなのだ。アメリカ国立衛生研究所NIHだけでも20年間に172億ドルを研究に投じたと、科学雑誌「ワクチン」の今年4月の記事が述べている。

 一方、ビッグファーマはここ10年以上、自ら研究に資金を投じるよりスタートアップなどが開発した薬品やワクチン、検査の特許を多額で買いあさり、それを人件費の安い国の工場で製造して利潤を上げることに力を注いできた。フランスのサノフィもその典型的な例だ。

 元は石油会社エルフの子会社(衛生・健康部門)として1973年に設立されたサノフィは、1928年創立のローヌ・プーランクを吸収したアヴァンティスと2004年に合併した。フランスのワクチンや薬品研究・開発の歴史的2大リーダーは、パスツール研究所(1888年創立)とメリユー研究所(1897年創立)である。経営困難に面したパスツール研究所は1960年代後半に国の援助を受けて製造部門を分けて設立し、その会社は1970年代からサノフィの傘下に入った。一方、メリユー研究所は1967年にローヌ・プーランクの傘下に入り、ローヌ・プーランクは経済的困難を1982-1992年の国営化によって切り抜けた。こうして経営困難時は国のおかげで存続できたメリユーとパスツール研究所のノウハウを、買収・合併を経てサノフィは手中に収め、世界各地に研究所と製造工場を持つ有数のビッグファーマになった。

 ところが、そのサノフィはいまだ新型コロナのワクチン製造に成功していない。それもそのはず、2009年からこの多国籍企業は研究開発部門を縮小し続け、フランス国内の研究者数は6200人強から半数以下になったのだ。モンペリエに2012 年に完成した新しい研究所は一度も使われずに5年後に壊され、研究・開発の数も薬品の数も減った。儲からない研究と薬品はとりやめ(雇用削減)、特許購入や買収でサノフィの利潤と株主配当は増え続けた。

 破廉恥なことにサノフィはその間、国から「研究助成金」を毎年1,2〜1,5億ユーロ受け続けたのだ。昨年はコロナ危機にもかかわらず、トランプがコロナ治療に使った薬などで儲けて前年比340%増、123億ユーロの利益を上げた。新型コロナ用のワクチン開発援助金も受けたが、現在まだ2段階目の試験期間中だ。それでも今年、40億ユーロを株主に配当し、フランスでまた400雇用を削ると告げたので従業員のストが起き、市民団体や野党に糾弾された。ちなみにサノフィは、妊婦が服用すると子どもに奇形や早期神経発達障害などの疾患が起きる抗てんかん薬のデパキンを、1980年代からその事実を知りながら隠して売り続けた。被害者家族が長年をかけてようやく訴訟を勝ち取り、サノフィは有罪を言い渡されたが非を認めず、賠償金の支払いを拒否して上訴した(cf.『裏切りの大統領 マクロンへ』フランソワ・リュファン著、拙訳)。

 その間、国は大学の研究所や公共機関への予算をどんどん削ったため、雇用が稀で給与が低いフランスから多くの若い科学者が国外に流出した(昨年ノーベル化学賞を受けたフランスの女性科学者も、自国では自分がしたい研究ができないので外国で働き続け、現在はドイツ)。また、2003年のSARS以降、フランスの公共機関でコロナウイルスを研究していた科学者は、近年予算を得られなくなって研究を中断せざるをえなかった。ドイツのSARS共同発見者のドロステン氏(ベルリン、シャリテ大学病院)は、新型コロナのPCR検査を最初に開発し、第1波の速やかな対応に貢献したが、フランスはPCR検査もすぐに開発できなかった。

 つまり、検査やワクチン、薬品の開発・発見の多くは、公共機関による長年の基礎研究を土台にして生み出されるが、商品化された後の利益は特許によって高い製品を売るビッグファーマが取得し、株主が潤う。彼らは公共の助成金を受けるのに、ワクチンや薬品の成分や原価を明かさない。ワクチンや薬品は健康保険で還付されるが(フランスでは新型コロナのPCR検査やワクチンは還付100%で無償)、私たちは実は公共予算(税金)と健康保険(分担金)をとおして、製薬企業に二重に支払っていることになる。そして、サノフィのように薬品の害が立証されて有罪になっても、被害者の救済を国(つまり私たち)に押し付けようとするのだ。

 3月にワクチンの一時的特許放棄を呼びかけたWHOの事務総長は5月14日、大人へのワクチン接種を終えて子どもに接種を始めようとする金持ちの国々に対して、その分のワクチンを貧しい国(医療スタッフ用ワクチンさえ不足)に譲ってほしいと訴えた。そして各地にワクチンが行き渡らない限り、新型コロナによる今年の死者は昨年を超えるだろうと警鐘を鳴らした。フランスでは1959年まで、ワクチンは特許の対象ではなかった。「公益」という公衆衛生の原理と倫理は、資本主義と市場経済の圧倒的な成長の中で忘れ去られたのだ。

 健康と公衆衛生は、万民が享受できる権利のはずだ。したがってこの部門は、利潤追求だけが目的の市場経済から除外すべきではないだろうか。コロナ危機は、必要な検査、薬品、反応体、ワクチンなどを自国で供給できない現代の資本主義体制の欠陥をあらわにした。また、特許などによる薬品・ワクチン価格の異常な上昇により、C型肝炎など治療薬が高価すぎて、健康保険ですべての患者を治療できないという問題が起きている。この状況に対して、「薬品政策の透明性監視局」というNPOは、「公共薬品局」を設け、開発・製造と価格をコントロールすべきだと主張している。左派野党「屈服しないフランス」の政策綱領にも「公共薬品局」の設置が含まれているが、私たちは破廉恥な略奪者のビッグファーマの手中から、医療品を取り戻す時に来ているのではないだろうか。

 2021年5月17日 飛幡祐規


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