本文の先頭へ
LNJ Logo 根津公子 : 「君が代」不起立停職6月処分、地裁判決と高裁判決を比較する
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0220nezu
Status: published
View


根津公子です。

2月18日に届いた「君が代」不起立停職6月処分訴訟での勝訴決定について投 稿したところ、思いを共有してくださる多くの方々からメールをいただきました。ありが とうございました。 今日は、その件の地裁判決と控訴審判決について書きました。 長文ですが、読んでくださるとありがたいです。 転送大歓迎です。 ●根津2009年「君が代」不起立停職6月処分案件の地裁敗訴判決と高裁勝訴判決との比較 当たり前のことだけれど、裁判官たちは同一の憲法及び法令に照らして判断し判決を書き ます。なのに、判決が真逆になる場合がかなりあります。裁判官たちの良心が働くか否か の違いで。今回の最高裁決定を受けて、そのことを改めて思います。翌日には、福島から 千葉県に避難した人たちの控訴審勝訴判決もあったので、なおのことです。 ここでは、「根津の処分は適法」の結論ありきの地裁判決(2018年5月24日春名茂裁判長) と高裁判決(2020年3月25 日小川秀樹裁判長)を比較します。高裁でも棄却された損害賠償請求については触れませ ん。 ■地裁判決 判決直前の法廷では、尋問(処分案を作成した吉原眞一郎都教委人事部服務担当副参事・ 河原井・根津)が終わるや、裁判官3人は法廷を離れ15 分後に戻ると突如、春名茂裁判長が判決日を言い渡しました。通常は、次回法廷で最終の 主張をして結審、そして次々回が判決となります。抗議すると、裁判長は「もう判断はで きる」という趣旨のことを言って、退廷してしまいました。尋問での証言をもとにした最 終準備書面は必要ない、読まなくても判断できるというのです。 尋問のために吉原副参事が提出した陳述書の一部は前年の担当者の陳述書のコピペでした。 2008年の2〜3 月、私はこのままクビにされるのはたまらないと思い、「私をクビにしないで」と都教委 に日参しました。それを吉原副参事は2009 年も続けたと陳述し、尋問でもそういう事実が「ありました」と嘘の証言をしたのです。 また、処分量定を決めるのに私の勤務状況や他県との違い等については何の検討もせず、 機械的に停職6 月処分を行ったと証言しました。しかし判決は、嘘には目をつぶり、他県との違いについ ては、「吉原証人は全く考慮していないという趣旨を述べるものではないから、都教委が 考慮事項を考慮していないと認めることはできない」と都教委を救済したのです。 本人尋問で私は、都教委が校長に「根津は(10月に復帰して)11 月にはいなくなる」(免職)と言ったことや、私の業績評価を低く書き換えさせたことな ど、都教委の支配介入がいかにひどかったかを、校長の音声を添えた証拠を提出して証言 しました。音声が何よりの証拠であるのに、判決は「人事評価の書き換え等に関する違法 不当な指示命令をしていたことを認めるに足りる証拠はない」と切り捨てました。「証拠 はない」と考えたのならば、裁判所は「いなくなる」発言をした菊池管理主事と、書き換 えさせた都教委西部学校経営支援センター支所の杉田支所長の尋問を行い、「証拠はない 」ことを立証すべきでした。しかし、その努力はせずに、判決を書いたのです。これらは 停職6月処分が適法か否かの重要な判断材料となるはずでした。 こうした審理打ち切りに、根津敗訴判決は予告されたも同じでした。 ◇判決は、不起立行為ではなく、私の人格を裁いた! 判決を一読して、これは行為をではなく私の人格を裁いた、と思いました。 私の2008年停職6月処分を適法とした地裁判決(清水響裁判長 2017年5 月)も「根津は、あえて勤務時間中に勤務場所における本件トレーナー着用行為を繰り返 し」「校長らの警告も無視して本件職務命令が発せられるような状況を自ら作出し・・・ 着用を続けた。このような一連の根津の言動は、・・・やむをえず不作為を選択したとい うものではなく、自ら学校の規律や秩序を乱す行為を積極的に行った」と、私が極悪非道 なことをしたかのように書き、このことと「過去の処分歴」の2つを、処分を加重してよ い「具体的事情」としました。事実は、汚れてもいい作業着として着用しただけの不作為 行為であったのに。この判決もひどいと思いましたが、それに輪をかけたのが 2009年地裁判決でした。 2008年事件は都教委が作出したトレーナー問題がありましたが、今回はトレーナー着用禁止の 職務命令もなく、処分を加重してよい「具体的事情」はありませんでした。だから、 2012年最高裁判決に従えば、処分加重はできないはずでした(2012 年最判は、同一の「過去の処分歴」を何度使っていいかについては触れていません)。ま た、唯一私の処分を取り消した2007年停職6月処分取消訴訟の2015 年須藤高裁判決・2016年最高裁決定は、「過去に不起立行為以外の非違行為によって3回 の懲戒処分と、不起立行為によって3回の懲戒処分と2 回の文書訓告を受けているものの、これらの根津の行為は、既に停職3 月とする前回停職処分において考慮されていることや、本件不起立が卒業式での着席(不 起立)行為であって、…… 処分を更に加重しなければならない個別具体的事情は見当たらない」として、「過去の処 分歴」を「具体的事情」として使い回すことをしませんでした。「過去の処分歴」の使い 回しを禁じたと言うことです。これが最新の決定なのですから、今回の判決はこれを無視 してはならないはずでした。 しかし、2008年事件のすべての判決、2009年事件地裁判決ともに、2016年最高裁決定を無 視し、「過去の処分歴」を4度目、5 度目の「具体的事情」としました。2009年事件地裁判決が言う「過去の処分歴」には、20 08年事件判決が「具体的事情」としたトレーナー問題も加わりました。「自己の思想及び 良心と社会一般の規範等により求められる行為が抵触する場面において、校長の職務命令 に違反して、勤務時間中に、『強制反対 日の丸 君が代」または、『OBJECTION HINOMARU KIMIGAYO 』等と印刷された服を着用するという職務専念義務違反行為に及ぶなど、あえて学校の規 律や秩序を乱すような行為を選択して実行したものも含まれており、規律や秩序を害した 程度は相応に大きい」と。 判決は続けて、「)楫鑄垉立自体は……着席したという消極的な行為……であること、 ∧神19年3月30日付停職6 月の処分が取り消されていること等を考慮しても、2甬遒僚菠に係る非違行為の内容及 び頻度、重要な学校行事等における教員の職務命令違反であるという…… 諸事情を綜合考慮すれば、……具体的事情があったものと認めることができる。」(  は筆者)と。判決は´ を「考慮した」と書きますが、考慮した形跡がないまま、の結論に行きます。 「過去の処分」を「具体的事情」にすることは二重処分だとこちらが主張してきたことに ついて判決は、「前回の平成20年3月の停職6 月の処分を更に加重するものではなく、前回と同じ量定の懲戒処分を科すものであるとこ ろ、一般的に、同じ態様の非違行為を繰り返している場合、前回の処分よりも軽い処分と せず、同一の量定の処分を行うことは、公務秩序を乱した職員に対する責任を問うことで 、公務秩序を維持するという懲戒処分の意義や効果に照らし不合理であるということはで きない。」と、加重処分ではないと開き直ります。こちらは、複数回体罰をした教員の体 罰事案では、前回処分よりも次の処分が軽い事例を列挙して主張しましたが、判決はこれ についても全く無視し、「前回の処分よりも軽い処分とせず」と平然と嘘を判示します( 2007年事件須藤高裁判決は、これについても認め、判決で触れました)。 また、「平成19年3月30 日付停職6月の処分が取り消されていること等を考慮しても」と言いながら、「同判決は 本件とは事案を異にする高裁判決であって」とだけ言い、考慮の跡はありません。更には 、「同判決も、前回と同一の停職3月の処分を科すことについてはこれを許容する余地が あることを前提としているものと解される」と、都合よく須藤判決を援用します(須藤判 決は、前年の停職 3月処分が2012年最判で適法と判断されたことを、最判を判断基準とする判例主義の性質 上、否定できなかった・しなかっただけのことです)。 こうして見てくると、判決は先に結論ありきで、しかも、2009 年の私の不起立行為を裁いたのではなく、「過去の処分歴」を使いまわして、私の人格、 思想を裁き、私を全否定したものです。「他の人の不起立は多少大目に見るが、思想犯根 津の不起立は容赦しない」と。 ところで、春名裁判長たちの教育観はあまりにお粗末。「そもそも学校教育法及びこれに 基づく学習指導要領において定める… *教育活動は、一定の価値観やこれに基づく価値の選択を前提とせざるを得ない* ものであるから、その意味で価値中立的であることとは両立しえない」「(君が代起立斉 唱を求める)本件職務命令は、…教員らが、各人の個人的見解は別にして国旗及び国歌と して定められたものを尊重する態度を示すことにより、生徒らにも同様の *態度が涵養*され」と判示します。国が「一定の価値観」を注入し「涵養」することが教 育というのですから。こんな裁判官たちに裁く能力や権限はないと思います。 最悪な判決を前に、「自己の歴史観や世界観を含む思想等により忠実であろうとする教員 にとっては、自らの思想や信条を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二 者択一の選択を迫られることとなり、…日本国憲法が保障している個人としての思想及び 良心の自由に対する実質的な侵害につながる」と判示し、私の停職 6月処分を取り消した2007年事件須藤高裁判決・最高裁決定が出たことの意味の大きさを 思います。 ■高裁判決 *小川判決が、停職6月処分は都教委の裁量権の逸脱濫用とした理由 判決は、これまで最高裁が処分適法と判じた根津の処分については、どれもが重い処分を してよい「相当性を基礎付ける具体的事情があるということができる」と言い、 08 年処分では「トレーナー着用行為をしないよう職務命令を受けたにもかかわらず」着用し たのだから、停職6月処分が「重すぎて相当ではないとは言えない」と言い、今回は「停 職3 月の懲戒処分よりさらに重くすることはやむを得ないというべきである」と言いました。 そこまで言ったうえで、しかし、停職6月処分は、「控訴人根津の過去の処分歴や不起立 行為が繰り返されてきたことを考慮しても、なお正当なものとみることはできない」「懲 戒権者としての都教委に与えられている裁量権の合理的範囲を逸脱してされたものと言わ ざるを得ず、違法なものというべきである。」と判じました。初めの部分の酷い判示は、 冷静になって考えると、最高裁の決定を覆させないためのことなのかもと思いました。 都の裁量権濫用の理由は、以下の3点です。 まずは前提となる、停職6月処分の重さについて。 「職員の懲戒に関する条例によれば、停職期間の上限は6月とされていて、停職期間を6 月とする停職処分を科することは、さらに同種の不起立行為を繰り返し、より重い処分が 科されるときには、その処分は免職のみであり、これにより地方公務員である教師として の身分を失うことになるとの警告を与えることとなり、その影響は、単に期間が倍になる という量的な問題にとどまらず、身分喪失の可能性という著しい質的な違いを被処分者に 意識させることになり、これによる被処分者への *心理的圧迫の程度は強い*」としました。 次に、「過去の処分歴」を「具体的事情」として繰り返し使うことを実質禁じた、200 7年事件須藤判決に照らし、また、根津の不起立はほかの人の不起立とは異なるのかを問い ます。 「ア.控訴人根津について*過去に懲戒処分や文書訓告の対象となったいくつかの行為は …平成18年3月の懲戒処分について考慮され* (ているから、「過去の処分歴」を「具体的事情」にしてはならない:筆者補足)、その 後、同種の非違行為が繰り返されて懲戒処分を受けたという事実は認められない上、イ. 本件根津不起立行為は、以前に行われた掲揚された国旗を引き下ろすなどの積極的な式典 の妨害行為ではなく、 *控訴人河原井と同様の国歌斉唱時に起立しなかったという消極的な行為*であって… 」(ア、イは筆者)と言い、ア、イから導き出される結論は、停職6月処分は都の裁量権 の逸脱濫用だとしました。 この部分についての地裁判決は、「ア.本件不起立自体は……着席したという消極的な行 為……であること、イ.平成19年3月30日付停職6 月の処分が取り消されていること等を考慮しても、ウ.過去の処分に係る非違行為の内容 及び頻度、重要な学校行事等における教員の職務命令違反であるという…… 諸事情を綜合考慮すれば、……具体的事情があったものと認めることができる」(ア〜ウ は筆者)。ア, イを「考慮した」と書くが、考慮した形跡はまったくないままにウの結論に行きました。 地裁判決が「具体的事情」としたトレーナー着用について。 「平成20年3月の懲戒処分がされた後は、本件根津懲戒処分時まで、控訴人根津が、勤務 時間中に、平成19 年度の本件トレーナー着用行為のような行為をしたことはなく、また、その他の非違行為 がされたことについては、これを認めるに足る的確な証拠はない」と判じ、前年度のトレ ーナー着用を「具体的事情」とはしませんでした。

Created by staff01. Last modified on 2021-02-20 21:26:41 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について