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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『偉大なる失敗――天才科学者たちはどう間違えたか』
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毎木曜掲載・第161回(2020/6/4)

「専門家」を見直すための好適な一冊

『偉大なる失敗――天才科学者たちはどう間違えたか』(マリオ・リヴィオ 著、千葉敏生 訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、940円)評者:大西赤人

 新型コロナウイルス感染症は、未だ収束には遠い。たしかに日本における死者の絶対数は欧米に比較すれば格段に少ないが、アジア各国に比較すると人口あたりの死亡率はむしろ高い。ソーシャル・ディスタンスの確保によって感染の勢いは一旦下がったと思われるものの、別に治療薬が出来たわけでもワクチンが出来たわけでもないから、人の行き来・接触が戻れば必然的に感染者数は再び増えてくる。東京では、「東京アラート」と称して都庁とレインボー・ブリッジを赤く染めるという極めて犖果的瓩並从が打ち出される一方、歌舞伎町をはじめとする「夜の街」を槍玉に挙げながら、店に休業を求める――即ち補償する――こともなく、相変わらず客の側には「自粛」を迫り、ついには都と警察が協力して「見回り隊」が結成されるらしい(新撰組か?)。

 今回の経緯の中で、とりわけ興味深い点は、(医学的、科学的な)「専門家」という存在である。本欄で過去に紹介した『科学と非科学−その正体を探る』(中屋敷均)に描かれていた通り、未知の感染症に襲われた無力な人々は「専門家」を頼り、科学的な「神託」を求めている。しかしながら、言葉遊びめくけれども、未知の物に対して真の意味の「専門家」が居るはずはない。要するに彼らは、過去の似たような対象から類推し、信頼に足りそうな仮説を構築するに過ぎない。「数理モデル」と言えば聞こえはいいが、冷ややかに見れば、机上の空論と化す危険も大いにある(予測が当たれば「ホラね」、外れれば「条件が変わったから」となる)。

 本書は、近代科学の歴史において確固たる地歩を占める五人の科学者――ダーウィン、トムソン(ケルヴィン卿)、ポーリング、ホイル、アインシュタイン――を採り上げ、その現代にもつながる輝かしい業績と、彼らが傑出した能力の持ち主であったがゆえに犯した失敗とを綴っている。当然ながら、「失敗」とはいえ、いわゆる単純ミス、うっかりミスの結果ではなく、綿密な作業が過程のどこかで道を違《たが》え、誤った目的地へと向かってしまう。それは、「偉人たちの犯す失敗は、結果的に理論や考え方に間違いが見つかったとしても、ほかの科学者の発想を刺激したり、それに代わる新理論を生み出したり、時には何十年もたってからその価値が見直されたりするもの」(訳者あとがき)なのである。

 進化論、DNA、ビッグバン、相対性理論等々、大西もそれなりに興味はあるし、全く無知な事柄ではないにせよ、「加速する宇宙に関するもっとも説得力のある証拠は、ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機による宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎの詳細な観測と超新星の詳細な観測を組み合わせ、この観測結果を現在の膨張速度(ハッブル定数)に関する個々の測定結果で補うことによってもたらされた」などという文章にぶつかると、全く意味不明。学問的内容をどこまで理解し得たかは、怪しい。

 しかし、五人の科学者、及び、その周辺を綺羅星のごとく取り囲んでいた傑物たちが、世俗とかけ離れた学究的側面と極めて生々しい感情や欲求に基づく人間的側面とを併せ持ち、その事が研究自体の軌跡にさえも時に影響をもたらしたことが窺われ、面白い。そして、――
「人々は認知的不協和を和らげるため、判断の誤りを認める代わりに、従来の意見を正当化するような新しい方法で、自身の見解を作り替えることがわかっている

「それがノーベル賞であれ、周囲からの羨望であれ、昇給であれ、犒礇爛梱瓮譽戰襪凌独パズルを解くことへの単なる満足感であれ、努力しつづけるには、脳の側坐核に一定量の報酬が必要なのだ
「時に、人間は(科学者も含めて)自分の間違いをなかなか認めたがらないものだが、それと同じように、新しいアイデアに頑なに反対することもある

――というような部分に、自戒とともにうなずかされる。

 科学、及び科学的言説・価値基準に少なからず依拠して生活せざるを得ない時代、その程度がますます増大している時代において、それに携わる人々とその思考を知り、見直すための好適な一冊と言えよう。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。


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