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人の尊厳取り戻せ〜『アリ地獄天国』土屋トカチ監督舞台あいさつ

    林田英明

 有名な会社だからといって健全だとは限らない。洗脳、長時間労働、パワハラ……。そのすさまじい状況が映像からあふれ出る。土屋トカチ監督(48)の『アリ地獄天国』(2019年、98分)は秀逸のドキュメンタリーだ。大手引っ越し会社「アリさんマークの引越社」に勤めていた30代の西村有さん(仮名)を主人公に、個人加盟の労働組合「プレカリアートユニオン」と協力して闘う3年間の軌跡が見る者の目を離さない。3月21日、その日から2週間の予定で上映が始まった大阪市のシアターセブンで舞台あいさつに立った土屋さんは裏話も含めて思いのたけを語った。

●懲戒免職と「罪状ペーパー」

 年収に引かれて転職した西村さんだが、長時間労働は月392時間にも及び、妻からも過労死を心配される日々。営業車で3台玉突きの衝突事故を起こし、会社から48万円を弁償させられる羽目になる。社内に労組はなく、プレカリアートユニオンに相談して、会社のやり口の異常さに目覚め、団体交渉に臨む過程で営業職からシュレッダー係に不当配転させられたあげく懲戒免職まで突きつけられる。「罪状ペーパー」が全支店に社内掲示され、「北朝鮮人は帰れ!」などといったチラシまで張り出される。思い返せば人権感覚など全くない常軌を逸した社員教育だったと気づくが、映画を見る者は、無法地帯の惨状にあぜんとするばかりである。

 土屋さんの耳には「ろくでもない会社なら辞めてしまえばいい」との助言も入る。しかしそれでは48万円は保証人に向かう。西村さんは管理職として、事故を起こした部下にも支払いを求めていただけに後悔の念もつのり、会社の仕組みを変えてから会社を去りたいと考えていたという。2015年9月に初めて西村さんに会った時の印象を土屋さんはよく覚えている。顔をさらすのだから悲壮感に満ちているのかと予想していたら、「フワッと現れた。俳優みたいにカッコいい」と、肝が据わっているのか鈍感なのかわからないその自然体に驚く。「彼ならば、変化の過程が撮れるのでは」と感じたが、ドキュメンタリー映画にしようと考えるのはまだ先だったそうだ。

●「山ちゃん」の思いも乗せて

 2018年4月に約60分バージョンの途中経過版がシアターセブンで上映された時、土屋さんと西村さんの2人が立ち会った。上映中、西村さんは泣き通しだったと土屋さんは明かす。「俺こんなことやってたのか、と客観視できたのではないか」と思いを巡らす。自分の姿と行動を第三者として認識すればするほど、ひどい現実が過去を振り返りつつ身に迫ったのであろう。

 土屋さんは神妙な顔つきで、これは西村さん一人の問題ではないと訴える。社員を思考停止させるシステムが決して特殊なものではなく、大なり小なり国内のあらゆる職場に存在しているとの警告だ。だから、次のような映画評にはカチンときた。「こんな極端な会社ではなくて、もっと日本の一般の企業のことも紹介してくれれば深みが出たのに」。評者には不必要な映画だったのかもしれないが、それは現場を遊離したオメデタイ感想だとでも言いたげだった。土屋さんは力を込める。「仕事のことで若者が命を絶ったり貧困に陥ったりせず、その職場でおかしいことはおかしいと言える人を増やしていかないと。ムチャクチャな世の中。現在も破滅へ向かって進行中だという気がする」。最後が涙声になったのは、『アリ地獄天国』の冒頭から触れているように、親友の山ちゃんの自死がある。派遣社員ながら工場の工程責任者だった彼は激務と職場のイジメにうつ病を発症し、3人の娘を残して2012年、41歳の生涯を閉じた。

 「ぼくの争議を撮ってもらえないか」と頼まれた土屋さんは、しかし身内に等しい間柄だけに撮る自信がなく断った。だからこそ、『アリ地獄天国』には山ちゃんの思いも乗せている。正直なところ、山ちゃんに触れるくだりは感情を抑えきれないようで、この映画の弱さにつながっている気が私にはする。だが、それゆえにこそ土屋さんの人間としての思いが正直に表れており、表現者としての憤怒を受け止めたい。

●労働組合運動へ異常な弾圧

 土屋さんは関生支部の労働弾圧についても言及した。関生支部とは全日本建設運輸連帯労組関西地区生コン支部の略称。2018年7月以降、延べ89人が逮捕され、武建一委員長と湯川裕司副委員長は1年半も勾留が続いている異常事態である。認められた労働組合活動が警察に犯罪とでっち上げられ、裁判所によって追認されているという構図だ。土屋さんの代表作『フツーの仕事がしたい』(2008年、70分)は労働条件の改善を求めるトラック運転手、皆倉信和さんの運送会社との闘いを追ったドキュメンタリーで、関生支部の協力も得ている。

 プレカリアートユニオンにも怪文書や誹謗中傷は絶えない。これを許している背景を土屋さんは「労働組合運動が日本社会で目に見えてこないからだろう」と説き、当たり前の労働組合活動をするところが少なくなったがゆえに目立ってしまうというわけだ。土屋さんも撮影中に近隣の人や通行人から「うるせえ」「早く帰れ」「お前らの個別の話は聞きたくねえんだよ」といった罵詈雑言を浴びせられる。同じ労働者なのに無関心であり、労組を知らないから人ごとに映る。当たり前の権利を行使しているのに伝わらなくなっているジレンマといえよう。戦後、労働組合運動をしても逮捕されないように変わったはずなのに歴史が逆流している。「矛盾が起こっているのにほとんど話題にならない」と土屋さんは嘆く。

 『アリ地獄天国』は、実は東京で上映されていない。昨年末の名古屋シネマスコーレがスタートだ。『フツーの仕事がしたい』を上映してくれた東京のミニシアターに自信をもって打診したところ、「個別の労働争議を扱っているから」と断られてしまった。人の尊厳を奪う会社を指弾する土屋さんの姿勢は何ら変わっていないのに、受け入れる社会が変容したということだろうか。それでも土屋さんは諦めない。諦めるわけにはいかない。4月の横浜だけでなく、京都や神戸でも上映が決定したと報告し、見た人は口コミやSNS(会員制交流サイト)などで広めてほしいと願う。

●苦闘する労働者にエールを

 最後に西村さんのその後を紹介した。2018年2月の和解後にプレカリアートユニオンの専従職に就く準備をしていたが、家庭の事情で組合員としては残りつつも、現在は求職中という。

 西村さんからかけられた一番うれしかった言葉として「この争議、土屋さんが最後までいてくれたから僕も最後まで闘えました」を挙げる。そして土屋さんもこう返す。「僕も、あなただったから最後まで撮れたと思っています」。そして客席に向かって、こう結ぶ。「山ちゃんを僕は撮ることは断ってしまいましたけれど、彼(西村さん)と一緒に撮れたことで、また彼と同じようなムチャクチャな職場で働いている人にエールやメッセージが伝わればうれしいと思っています」。「ムチャクチャ」という単語をもう一度使った。「ひどい」を通り越した寒々とした状況を変えようと土屋さんは懸命に訴える。見る者には十分伝わり、和解勝利して本名を名乗った西村さんの笑顔とともに、それは心に残り続けるだろう。


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