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LNJ Logo 太田昌国のコラム : ハンセン病患者家族訴訟をめぐって
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 ●第33回 2019年7月10日(毎月10日)

 ハンセン病患者家族訴訟をめぐって


 私がテレビニュースを基本的には観ないとはいっても、その対象は政治ニュースであって、大雨の予報が出ていたり、運転していた高齢者が引き起こした悲惨な交通事故、刃物を振りかざした男が登校する子どもたちを襲った事件など、心がかき乱される出来事が起こったりすると、チラっとでもニュースを観ることがある。そんな時、NHKニュースで際立つのは、事件報道の直後に、緊急閣僚会議とやらが開かれたとの報道が続くことである。大雨予報時でも高齢者の交通事故でも刃物事件でも、首相が関係閣僚に何ごとかを指示したというだけの「報道」である。ニュースの流れの中でこれを捉えると、観ている者には、どことなく重要な対策や方針が出されたとの刷り込みがなされよう。映像付きでもあるから、「森羅万象」に合い渉る首相の立場を精一杯こなしている姿が刻み込まれよう。

 非常時に何をなし得るかは、確かに重要な「政治」の使命だが、人びとの平々凡々たる日常に関わる「まつりごと」を日ごろいかになしているかが基本だろう。第一次安倍政権(2006年〜2007年)と第二次安倍政権以降(2012年〜2019年現在)の8年近くの年月に行なわれてきた日ごろの政策はどうだったか。身をもってこの時代を生きてきている人びとを相手に、今さら言上げするまでもないだろう。「非常時」に講じる対策とて、その延長上にしかあり得ない。だが、事は「非常時」に関わることだから、政策を受け取る側もいつになく緊張している。政権が緊急会議を開き、首相が何ごとかを部下に「指示」しただけで、何か大事なことが即時に実施されているという印象を、哀しくも、受けてしまうのが人間というものである。現政権の取り巻きブレーンたちは、この人間の性をよく知り抜いているというべきだろう。

 このことは、元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決(2019年6月28日)について、国は控訴しないという方針を首相自らが明らかにした(7月9日)ことにも表われている。事実、この地裁判決は、最近の司法判断にはきわめて稀なことに、その高い論理性と深い倫理性において際立つものであった。国家として行なった患者の隔離政策こそが生み出した家族への差別構造を指摘して厚生相の責任を認定しただけではない。偏見と差別を取り除く義務を果たさなかったとして法務相(人権啓発を担う)と文科相(教育を担う)の責任をも認定した。人権問題に関わって社会教育と学校教育が果たすべき役割への関心が薄いこの社会にあって、貴重な指摘だ。「ここまで踏み込んでくるとは」と3省が動揺している様子を報じたのは、判決翌日6月29日付の朝日新聞であった。集団訴訟を行なった原告側は、国が控訴しないよう強く求めた。

 だが、その後の報道においては、国(政府)が控訴する方針は揺るがないように見えた。控訴期限を3日後に控えた7月9日付朝日新聞朝刊は、政府は家族への経済支援を検討しつつも「控訴へ」向かうとの見込み記事を一面に掲げた。朝刊の配達が終わった同日朝9時、首相は記者団を前に「異例のことだが、控訴しない」方針を明かした。ネット上には、官邸が朝日紙を嵌めたなどの陰謀説も飛び交っている。そんな言説に乗ることは、自らの貧相な政治的な立場を暴露するだけだ。あり得ることだが、陰謀説にかまけてはいけない。「控訴するな」という原告と世論の力が、政府をして断念させたのだ。問題は、まだ終わっていない。原告が求める「首相の直接の謝罪」、差別と偏見の下で、病歴を知られることを恐れて提訴に加わわらなかったひとの存在、被害と家族の範囲など、解決すべき課題は山積みだ。台北からの共同電によれば、日本統治時代の台湾で隔離されたハンセン病患者の支援団体は、控訴断念を歓迎しつつ、日本政府の公開謝罪を要求している。金貴粉氏の『在日朝鮮人とハンセン病』(写真右)も刊行されたばかりだ(クレイン)。植民地時代の謝罪と補償を十分に果たし得ていない国家社会が抱える積年の難問は、国内メディア受けや近づく選挙を意識した程度の「擬態」で切り抜けられるものではないことを、私たち自身が自覚すべきなのだ。


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