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〔週刊 本の発見〕『すべての新聞は「偏って」いる−ホンネと数字のメディア論』 | |
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メディアの欺瞞を解き明かす●『すべての新聞は「偏って」いる−ホンネと数字のメディア論』(荻上チキ 著、扶桑社、1300円)/評者:大西赤人
閑話休題。本書は、そのタイトルの通り、マス・メディアの主要な一翼たる「新聞」を中心として、そこに�猜个蠅里覆っ耄�性�瓩魑瓩瓩襪海箸良垈椎宗△爐靴躓盾屬魏鬚�明かして行く。「まえがき」で荻上は、端的にこう述べる。 「すべての情報は断片的で、切り取られたものだ。何かの断片的で編集された情報を手にしたうえで、『真実を知った』と思い込むのは誤っている」 『読売』『朝日』『毎日』『日経』『産経』の全国紙五紙を中心に、荻上は、共謀罪、原発、憲法改正、LGBT、靖国問題、安保法制などの様々なテーマに関し、各紙の報道ぶりを実証的に比較する。左に『朝日』『毎日』、右に『読売』『産経』、中ほどに『日経』というありようは極めて順当だが、その中でも、実は『毎日』のほうが『朝日』よりも尖鋭であるとか、『産経』のほうが『読売』よりも過激な報道に走って読者の好みに即しているとか、いささか意外な結果も見えてくる。 さて、子供の頃から大西は、「新聞」が大好きだった。家では、親の購読する――時には三紙、四紙に及ぶ――新聞に眼を通すことが重要な日課。既に速報性に関してはテレビの敵ではなくなっていたけれど、信頼性という意味では、文字情報としての新聞の存在は大きかった。自分の家庭を持って以降も、習慣的に長らく一般紙二紙、スポーツ紙一紙を取っていたけれど、数年来、そんな新聞への執着も色褪せ、今では一般紙一紙のみ、それも、ともすると開きもせぬままテーブルの上に二、三日分が溜まるという有様。
言うまでもなく、『産経』の記事には個人的に賛同しがたい部分が多いけれども、それでさえカウンターパートとして有益な場合もあるし、特に会見、質疑等に関して、「全文起こしは、これまで特に産経新聞が力を入れている印象がある」(荻上)ことは間違いない。個々人の発言の一部を切り取って恣意的な批判に結び付ける例は左右ともに見られる悪癖であり、その点、たとえば共産党の言葉であろうとも全体を適宜掲載する『産経』の姿勢はメディアとして望ましい(また、『朝日』の記者が総て革新・左派ではないであろうように、『産経』の記者も総て保守・右派ではあるまいから、その記事の中には、見逃すべきではない良質な物が含まれている。それらを色眼鏡で弾いてしまっては、本末顛倒である)。 本書では、荻上が(『週刊SPA!』連載で集めた)「独自データ」を新聞報道などと対比する場面がしばしば登場する。たとえば2014年6月に起きた「都議会セクハラ野次」事件に関して、「事件があった翌週、23区区議会議員、東京都議、国会議員にFAXとメールでアンケートを実施」し、計154人から集まった回答を引きながら、政治の世界におけるハラスメントを細かく論じていて興味深い。ただし荻上は、次のように留保している。 「もちろん、今回のアンケートは回収率が低く、量的調査としては正直、お粗末なものだ」 しかし、別の場所では、こうも記す。 一方、相当な紙幅を費やして論じている靖国問題のデータとされた「2013年から2016年までの4年間、8月15日に靖国神社を参拝した人々に【実施した】街頭アンケート」の対象者は、最少160人から最多でも210人に過ぎない。「世論調査」の意味合いに関しても一章が割かれている本書において、「独自データ」の信頼性については、多少疑問が残るところではある。 荻上は、「メディア批判を展開しつつ、実は自分の心地よい言説にのみ耳を傾け、自説を強化するためだけに情報を取得すること」を警戒し、「情報の受け手の一人として、内なる選民意識が認知を歪める可能性にも注意しておかなければならない」と述べる。この意識と自戒は、我々の側にも――あるいは、我々の側にこそ一層――必要なものであると思う。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2018-04-06 11:41:21 Copyright: Default | |