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毎木曜掲載・第32回(2017/11/23)

一人ひとりを大切にする

●『これからの日本、これからの教育』(前川喜平/寺脇研 ちくま新書)/評者=佐々木有美

 加計学園問題で「あったものを、なかったことにはできない」と話し、一躍脚光を浴びた前文科省事務次官前川喜平氏と元文科官僚の寺脇研氏の対談である。前川氏の登場は、わたしにとって、またほとんどの人にとっても晴天の霹靂ではなかったか。霞が関にも、自分の頭でものを考え判断する人間がいたという驚きだ。その前川氏は、文科省でどんな仕事をしてきたのか、また彼が目指す教育とは何か、そんなことを思いながらこの本を読んだ。

 「弱肉強食の市場競争に子どもたちをさらさず、一人ひとりの学ぶ権利を保障すること。それが教育行政本来の使命ではないか」と、まず前書きで前川氏は書いている。1981年に第二次臨時行政調査会が設置されて以来、規制緩和(市場化・民営化)と地方分権の波は否応なく文科省にもおしよせた。「外圧としてもたらされる改革要求に対し、我々は時に積極的に応じ、時に否応なく屈服し、時に激しく抵抗してきた」。加計問題につながる規制緩和がこの時代から始まった。

 2005年、小泉内閣は地方分権のための三位一体改革を進めた。その中で、義務教育費国庫負担制度の廃止が問題になった。この制度は、教育の機会均等をはかるために国が各自治体の経費の一部を負担するもの。今の教育制度の根幹をなすものだ。前川氏は反対の論陣を張った。自治体間には財源の格差があり、貧しい自治体の子は、貧しい教育しか受けられなくなるからだ。推進派の総務省のある役人は「そんなことを言っているとクビが飛ぶ」と言い放った。彼は「クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望だ」とブログに書いた。「3、4年の間そればかりやっていました。この制度を残すのにものすごく苦労しました」と語っている。

 文科省時代の自分は、「面従腹背」を貫いたと言っている前川氏。その最たる例が、沖縄県八重山地区教科書問題だ。2011年当時、教科書の採択は、市郡単位の共同採択だった。八重山地区の教科書採択協議会は、中学公民の教科書に国家主義的傾向の育鵬社版を選んだが、竹富町は独自に東京書籍版を採択し使い続けた。自民党は竹富町の教科書採択が違法だと主張し、是正勧告を文科省にせまった。このとき県と竹富町に是正を要求したのが、当時初等中等教育局長だった前川氏だった。これが面従である。

 ところが一方彼は「腹背」をする。「共同採択地区」の区割り方法を、市郡単位から市町村単位に改める改正法を成立させたのだ。竹富町は単独の採択地区になり、自分たちで選んだ教科書を堂々と使えるようになった。こうした前川氏の言動を背後から支えたのは、節を曲げなかった文科省の先輩たちの姿であることも本書を読むとよくわかる。

 「一人ひとりが生きたいように生きられる社会。それぞれの能力に応じた教育、学習の場が必要」と彼は言う。それには、知的障害の子にも高等教育機関が用意されるべきとも。前川氏の理想の学校は、ドキュメンタリー映画でも有名になった大阪市立大空小学校だ。「どんな子どもでも受け入れる」「徹底して一人ひとりを大切にする」この学校を、「究極のインクルーシブ(包みこむ)学校」と呼ぶ。同時に、この国に蔓延する国家主義と新自由主義に危機感を抱き続けている前川氏。彼の文科省時代のパソコンの待ち受け画面は、チェ・ゲバラだったそうだ。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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