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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『誰か故郷を想はざる―自叙伝らしくなく』
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毎木曜掲載・第21回(2017/9/7)

今よみがえるアクチュアルな視点

●『誰か故郷を想はざる―自叙伝らしくなく』(寺山修司、角川書店、Kindle版:318円)/評者=大西赤人

 本書の単行本初出は1968年(芳賀書店・刊)だが、大西の持つ文庫版初版は、1973年5月の発行である(その後、何度も改訂版が出されたが、現在では電子書籍版のみとなっている)。1935年、青森県弘前市で生まれた寺山修司による自叙伝という体裁ながら、その副題通り、敗戦を挟んだ幼少年時代を描いた第一章「誰か故郷を想はざる」についても、虚実綯い交ぜと言われている。

 最初に本書を読んだ17、8歳の頃、筆者は寺山の大ファンだった。評論『家出のすすめ』、『書を捨てよ、町へ出よう』、歌人、詩人、映画監督、そして劇団『天井桟敷』主宰者――今風に言えばマルチな才能を発揮していた寺山は既に確固たる存在だったが、それらにも増して大西にとっての彼は、競馬エッセイ、競馬コラム(『競馬場で逢おう』シリーズ)の書き手として魅力的だった。1973、74年は、地方競馬出身で中央競馬に挑んだ国民的人気馬・ハイセイコーによる第一次競馬ブームの時期であり、寺山はその担い手の一人でもあった。競走馬や騎手を実像を超えるほどに造形する書きぶりは実に巧みで、彼の文章のせいで故・吉永正人騎手に惚れ込んだし、猊蕕韻襪犯修辰討い討眷磴時もある瓩箸いΔ茲Δ文斥佞磨磴譴拭

 寺山といえば、おどろおどろしいアングラ劇の主というような粗雑なイメージもあるけれど、本書は、読みやすいし判りやすい一冊であると思う。日陰の者、異端の者、無力な者、メイン・ストリームに属さない様々な人々への彼の眼差しは、決して成功者の高みから注がれるものではない。とりわけ、第二章「東京エレジー」では、1960年代末の時代背景を反映し、大学紛争、ベトナム反戦、三里塚闘争などに関する言及が並び、今回読み返しても、現代の状況にもつながる部分が多々あり、改めて興味深かった。たとえば、当時の新たな動きであった反戦青年委員会に関して、寺山は次のように記している(「政治」)。

 「自分たちの反戦活動は、だれにもさし図されずに自立的にやってゆくのだ、といいながらも、反戦青年委員会は、いま三重に疎外されている。一つは体制側からの疎外であり、二つは反体制側からの疎外であり、三つは自らの個人生活からの疎外である」
 「大部分の労働者たちは自らの労働に疑問を持っていない。自分が労働によって、はるかなベトナム戦争の加害者になっている、ということに気づいた労働者でさえ、自分の仕事が『楽しいか』『これしかない唯一の仕事か』という自問は、おろそかにしている」

 現実とかけ離れた犖諺朖瓩筬犁構瓩砲海世錣辰討い燭のような寺山が、実は極めてアクチュアルな視点の持ち主でもあったことが判る。

 1979年の初夏、筆者は、某週刊誌連載コラムに携わるメンバー顔合わせの際に、生前の寺山と一度だけ会ったことがある。席が離れていたので話す機会もなく、ようやく帰りのエレベーターに乗り込んで階下へ降りるまでの間、犇デ蓮好きなんです。良く読んでいます甅爐△◆△修Δ覆鵑任垢瓩噺斥佞鮓鬚錣掘間近に迫っていた大きなレースに出る吉永騎手の馬に関して少し話した。数年後、大西の初めての書き下ろし推理小説刊行にあたり、彼に解説を依頼してもらったところ快諾してくれたのだが、予定よりも執筆に手間どり、ゲラを届けた時には寺山は体調を崩しており、1983年5月、47歳で亡くなってしまった。どんな物を書いてくれていたであろうか、未だに残念でならない。
(写真 左上・右=芳賀書店版、左下=角川書店版)

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美ほかです。


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