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LNJ Logo 本の発見第6回 : 桐野夏生『夜の谷を行く』
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 第6回(2017/5/1)

40年前の過去と向き合う日々

●『夜の谷を行く』(桐野夏生、文藝春秋、1500円)

 2004年、ブッシュ政権がイラク攻撃の正当性として唱えた旧フセイン政権による大量破壊兵器の備蓄は、米国自らのドルファー調査団によって最終的に否定された。当時、筆者は次のように書いたことがある。

 「イラク戦争に関して米国を非難する人々でも、こと『テロとの対決』の必要については、しばしば無条件に受け容れる。言うまでもなく、テロリズムは本質的に否定すべきとしても、強大かつ非道な権力に向かって非力な者が抵抗する最終手段として選択されている場合、それが『テロは許されない』という紋切り型の一言で切り捨てられてしまうことについては、常に割り切れない想いに駆られる」(『社会評論』139号)

 テロは悪である。テロは許されない。全くもってその通り。その通りだが、テロの実行者をそこまで追い込んでいる元凶を棚上げにして、一種のエクスキューズのように機械的・条件反射的にテロを非難する猴識者瓩燭舛諒言いには嘘臭さを覚える。

 近頃では、かつての日本は、左翼・リベラル陣営が様々な局面で主導権を握り、権益を得ていたというような言説さえ幅を利かせている。たしかに、少しでも状況に批判的な物言いをするとブサヨ、パヨクと罵声を浴びる今と比較すれば、相対的にマシな時代はあったろう。しかし、戦後七十年余の大部分を自民党政権が統べてきたことだけを取ってみても、この国において、左翼・リベラル陣営がメイン・ストリームを占めていた時期が継続的に存在したなどは、幻想に過ぎまい。

 僅かに、60年安保、70年安保を機に学生運動――いわゆる全共闘、新左翼――を中心とする高揚は見られたにせよ、それも国家の強大な力に抑えつけられ、加えて決定的に人心からの乖離を引き起こした要因として、1971年から72年にかけて連合赤軍が引き起こした「山岳ベース事件」「あさま山荘事件」があったろう。左翼運動に対して否定的な側にとって攻撃のための好餌となったことはもちろんだし、運動に加わる側、支持する側にとっても深刻な衝撃、その分析・解釈――文字通りの「総括」――が課題となった。しかし、四十年以上の歳月を経てなお、その作業が十分に実行されたとは言いがたい。

 桐野夏生の『夜の谷を行く』(『文藝春秋』2014年11月号〜2016年3月号に連載)は、主に「山岳ベース事件」を背景とした小説である。主人公の西田啓子は、最終的に12人が死亡するに至ったベースから途中で脱走、逮捕された赤軍兵士の一人。五年間の服役後、塾を開いて生活の糧とし、それを閉じて以降は貯金と年金を頼りに市井に埋もれて暮らしている。しかし、2011年2月5日の永田洋子(死刑囚)病死、同3月11日の東日本大震災発生という連続した大きな節目とともに、六十三歳となった彼女に、四十年前の過去と改めて向き合う――向き合わされる日々が訪れる。

 序盤の啓子は、「ただのおばあさんにしか見えない姿」「白髪頭で、シミだらけの老婆然とした顔」と描かれる(特定のモデルはなく、複数の女性兵士を融合させた人物像のようだが、大西の頭には、2000年11月に逮捕された重信房子の過去とは一変した風情が常に浮かんでいた)。彼女は、逮捕後に両親を亡くし、親類との縁も途絶える中、妹の和子とのみ、今でも付き合いがある。和子の娘・佳恵の結婚が近づき、啓子は、それまで一切明かしていなかった自らの過去を姪に伝えることにする。この場面は、両者の心情が極めてリアルに窺われて、印象に残る。

 「【佳恵】不可抗力? 犯罪が不可抗力?」「【啓子】犯罪だとは思ってない」「だって、テロリストでしょう」「テロリストって犯罪なの?」「そりゃそうでしょう」

 この齟齬に、本書が劇的な解決をもたらすことはない。最終盤で大きな転回が起き、ネット上でも驚きの感想が多く述べられているけれども、大西自身は、意外に感じるところは薄かった。この結末に、テロリストたる啓子への犁澆き瓩鮓出し、むしろ不満な読者もあるだろう。しかし、少なくとも啓子たちは、真っ当に社会に対そうとした人間であり、ただに断罪に(のみ)値する存在ではなかったはずだ。【大西赤人】

**この連載「本の発見」は、1日=大西赤人・15日=志真秀弘、でお送りしています。


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