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巨大開発とのたたかいを振り返る〜「三里塚闘争50年の集い」

7月17日、東京・文京区の文京シビックセンターで「三里塚闘争50年の集い 東京集 会」が開催された。 主催は三里塚芝山連合空港反対同盟(旧熱田派)。26階のスカイホールに150人が集 まった。

1966年7月4日。政府は地元住民に一切知らせることなく、千葉県・三里塚での空港建 設を閣議決定した。「首都圏の第二の空港」として計画された新空港案は浦安、木更 津、冨里などで反対運動を引き起こし、突如三里塚に決まった。それから50年目とな る今年。反対闘争の普遍的な意義を再確認しようと、本集会が呼びかけられた。

開会の午後12時半。映画「抵抗の大地」が上映された。1971年の強制代執行阻止闘争 の記録映画である。三里塚の大地に次々と押し寄せる支援者らと機動隊の激しい衝 突。当時の映像の粗い画質、随所で途切れる音声が、かえって見る者の想像力をかき 立て胸に迫ってくる。 最初に司会の山崎努さんがあいさつ。「三里塚闘争はマスコミや社会的にはすでに終 わっていると思われているようだが、現在進行形の闘いだ。いま第3滑走路建設計画 が持ち上がっている。地元でのさまざまな工作が始まっている」と報告した。

■巨大開発を問う

同盟代表世話人の柳川秀夫さん(写真)が発言。「1991年からのシンポジウム・円卓会議で は、政府を交渉のテーブルに着かせたうえ、謝罪まで引き出した。強制収用はしな い。事業認定も取り下げたことで、大半の人の気が済んだ」。「しかし巨大開発に対 する闘いは、謝れば解決するものではない。農業は自然の中で成り立つ。第3滑走路 建設の動きがあるが、巨大開発問題の本質的な解決は、農民がどうやって生きるかも 含めて、三里塚が発信していく課題だ」と話した。 成田市川上で農業に従事する石井紀子さんが登壇した。紀子さんは、三里塚闘争の歴 史の中で女たちの闘い―「東峰十字路事件」裁判家族会―について語った。

1971年9月16日。三里塚の東峰十字路で、反対同盟青年行動隊および支援の部隊が、 警備の機動隊と激しく衝突、警察官3人が死亡する事件が起きた。事件後警察は夫や 兄らを次々と逮捕・勾留し、自白を強要、重罪攻撃をかけてきた。これに対し家族会 が結成され、15年にわたる裁判が闘われた。

■勝利した東峰十字路裁判

紀子さん(写真)は、青年行動隊員だった石井恒司さんと係争中に結婚。当時農家の男たちは 反対闘争に関わることで婚期を逃し、支援の女性と結婚する例が多かったという。農 家に嫁いだ女たちは、家父長的な慣習に包囲され孤立、分断を余儀なくされていた。そ れでも容赦なく裁判は進み、厳しい求刑が予想されるなか、紀子さんは家族会の結 成に動き出した。

一家の働き手である男たちが長期間服役すれば、農家にとっては大打撃と なる。 不当な実刑判決に抗議して、残された家族でハンストを打つ予定だった。そのために 旅館を取っていたが、結果は執行猶予・無罪判決。「旅館に泊まれない子どもから、 喜びのブーイングを受けた」。苦悩の一時期を、紀子さんは明るく振り返った。

■「三里塚闘争は内乱である」

「大地共有委員会供廚硫胆ナ戮気鵑講演した。冒頭「インターナショナル」を歌っ て、仲間たちへの連帯を表明した。加瀬さんの演説は、理詰めでありながら闘志に満 ちている。三里塚闘争を平将門の乱から続く日本人民闘争史になぞらえ「内乱であ る」と規定。過去の反対同盟と政府要人、そして支援党派のこれまでの関係や言動を 批判的に分析。「闘争はやりっ放しではだめ。常に総括を続けなければならない」と 指摘した。そのうえで「反対同盟は大衆的組織であり、一枚岩ではない。大衆運動と 密接に結びつく政党は、徹底して民主主義的でなければならない」と強調した。

■これからの運動計画

第二部では、これまで三里塚にかかわった多様な人々から発言を受けた。 映画「三里塚に生きる」(2014年)を制作した代島治彦監督も会場に駆けつけ、制作 中の「三里塚のイカロス」(2017年春公開予定)について紹介した。 「イカロス」には、前述の加瀬さんと管制塔戦士の一人・中川憲一さんも出演してい る。今後、国会前で活躍したシールズと「シニア左翼とは何か」(朝日新書)著者・ 小林哲夫さんとのトークイベントも予定しているという。

その中川憲一さんは、マイクを握るといきなり「網走番外地」を歌い出した。1978年 3月26日の「管制塔占拠事件」は、三里塚闘争最後の歴史的実力闘争だったと評価さ れている。中川さんは突入した17人のうちの一人。管制室の計器を破壊した損害賠償カン パ運動も中心で担い、完済した。 2018年の「占拠40周年」には、「管制塔を壊しても社長になれる」という集会を計 画。戦士たちの近況をユーモアを交えて披露すると、会場は温かい笑いに包まれた。

梅雨のまっただ中、高層ビルの最上階で開かれた集会は、熱気に満ちていた。ホール には、半世紀に及ぶ闘争の貴重な記録写真や横断幕などが多数展示され、参加者が見 入っていた。集会中には地震も発生。ヒヤリとする場面もあった。ルポライターの鎌田慧さんは、「まだまだ50年、へこたれない。今日の集会が出発点だ」と参加者を激励した。(報道部・Y)


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