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「辺野古新基地」で本土の日本人が考えるべきことは

   2015年04月11日  ブログ「アリの一言」
       

 5日の菅官房長官と翁長沖縄県知事の会談に対し、本土の全国紙は、「国民全体で受け止めたい」(6日付朝日新聞社説)、「本土の人々の無関心にも向けられていた」(7日付毎日新聞社説)など、私たち本土の日本人の問題でもあると指摘しました。

 その通りです。ではいったい本土の日本人はどう「受け止め」るべきなのか。
 「沖縄からの苦言にとことん耳を傾けるところからやり直すべきだろう。そのためにまず、辺野古で進める作業を中止すること」(朝日社説、同)
 「辺野古移設の現行計画を白紙に戻し、米政府と再交渉すべきだと考えるが、政府にはまず移設作業を中断し、沖縄とよく話し合い、主張に耳を傾けること」(毎日社説、同)
 肝心な問題はどこにもなく、当たり障りのない「入口」論に終始しています。作業を中止・中断(取りやめではありません)して、何をどう「話し合い」、どう「再交渉」すべきなのか。

 一方、沖縄を永年取材しているというテレビキャスターは、現地からこう言いました。「沖縄の歴史を踏まえた思いやりが必要ではないか」(4日「報道特集」)

 本土の日本人に必要なのは、沖縄への「思いやり」(それこそ「上から目線」)でしょうか。そうではなく、私たち自身の問題として、自らの責任を果たすことでしょう。

 本土の日本人は、「辺野古新基地」問題で何を考え、どう行動すべきなのか。
 メディアが避けて通っているこの問題で、2人の識者の主張が注目されました。

 1人は寺島実郎氏(日本総合研究所理事長)(写真中)。寺島氏は那覇市の講演で、こう述べました。
 「辺野古は全体解の中でしか絶対解決しない。日本の米軍基地全体の使用目的と在り方を全面的に議論しないといけない」「日米安保の本質を考える時期にきている」(9日付沖縄タイムス)

 もう1人は、古関彰一氏(獨協大名誉教授)(写真右)です。
 
 「日 本本土の『平和と安全』を守るための米軍基地が、沖縄にとっては『暴力と危険』をもたらしています。しかも、沖縄に過剰な負担を強いるその構図に、本土の 側は無関心なままです。・・・沖縄を差別し、その声を無視し続けてきたという歴史認識を持った上で、日本の安全保障の在り方を根本から考え直すべきではな いでしょうか」(10日付沖縄タイムス「識者インタビュー」)

 安倍政権が「辺野古が唯一の解決策」と繰り返す口実は、「日米同盟の抑止力」(5日の会談で菅氏)です。「辺野古新基地」はまさに日米軍事同盟(日米安保条約)による「日本の米軍基地全体」の一環です。
 その日米軍事同盟は、間もなく行われる「日米防衛協力指針(ガイドライン)」の改定によって、日米の軍事協力を「全く新たな水準に引き上げ、宇宙やサイバー空間など新たな領域に入っていく」(カーター米国防長官、6日の演説)まで深化されようとしています。

   「辺野古問題」で本土の日本人がやらねばならないことは、「日本の安全保障の在り方を根本から考え直す」ことです。そしてその結果として、アメリカに追 従して「戦争をする国」になろうとしている日米軍事同盟(日米安保)を解消し、いかなる軍事同盟にも加わず、「平和的手段による安全保障」の道を歩むため の一歩を踏み出すことではないでしょうか。
 日本のメディアが「辺野古」をどうすべきなのかで踏み込んだ主張ができないのは、いずれも「日米安保肯定」の立場に立っているからです。

 「日本国民全体で負担する中で、日本の安全保障や日米安保体制、日米同盟をしっかりやってほしい」(5日の会談で翁長氏)という日米軍事同盟・安保肯定論が何をもたらすのか。私たち自身の問題として考えねばなりません。
(ブログ「アリの一言」からの転載)

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