本文の先頭へ
LNJ Logo 木下昌明の映画批評『パプーシャの黒い瞳』
Home 検索
 


●クラウゼ夫妻共同監督『パプーシャの黒い瞳』

言葉に託すジプシー流転の生〜おきてを破った「女性詩人」の生涯


  (C)ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

 『パプーシャの黒い瞳』を見て、10代のころに読んだ、“世界文学”の感動が甦ってきた。それにはロマンの薫りがした。

 史上初めて「ジプシー女性詩人」と呼ばれたパプーシャの生涯を描いたこの映画は、ポーランドのクシシュトフ・クラウゼとヨアンナ・コス=クラウゼ夫妻の共同監督によるが、夫の遺作ともなった。

 主人公のパプーシャは、生まれたときから幌馬車で東ヨーロッパ各地を流浪していた。彼女の一族は祝祭や宴席に招かれ、楽団演奏で生計を立てていた。一族は政治に関わらなかったが、時代の転換にいつも翻弄され、ナチスの時代にはユダヤ人のように大量虐殺された。ジプシーの生き方をとおして見えてくる歴史的背景が、映画の特徴にもなっている。画面はいまどき珍しいモノクロで、陰影に富んでいて美しい絵画でも見ているようだ。

 パプーシャは1910年に生まれる。若い母親が街角のウインドー越しに見た人形(パプーシャ)に魅入られて名付けた。

 ジプシーは書き文字をもたないが、彼女はひそかに文字を習い、詩まで口ずさむようになる。秘密警察に追われて一族にかくまってもらった青年は彼女の死を聞き、「君は詩人だ」という。彼女は青年に「私たちは弱い。学問も記憶もない。でも、そのほうがいい。ジプシーに記憶があればつらくて死んでしまう」と話す。

 彼女はいつか青年に惹かれ、みずからの思いを詩に託してワルシャワに帰った青年に送りつづける。それは一冊の本になり、世間の評判を呼ぶ。ところが、一族はジプシー文化を世に知らしめたと喜ぶどころか、一族の秘密をバラしたとして怒り、彼女はさらに悲惨な境遇へと追い込まれる――。

 時おり、パプーシャの詩も出てくるが、素朴で簡潔でじつにいい。とくに寒々とした冬の大地を幌馬車で遠ざかっていくラスト、オペラになった彼女の詩が字幕となって流れる。ジプシー人生の真実を表していて圧倒される。(『サンデー毎日』2015年4月12日号)

*4月4日より東京・岩波ホール他で全国順次公開。

〔追記〕ナチスドイツによるジプシーの虐殺は、一説では50万人といわれる。が、映画でも明らかなように、彼らは学問をもたず、記憶することもなかったので「記録する」ことをしてこなかった。それゆえに大量虐殺は世界に知られることもなかった。パプーシャはうたう――。〈いつだって飢えて いつだって貧しくて/旅する道は 悲しみに満ちている/とがった石ころが はだしの足を刺す……〉


Created by staff01. Last modified on 2015-04-03 20:43:51 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について