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LNJ Logo 石川源嗣のコラム : 年次有給休暇とフランス人民戦線
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東部労組の石川です。

東部労組機関紙2014年4月号のコラム<二言三言>に下記の文章を掲載しました。


  年次有給休暇とフランス人民戦線


 年次有給休暇の取得率は近年ずっと5割を切っている。また労働相談では、経営者が
がんとして「うちの会社には有給休暇はありません」「有給休暇はやっていません」な
ど不支給の事例が後を絶たない。多摩ミルク支部でも使用者による有給休暇の取得妨害
行為の取り締まりをめぐって労基署がらみで紛争が続いている。
 「ノーワーク・ノーペイ」をもっとも狭く理解したい経営者にとって、年休ほどしゃ
くにさわるものはない。なぜ勤続半年で何の功績もないのに10日間も休暇を与えないと
いけないのか、それも有給で。いくら憲法や労基法で保障されているとはいえ「ノーワ
ーク・ノーペイ」の原則に反するのではないか。団体交渉で何度か経営者からそのよう
な不満やぐちを聞いたことがある。
 年休が経営者の理解を超えているのには理由がある。もともと年休権は闘いによって
労働者がかちとり、定着したものだからだ。
 年休獲得の起源は、1933年1月のヒトラーによるドイツでの政権掌握と国際的なファ
シズムの脅威増大、それに対するフランスの労働組合の闘いによるところが大きい。
 右翼諸勢力の攻勢に対抗してフランスでは、社会党と共産党が統一行動協定を結んだ
り、CGTとCGTUという労働組合の全国組織がゼネストで闘った。35年7月14日50万人
といわれる大示威運動をへて、労働組合組織の統一を実現。翌36年5月議会選挙の勝利
で、6月4日社会党のブルムを首相とする人民戦線内閣が成立。5月中旬より各地の工場
などで労働者のストライキ運動が爆発的に拡大し、その多くは工場を占拠した。6月に
はストライキ件数は1万2000件、190万人ゼネストでフランス中が沸き立ったという。
 この労働者・労働組合の闘いの圧力のもと、ブルム内閣の調停によって6月8日、政
府・資本家代表・労働総同盟代表によりマティニョン協定が結ばれた。この協定を基礎
に議会では有給休暇、団体協約、週40時間労働の3法をはじめ各種の社会・労働立法が
成立した。史上初の有給休暇法であった。
 フランス人民戦線政府が制定したこの2週間の年休法は、普通の労働者がバカンスで
大型の余暇生活を享受する慣習をつくりだすうえで決定的役割を果たした。
 その後人民戦線は短命に終わり、週40時間労働は巻き返しで消滅したが、有給休暇法
は休暇日数を増やし、各国に波及していった。
 日本では戦後労働基準法制定で初めて年次有給休暇が実現したが、その根拠はフラン
スをはじめ世界の労働者の闘いにあることを銘記したい。(石)



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