7月27日の「レイバー映画祭」は最高のラインナップでした。私は昨年に引き続き、双葉町の映画を出展しましたが、この映画祭に制作者として参加させていただいたことに、感謝の思いでいっぱいです。午前中の『襤褸の旗』から、ラストの『ショックドクトリ』までどんどん観客は増え続け、いつもなら観たいと目星をつけたものだけ観る・・という感じだったのに、今回はどれも引き込まれてしまい、心に大きなものを残しながらあっという間に一日が終わってしまいました。まず『襤褸の旗』は、推薦者・乱さんの解説が素晴らしかったです。映画がつくられたのが三里塚の強制代執行のころだったと知り、三里塚映画をたくさん観てきた私は、そのころの農民の闘いや戸村一作の葛藤を思い起こしましたが、やはり今の福島、双葉町のぶちあたった状況とあまりにダブってしまい、泣けてしょうがなかったです。村人役の西田敏行が「なぜ国と人民を分けるんだ」と問うシーンがありましたが、毒をたれ流して村民に犠牲を強いても、国家の発展のために銅山を守ることが優先された明治時代。その後の水俣、そして原発政策に至るまで、国策と企業利益優先の体制はまったく変わっていなくて、今は双葉町の住民が「私たちは国民として扱われていない!」という叫びにつながっています。強制収用に来た憲兵から「納税の義務を果たさぬ者は国民に非ず」と言われた田中正造が「誰がそこへ追いやったのか」と語るラストも、原発に縛られて国に見捨てられた双葉町の思いと同じです。そして「強制執行で滅びるのは、谷中ではなく日本だ」という田中の言葉。100年を経た今、そっくりそのままのことが再現され、私たちはその渦中に生きているのだと思いました。午後の部から、知り合いの双葉町の人たちが五人ほど『続・原発の町を追われて』を観に来てくれました。事故から二年後の双葉町は、故郷から引きはがされて避難民として放置されただけでなく、町の分断と言う事態に追い込まれました。県外避難を決めた町長は、すべての町民に歓迎されたわけではなく、皆が団結して権利を要求するのとは違う方向に行ってしまいました。痛い現実を描いたので、当事者である双葉町の人たちの心境は、複雑だったと思います。でも、これが原発事故から二年数か月の現実だということを、あらためて伝えたいと思います。井戸川さんを追求し糾弾した町民がいるのは現実であり、また、映画の中で自分をさらけ出して思いを語ったり、国会前で発言したりする町民がいるのも現実です。上映後のトークではまともにしゃべれませんでしたが、混乱と苦悩との中にある、かすかな希望にこそ、カメラを向け続けていきたいです。それにしても、東京メトロ売店の女性たちの、何と魅力的なこと!美しい人が闘うのか、闘いが人を美しくさせるのか。「これだけの人数じゃ変わらないことをわかっている」と言いながらも抗議やストに立ち上がる労働者。本社前で足で地面を何度も打ちながら叫ぶ人を、初めて見ました。圧巻です。双葉町の人も「私たちもこういうことをやりたい!やらなくちゃね!」と言っていたのが、とても嬉しかった。女性は強いなあと改めて思いました。メトロの女性たちは離婚歴のある人、独身のなど、さまざまな境遇の違いがあっても団結して仲良く楽しく闘ってる・・・それがとても魅力的でした。私の職場も女性ばかりで辟易とするばかりの毎日を送っていますが、思いがけず同僚が一人、観に来てくれたのがサプライズでした。あらためて、映画の持つ力の凄さを感じます。歴史に学ぶことと、現実を記録すること。その両方の大切さを、多くの人に伝えた映画祭でした。スタッフの皆さん、観に来た人、すべての人の力で成功させた映画祭だと思います。(堀切さとみ)*写真=『続・原発の町を追われて』上映後のトーク