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LNJ Logo さようなら原発10万人報告(福島・白河)
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黒鉄好@福島です。

私は今回、福島県白河地域の人たちがバスを出すことになったので、そのバスに便乗し、朝7時30分に出発しました。首都高は3連休のせいかガラガラで、10時半前には会場に着きました。「原発いらない福島の女たち」の黒田節子さんによれば、郡山からバスは5台出たとのことで、福島からだけでも参加者は300人を超えていたと思います。

私はデモ終了後、すぐに帰りのバスに乗らなければならないので、白河組と一緒に行動しました。福島からの参加者は、午後1時半すぐにデモに出発したので、メインステージは全く見ていません。神田香織さんの元気のいい司会の声だけが時々聞こえるという状態でした。

デモ隊がなかなか動かず、代々木公園を出るか出ないかという頃、「参加者17万人」という声だけははっきり聞こえました。その瞬間、拍手が沸きました。大江健三郎さんや澤地久枝さんが私たちのデモ隊のすぐ前を通って退場されるときにまた大きな拍手と歓声があがりました。

代々木公園を出ても、デモ隊はのろのろ状態でなかなか進みません。責任者からは「デモの距離は2.7kmなので1時間ほどで終わり」と聞いていましたが、そんな短時間で解散地点に着けるとはとても思えず、改めて17万人の巨大さを感じました。

白河地域からの参加者は民主商工会や農民連関係者が多く、「子どもを守れ」「東電は賠償しろ」等のシュプレヒコールをあげながら進みました。各地で猛暑日を記録する中、東京都内でも猛烈な日差しが照りつけましたが、風も強く、体感的にはそれほど暑くは感じませんでした。

午後3時半頃、新宿中央公園の解散地点に着きました。予定の2倍、2時間かかりました。

帰りのバスの中で、参加者それぞれが感想を出し合いました。「17万人の1人になれて、巨大な力をもらった」(民主商工会・女性)、「原発事故前まで米と野菜を作っていた。事故後、米も野菜も産直として出荷できなくなり、夢も希望も未来もなくなって落ち込んでいたが、巨大な人たちが原発反対を訴えていることがわかって希望が見えた」(農家・男性)、「双葉町から西郷村に避難してきた。夫婦2人だけでいると落ち込むことが多いが、今日は元気が出てきた」(避難者・男性)、「今日は、何か行動を起こさなければと思ってこのバスに乗った。黙っていたら(原発推進、再稼働を)認めたことになってしまう」(民主商工会・男性)などの感想が出されました。

福島の怒り、悲しみはずっと続いています。事故直後よりもそれは大きく、深くさえなっています。それらを表現する場をうまく作ることができれば大きなエネルギーを生み出すことができます。

最後に、責任者の男性が「これからもずっと訴え続けていくことが必要だ。何度でも行動し続けよう」と締めくくりました。

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黒鉄 好 aichi200410@yahoo.co.jp

首都圏なかまユニオンサイト
http://www3.ocn.ne.jp/~nakama06/

安全問題研究会サイト
http://www.geocities.jp/aichi200410/

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